ウェスティア譚 8-1
「この1番から3番の館はトリプトってところにあるんでしょ?この館って今も原型留めてたりする?」
聞きたいことはこれだった。モノとジノに聞いてわからないなら最高権力者に聞くのが1番有意義で必要なことであるとない頭を精一杯捻り出してこの紅茶を用意する短い時間に考え出した。
ちょっと考えるような仕草をしたあとカオル子が手に持って開いた地図を覗き込み、紅茶を啜りながらベルベットは言った。
「1番の館は300年ほど前にあったその土地の暴動で反乱軍の幹部を詰め込んでそのまま放火されたから残っていない。2番の館は今は経年劣化で一度崩され建て替えられて魔法使いの学校になっている。3番も同じく。経年劣化で崩して建て替えられて今は軍隊の兵士が生活する寮になっているはずだ。」
「へぇ…詳しいのね」
「嗚呼。1番の館は外見はよかったんだが中が修復不可能で二階に上がることもできないようなボロさでね。燃やされたと聞いた時はまあ厄介者もこの厄介な建物も消せてよかったのかとは思ったね。」
「まるで見てきたような言い方じゃないの。」
300年前の暴動で燃えてしまい今は跡形もないはずなのに目の前で紅茶を片手に果汁溢れ出る白桃を齧っているこの男はまるで自身の目で内装を見てきたかのようにその内部の話をした。もし燃えた後に行っていたとしてもこうまでして詳しく見て回れる程原型はないだろう。思わずツッコミを入れると一瞬しまった、と言ったような顔をするベルベット。ただその顔もすぐにいつもの平常心に戻された。カオル子の相手を観察して会話をするというスキルがなければきっと見つからなかった彼の表情。ただ彼は核心を避けようと『図解を載せた本を読んだことがある』と正しい答えをねじ曲げたように思われた。
「ねぇベルちゃん…ちょっとおかしなこと言ってもいい?」
「だめ。」
「この館がその廃れた館って言う説はあったりしない?」
2人の間に…と言うか一方的にベルベットが抱いていた危機感と気まずさはカオル子のこの言葉で一瞬で消え去った。彼は張っていた気を思わず抜いて完全にソファーに身を委ねた。てっきり見てきたことに関して『もしかして寿命がすごく長いのか?』くらいの質問はされると思っていた。だが目の前のオネエから発された言葉は予想とだいぶ違っており思わずホッとため息と主に吹き出したような笑いが漏れた。
「ちょっとぉ。なーに笑ってるのよぉ。アタシは真剣よ」
「君、意図してやっているのなら非常に人を転ばせるような話ぶりだね」
「どう言うこと?特段何も考えずにアタシに素直になってお話してるだけなんだけど」
「いやいい、気にしないでくれ、こっちの話だから。」
「またすぐそうやって言うじゃない。そう言うこと言われるから気になるのよ〜」
そろそろ紅茶が冷めてしまう。自分はソファーに入る余裕な隙間を見つけられなかったのでそこらへんに置いてあったクッション付きの椅子を引きずってきて紅茶の乗ったテーブルを囲うようにして配置し、腰を下ろして紅茶を啜った。勿論いただきますのご挨拶も忘れずに。相変わらず体に染み渡る優しい紅茶に頭がだんだんすっきりとしてきてこの屋敷があの本に書いてあった『廃れた館』だと判断した理由も肉を持ち始めた。
「さて、なんだったかな。この館があの本が指し示す建物かどうかと言う話だったね?どうしてそう思ったか、理由を尋ねさせてもらおうか。」
「うーんとね…なんとなくじゃだめ?」
「だめだ。」
「でもその感じ聞いたらやっぱりここであってるんじゃないかなって思っちゃうわよ」
「もう一度デコピンされたいようだな」
「遠慮しておきます。武力行使よくない。」
「じゃあさっさとお話すればいいだろうが」
「わかったわ頑張ってまとめるけども汚いところがあっても許してね…?」
そう言って喉を湿らせるために紅茶を喉に流し入れると地図を見せながら話を始めた。
「うんとね、まずこれはズルになっちゃうかもしれないけど、わからないことは聞かないといけないからモノちゃんとジノちゃんにこの地図の見方を聞いたのね。それのついでで教えてもらったんだけど6番から13番のお館はもう古くてなくなっちゃって田んぼとか畑になってるんだって。だからもう館の形がないから館で眠ることもできないでしょ?だから6番から13番は除外します。
それで今ベルちゃんのお話で1番から3番も経年劣化で建物自体ちゃんと入ることができないって、しかも建て替えられてるって言ってたからこれもなし。そうすると4番と5番のこのお館なんだけど、この4番の建物は結構都心?の方に近いみたいでアタシが4番と5番、どっちに魔法石を眠らせるかって考えたらこうやって森に囲まれて誰も見つけられないし、そもそも崖を落ちないと辿り着けない此処を選ぶかなって。しかも魔法石は魔法使いの消耗品なんでしょ?消耗品の魔法石、しかも綺麗で大きくてってなったら見せびらかすために使っちゃったり持ち歩いたりで寝かせて置けない。だから156年…魔術が弾圧され始めた時期に人が住み始めた、きっと魔法使いじゃない人が住み着いた此処…。この屋敷に魔法石は眠ってるんじゃないかなって……。魔術使い?って人ならきっと魔法石は使わないし。願いを叶えてもらう時はきっと魔法石に魔法かなんやらをかけるんでしょ?魔術を使いつつ魔法も使える有能な人間にだけ願いを叶えさせたいって思って一部の人間には消耗品の魔法石を隠したのかも知れないわよね。
あんまりまとめるのが上手じゃなくてごめんね…。後、ベルちゃんは多分卑怯なこととかしない人だと思うから、自分が隠し場所を知っているものを見つけさせたのかな…なんて」
そう一気に話し終えてしまうと流石に疲れたようで猫背の姿勢になり椅子の上で小さくなった。そうしてそっと金色のフォークに手を伸ばし、白桃に突き刺して果汁の塊を喰らった。たぁくたぁく、なんて言う独特の歯と歯に挟まれる果肉の音を立てながら咀嚼して滑らかに喉奥へと送り込んだ。
「いっぱいお話ししたら疲れちゃった。この桃とっても美味しいわね!」
静まったリビングでカオル子以外に声を発する者はいない。モノはベルベットを見上げているし、ジノも……右に同じくベルベットを見上げていた。そしてそのふたりに注目されて今回この答えをカオル子に聞いたベルベットは眉間を押さえて考え事をしているよう。辺りにはキッチンで爆ぜる釜戸の火の音と、生唾を飲み込むカオル子の音しか聞こえなかった。
そんな沈黙が30分程続いた。いや、カオル子の体感で30分程。実際はほんの2、3分だっただろう。眉間から手を離したベルベットが口を開いた。
「はぁ………正解だ。」
「………え゛、まぢ????」
「正解してなんだその反応は。もっと喜ぶかと思っていたのに。」
「いや、喜びも凄いけどおバカなアタシの心情メインでほとんど証拠じゃない推理がバチこり当たっちゃって驚き桃の木山椒の木よ」
「分からん。驚き桃の木が。」
「気にしなくて良いのよそこは。じゃあこの館が正解ってほんとなのね!嬉しい」
「やっと感情が追いついてきたようで。おめでとう」
「でもここそんなに古いお館に見えないわよ?結構っていうかお風呂も廊下も、至る所が綺麗じゃない」
「それはリフォームしたからね。」
「へぇ………じゃあアナタは魔法使いじゃなくて魔術使いさんなのねぇ。かっこいいわ」
「かっこいい?何故」
「だって魔法はアタシの中じゃ女の子が使うイメージあるし、魔術って響き、魔法より強そうじゃ無い?」
「まあ確かに。魔法よりは強いな」
「でしょでしょ!あ、安心してね。アタシはベルちゃんが魔術使いだってこと誰にも言わないから」
「?何故。多額の褒賞金が出るんだぞ?それにこの世界の人間は魔術を嫌う」
「ナンベンも言うけどアタシここの人間じゃないからね?だったらこの国のルールに従わなくても誰も裁けないわよ!だってアタシを守ってる法律はこの世界のものじゃ無いし。それに、命の恩人を売るなんてアタシの美学に反するわ!」
「ふん……つくづく頭のおかしな人間だ。」
「おかしいは余計よ!それにしてもここにきて三週間弱………これでやっとベルちゃんを連れてけるわ!」
ベルベットは今までこんな人間というか生物に出会ったことなど無かった。生きていく上でさまざまな場所を移動し、最低限人と関わることも多かったがこんな風に己の美学だけを追求してそれだけに縛られて生きている人間など少なくとも今までの長い人生で見たことはない。ほんの少しだけこの人間ならば信用しても良いのかも知れないと期待する感情がらしくないように彼の中で芽生え始めた。
そんな彼をよそ目に双子とぬか喜びするカオル子に現在の状況をれいせいに伝える彼の声が鋭く突き刺さった。
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