ウェスティア譚 4−3

「あれ、アンタたち」

「お姉さん起きてる………」

「…おねいさんいきてた…………」

「あの時の双子ちゃんじゃない!」

「嗚呼、散歩をしていたらこの子達が君を見つけてね。助けて欲しいと言われたから助けてやったんだ。感謝したまえ。この子達がいなかったら君は確実に拾われずに死んでいたんだから。」

「そうだったのね……ありがとう、えっと…お名前は?」


双子は男に懐いているらしく男に抱き抱えられてベッドを、ベッドに寄りかかるカオル子を見下ろしている。あの時助けた子供はこの家の子供だったのかと2人ぼっちでは無かったことに安心する。お礼を言おうにも名前がわからないため、おずおずと名前を尋ねた。


「………モノ……」


白いふわふわとした髪の毛を持つ子供はそう名乗った。


「………ジノ………」


その後に続くように灰白色の少し髪の短い子供もそう名乗る。

2人ともあの八百屋で見た時とは異なる服を着用しており、お互いの頭髪に遂になるようなブラウスに俗に言うかぼちゃパンツ、と言ったような物を身につけていた。


「モノちゃんとジノちゃんね、助けてくれてありがとうお陰でこうしてお話ができるわ」

「モノ、男の子………」

「ジノも男の子………」

「あら!ごめんなさい、アタシ誰にでもちゃんって付けて呼んじゃって………嫌だったらくんって呼ぶわよ」

「………ジノ、ジノちゃんだって」

「モノもモノちゃん、だって」


お互いの名前を『ちゃん』をつけて呼び合い、くふくふと笑う姿はどうにも可愛らしい。自分が動けていたのなら真っ先に立ち上がって撫でていたのにと少し悔しくもなる。


「モノ…モノちゃんでいいよ」

「ジノも………ジノちゃんがいい」

「ホント!?じゃあお言葉に甘えさせて貰うわ!ありがとうねモノちゃん、ジノちゃん」


双子はくすぐったそうにもう一度笑うとモジモジしながらカオル子に名前を尋ねる。その様子を抱き上げながら男は慈愛に満ちた表情で柔らかに見つめていた。


「アタシは磯西イソニシ カオルって言うの。カオル子って呼んでくれたら嬉しいわ」

「カオル子………」

「カオル子ちゃん………」

「可愛いお名前ね、ジノ」

「うん、カオル子ちゃんお名前、可愛いね。モノ」

「あらやだ嬉しいこと言ってくれるじゃないの!…ところで双子ちゃんのお名前はわかったんだけどアナタの名前はアタシまだ聞いていないんだけど。」

「ん?私かい?」

「自己紹介してないのアナタだけなんだけど。」

「そうだったね。名乗り遅れて申し訳ない。私はベルベット。ベルベット・ハートさ。この館の主人でこの双子の保護者。ベルベットでもハートでも。好きな方で呼べばいいさ。」

「わかった。………っってアナタその若さで保護者なの!?結婚してるの!?奥さんはいるの!?」


随分若い見た目なのに保護者と聞けば感心よりも驚愕の方が先に飛び出した。失礼な質問をしまくっている自覚はあるが一度抱えた疑問は、不味い薬のおかげで痛みが引いた体から爆音となって紡がれた。


五月蝿いうるさい…大声を出すな。結婚はしていない。この子達は拾い子だ。」

「嗚呼、そうなのねぇ無粋な質問だったわ。ベルベットとハート、どっちがお名前なの?」

「わかればいい。何方も名前だが?」

「違う違うそうじゃなくて、どっちが苗字でどっちがアナタのお名前なのかってことが聞きたいの」

「嗚呼成る程。ハートが苗字さ。」

「ハートちゃん…だと女の子っぽいか。じゃあベルベットの方で呼ぼうかしらね。宜しくベルちゃん」

「ベルちゃん?」

「…ベル様、ベルちゃんだって…」

「ベル様…ベルちゃん……」

「いいじゃないお揃いで。モノちゃんジノちゃんベルちゃん」

「いや私はちゃんは……」

「ベル様、お揃いうれしい」

「ちゃん、お揃いうれしい」

「…………わかったよ。ちゃんでいいさもう………」


期待と喜びを目に秘めた双子の熱烈な視線に根負けして呼ばれ方を矯正する気はすっかり失せてしまう。ため息を吐きながら言いたいことがある、と言う双子をベッドに乗せてやった。


「あのね、カオル子ちゃん…」

「あのね、カオルちゃん、」

「なあにどうしたの?」

「あの時、モノとジノ庇ってくれてね、」

「あの時、みんなに怒ってくれてね、」

「ありがとって言いたいの」

「ありがと…したい」


双子は眠っているカオル子の元に毎日毎日通い、いつかカオル子が目覚める時を心待ちにしながらありがとうの練習をしていたのだ。ちゃんとお礼を伝えられたことに喜びベッドの上からベルベットに言えたことを報告する笑みを向けていた。


「寝ている君に向かって毎日練習していたんだ。うんとかすんとか言ってやれ」

「っ…ぐず、」

「…は?」


諭すように黙りこくってしまったカオル子を見下ろせば大量の涙と鼻水を垂らすなんとも不細工な顔がそこにはあった。まさか泣くとは思っていなかった3人は大慌てでオロオロするしかできない。


「石投げられてぇっヒッグ、やな言葉言われてたらぁっグズっ、助けるのなんてぇ゛っエグゥ…あたりまえなのにぃ」

「おい、なんで泣いてるんだ、痛み止めが切れたのか?」

「ぁゎ、カオル子ちゃん、泣かないで、」

「カオルちゃん、ゎ、泣いてる…」

「アタシに゛お礼なんてぇ゛うぁ゛ん、いいこたちでぇ゛」

「わかった、わかったから泣き止め汚いな…」


ポケットから取り出した白いレースのハンカチを手渡せばメソメソ泣きつつも涙を拭き取る。しばらくメソメソしていたが徐々に落ち着いてきて彼女は心配そうに双子に顔を覗かれていた。


「ありがと…やだった?」

「…やだた?」

「嫌なわけないじゃない!嬉しくって良い子すぎて思わず泣いちゃっただけだからぁ、ありがとうはこっちもよ。アタシのこと助けてくれて本当にありがとうねぇ」


包帯ぐるぐる巻きの手で双子の頭を撫でる。骨に染みるかすかで鈍い痛みはあるものの薬はそのほかの痛みを消し去ってしまうほどの有能っぷりだった。双子は『また撫でられちゃったね』とひとしきり撫でられるのを堪能すればよいしょよいしょと布団から降りていった。


「カオル子ちゃん、早く治ってね」

「カオル子ちゃん、がんばれ」

「食べて寝れば治る。また痛みが再発したらあの薬を用意してやるさ。」

「わかったわよ、アタシすーぐよくなっちゃうんだからね!」


やる気十分とガッツポーズをした彼女に『お昼ごはん楽しみにしててね』なんて可愛らしいことを言って双子は部屋を出て行った。


「さて…戯れはすんだかな。」

「……え?」


双子がいなくなれば突然扉が大きな音を立てて閉まった。石の壁に嵌められた窓の外には青空に照らされた空間が広がり、日光も多少部屋に入り込み明るかったが心なしか今は薄暗くなってしまって見える。

先ほどまで双子に慈愛の笑みを向けていた人間と同じ人物だとは思えないほど一切の表情を消し去った男はこちらへと軽蔑の眼差しでも投げるかのように見下ろしていた。


「カオル子。お前が何処の誰でどんな人間か。はたまた人間ではないのか。じっくりと教えて貰おうじゃないか。」










命が助かって可愛い双子とお話しできたことを喜んでいた過去のアタシへ。

とてもコワァイ美形に殺されそうになっています。助けてください。

現在ヘビに睨まれたカエル状態のアタシより。






カオル子の残金あと 99万1200ペカ。




第4話 (終)

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