09. 学び舎 3

僕らはひと悶着を終え、ようやく学び舎の中に入った。

すると中は、大きなエントランスが僕らを出迎えてくれた。

少々時代は感じるけど、いたるところに装飾が施されていて、なんとも手が凝った作り。


でもなぜだか、すごく多くの視線を感じる。

エントランスの物陰や障害物の裏から、怯えながら僕らを見つめる生徒たち。

みんな一定の距離を開けて、近づいて来ようとしない。


なんかすごく孤独!


いいもん! 僕にはマルコが居るから。


でも何でこんなに注目されてるんだろう。

心あたりなんて何も…。

うーん…。


心当たりしかないなぁ。

さっきの一連のやり取りが原因だろうねきっと。

このままじゃきっと、僕の幸せゆるふわ学び舎ライフが崩れちゃう!

なんとかして評価を戻さないと…。


そう思い立った僕は、満面の笑みを貼り付けてみる。

人畜無害な、可愛い子アピールをするんだ!

そして朗らかに手を振ってみたり。

こんなに小さい僕が愛想を振りまいてるんだよ?

みんな、心を許すに違いない!


…。


はずだったんだけど…。


みんな、一目散に逃げ出していく。

阿鼻叫喚の嵐。

殺されるー!…なんて叫びだす輩もいるしまつ。

気付けばそこには、誰も居なかった。


はぁ…。


もうため息しか出てこない。

これじゃあ、僕が魔王みたいじゃんか。

魔王を倒した者は、次の魔王になる呪いなのかなぁ…。


「さよなら、僕の学び舎生活」


落胆する僕に、マルコがぽんっと肩をたたく。


「なぁ、マリン。 俺がいるから落ち込むなって」


「マルコ…」


「4年間一緒に楽しもうな!」


「…うん、楽しもうね!」


彼の笑顔が本当に眩しい。

生まれ変わったら、こんな人になりたいな。

しかし、彼は少し悪い笑顔を浮かべた。


「…あ、でも俺の親はよく引っ越すからな。 俺は途中で居なくなるかもしれねぇ!」


「マルコおぉ」


「ははっ、冗談だぜ。 ずっと一緒にいような!」


「うん!」


「俺が引っ越すまでの間な!」


「まるこぉぉ…」


「おい冗談だって! そんな泣きそうな顔すんなよ!」


…。


そこから一緒に入学式に参加。

偉い人のお話をテキトウに聞き流し、マルコとお喋りしていたらあっと言う間に式が終わった。

そうしたら、さっそく授業の時間だ!


僕たちはルンルン気分で、教室へと向かって行った。


ギギギ…。


古びた扉を開けると、その奥には教室が広がっている。


「おお!」


「綺麗な場所だね」


そこは、森の木漏れ日が迷い込んでくる、素敵な場所だった。

古さこそ感じるものの、オシャレな古さという言葉が似合うような空間だ。

ちなみに席は自由らしい。


「マルコ、後ろに座らない?」


「いいぜ…あ、でも埋まってるみたいだな」


「そっか…それじゃあ仕方ないよね…」


チラッ


僕は後ろに座る生徒達に、可愛い視線を送った。

この効果はマルコで実証済みだ。

これなら皆も、思わず僕に席を譲ってくれるに違いない!


しかし。

僕の予想とは裏腹に、その生徒達が慌てて逃げ出した!

僕の事、何だと思ってるの!?

席を譲ってほしいという願望こそ叶ったものの、なんか思ってたのと違う!


「何もしないよー…」


「どうぞマリン様、あちらの席へお座りください」


「やめてよマルコ」


「わりぃわりぃ」


僕は若干の居心地の悪さを感じつつも、席えと向かっていく。

教室はあんまり広くは無いから、お互いに譲りあいながらじゃないとスムーズな移動が出来ない。

でもみんな僕のために道を開けてくれるから、そんな心配は要らなかった。


意外と悪くないかもしれない。

なんだか本当に魔王になった気分でとても清々しい。

いっそこのままで良いんじゃない?


「マリン、そろそろ座ろうぜ。 もう授業が始まっちまう」


「あ、ほんとだ。 そうだね」


僕らが席に着いてからまもなく、先生が教室へとやってきた。

彼女は身の丈程もある杖を担いでおり、なんだか仰々しかった。

それから、自己紹介も無しにサラッと授業を始まる。

せめて名前くらいは教えてほしかったけど、名前を知らなくたって困らないもんね。


それはそうと、授業ではどんな事を教えてくれるんだろう。

勇者ベルとか?

それとも、僕が知らないような新事実だったり!

僕はまだ見ぬこの世界のことを知れると期待して、ワクワクしていた。

しかし。


「さて、今日は属性について学んでいきます!」


先生は意気揚々と、そう言った。

それを聞いて、僕は思わず落胆する。

そんなの…もう数年前には知ってましたよ…。


「魔法は5つの属性があって…」


うん。

よかったね。


「基礎的な属性は、この5つになります」


へーへー。

すごーい。


「その他にも、特殊属性が3つあります!」


特殊属性!?

ここに来ての新事実に、僕はおもわず背筋を正した。

これはしっかり聞かなくちゃいけない!

僕は先生の言葉に耳を傾けた。


「特殊属性は世界中に多くありますが、このシュカ大陸においては回復、強化、雷の3つが主に発現しますね。 実は元々、これらは私たちには使えない魔法でした」


回復属性だってさ。

よくお医者さんが使ってる魔法だよね。

言われてみれば、今までなんで気にしてこなかったんだろう。


先生は続ける。


「ですがミガ族から魔法を譲り受けた事で、私たちにも発現するようになったんですよ!

ミガ族と言えば…うんたらかんたら…たらたらたら…」


それから、先生の良く分からない複雑な話が始まった。


ミガ族は、かなり不思議な種族らしい。

ひとりひとり、違う魔法を持っているんだとか。

例えばさっきあったみたいに、回復属性の人、雷属性の人、中には死属性の人なんかも居るみたい。


有名なのは回復属性を扱う回復の魔法使い。

どんな病気も治せちゃうすごい人なんだ!

でも、人気がありすぎてなかなか診てもらえないんだよね。

順番が回って来た時には、既に患者がお亡くなり…なんてのは日常茶飯事らしい。


お母さんも僕が産まれる前からの持病があるらしいんだ。

周りのどの医者に診てもらっても改善には進まず、回復の魔法使いを訪ねたことがあるらしい。

でも結局は門前払いで、諦めたんだとか。

儚い世の中だよね。


そうそう。

回復の魔法使いの一番弟子に、ゾーヤという人が居るみたい。

聞いた話によると、師匠に並ぶ程の腕前だとか!


話はそれちゃったけど、他に音の魔法使いとか、名前の魔法使いとか…。

ミガ族の人数だけ、特殊な魔法があるみたい。


そんな彼らのトレードマークは、ハエみたいな翅!

これがミガ族の特徴らしい。

なんだかちょっぴり…不気味だよね。


…。


…。


ふと横を見ると、マルコが爆睡している!


いいなぁ。

僕も寝ようかな。

なんて思っていたら…。


ぴちゃっ!


「ひゃっ!」


寝ているマルコ目掛けて、先生が冷たい水を飛ばした!

彼は変な声を出しながら、慌てて飛び起きる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

どうやら簡単には寝かせてくれないらしい。


…。


そして時間は経過、鐘が鳴る。


やっと解放だ!

僕とマルコは手を取り合って喜んだ!

気持ちのいい程の解放感。


「ふぅ…ひどい目にあったぜ…」


「災難だったね、マルコ。 でもこれで授業も終わったし、自由じゃん!」


「馬鹿いえマリン。 午後も同じようなのがあるんだぜ?」


「うぐっ…」


「はぁ…もう今から憂鬱だぜ…。 っとそんなことより、昼飯食いにいこうぜ! 

食堂があるらしいんだよ、この学校」


「え、ほんと!?」


「ああ! 午後のことなんか忘れて、うまいもん食いに行こうぜ!」


「行く! よ~し、ご飯ご飯!」


僕らは都合の悪いことには目をつむり、さっそく食堂に向かおうとした。

しかしふと周りを見渡すと、みんなの視線が窓の外に釘付けになっていた。

どうしたんだろう?

中には、手を振っている人もいる。


「皆…何してるの?」


「あぁ、あれだぜ。 外見てみろよマリン」


「え?」


「ほら、天使が来てるぜ」


「あ! そっか。 今日はそんな日だったね」


今日は1年の始まりの日、そして天使が降りてくる日だね。

そんな日に合わせて、僕ら新入生は入ってくるんだ。


教室の窓に向かって、手を振る真っ白な天使たち。

でも天報を置いたら、またすぐに飛び去ってしまう。

そんな彼女らに、マルコが一言。


「天使っていつも急いでるよな」


「だよね。 もっと、ゆっくりしたら良いのに」


「ああ見えて、ブラックなのかもしれないぜ? 天国って」


「就職してみる? マルコ」


「やめてくれよ、俺には向いてねぇ」


「ははっ、遠慮しなくてもいいのに」


そんな会話をしつつ、2人で空を眺める。


空を行きかう天使達。

なぜか全員、前髪で顔が隠してるんだよね。

僕が今まで会ってきた天使も、みんなそうだった。

本気で顔を見られたくないらしい。


あの前髪の奥って何があるんだろうね。

なんだか、気になって仕方がなかった。

いつかめくってみようかな。


…。


そんな事より、お昼!

お腹をすかせた僕とマルコは、食堂に来ていた。


「うへぇ…」


「わっ、人多すぎるだろ。 これじゃ座れねーな」


「残念…」


僕らが食堂へ辿り着いた頃には、既に満席状態だった。

上級生のみんなは、天使には目もくれずに一目散できたらしい。

そんな中、マルコが何かを発見した。


「マリン見ろよ、あそこ空いてるじゃねーか!」


「あ! ほんとだ!」


マルコが1つだけ開いているテーブルを発見した。

これだけ食堂が込みあっているというのに、誰も座ろうとしない。

何か変な呪いでもかかってるんじゃない?


なんか不気味だったけど、僕らはかまわずに座った。

背に腹は変えられないからね。


「なんでここだけ空いてるんだろうね」


「さぁてな。 でも早い物勝ちだろ?」


「うん! そうだね!」


「よし。 んじゃ俺のハンカチに席を守らせておくから、食べ物見に行こうぜ」


「えっ…。 ハンカチには身が重すぎない…?」


「心配すんなって! ハンカチはすげーんだぜ?」


そう言って、本当にハンカチを置くマルコ。

鞄くらいは置いておきたいところだけど、盗まれちゃうかもしれないからね。

ハンカチくらいが丁度いいのかもしれない。


それから僕らは、席を立ち上がろうとした。

すると後ろから、誰かが声をかける。


「おい、あんたら…悪い事は言わないから、この席から離れた方が良い」


知らない生徒が僕らに注意をしてきた。

しかし、マルコは毅然とした態度で立ち向かう。


「何だ? 俺たちが羨ましいのか? でも渡さねえぞ」


「いやぁ…そうじゃなくて…。 ここ、魔王の席なんだよ」


「へへっ、聞いたかマリン? 魔王だってよ。 さっきの先輩のことだろうよ」


「それならむしろ一緒に食べたいくらいだよ!」


「いいなそれ! 仲良くしてやろうぜ!」


僕らは彼の忠告を無視して、その場に留まった。

すると彼は、徐々に怯えた表情になっていく。


「あんたらは新入生だから知らないかもしれないけど…俺は忠告はしたからな?」


そう言うと彼は、急いで立ち去ってしまった。


「けっこう怖がられてるんだね、魔王」


「また襲ってきたらどうするよ?」


「ははっ。 今度は手加減しないとね」


僕は笑いながら言う。


「誰に手加減するって?」


すると直ぐ近くで、知らない女性の声がした。

優しくも、少しドスの効いた声。


誰…?


そちらを振り向くと、意外にも可憐な女性が立っていた。

羊のような角を持つ、真ん丸おめ目のかわいらしい人。


誰だろう?


「どちらs…」


バァン!!


僕が喋ろうとすると、彼女は拳で机を砕いた!

破裂音にも似た音が食堂中に響き渡り、あれだけ騒がしかったこの場所に静寂が訪れた。

僕も思わずビックリして、声が引っ込む。

しかし彼女だけは表情ひとつかえず、淡々と僕を睨みつける。


「外…出ようか。」


確信した。

この人が本物の魔王らしい。

だって、なんか強そうだもん。


なんだか、ワクワクしてきた…!

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