ウェスティア譚 5−1

「えーっと…………ベルベット……ちゃん?」


突然雰囲気の変わってしまった貴方に動揺と焦りが隠せない。美人が怒ると怖いと言うのはあながち間違っていないらしく今は普段よりも早く音を立てる自身の心臓の拍動音しか聞こえなくなっていた。


「君には聞きたいことがいくつかあってね。返答次第では私たちの安息の為に君を処分させてもらうよ」

「え゛っ………」

「この世界は同じ国の人間同士がやりあう時があるから。」

「身内で?なんでそんなことに?」

「質問は此方からする。安心したまえ。君に不安要素が無いとわかり次第この尋問は止めてやろう。」


ベルベットは隅に置いてあった背もたれ付きのソファーを引きずって彼女のベッドの脇に設置して腰を下ろせば何か考える素振りをした後右の手の黒の皮グローブを取り外した。その手には白い肌に目を止めてしまう施青黒く存在する十字架と六芒星をデザインした様な刺青が入っているのが見える。


「おててのそれ、お洒落な刺青ね」

真実を我に教えたまえ。ティッツミーダトゥルース

「へ?」


そう呟くと同時にカオル子に黒いグローブを外した右手を向けた。何事かと凝視していれば彼の開かれた手の内に赤黒い光の粒子が集まってくる。その光の粒子を飛ばすように彼が息を吹き掛ければ光はカオル子の方に集まり、かすかな痛みと共に同じ色の刺青の輪となって、彼女の首に入った。


「なにこれ!?なにこれ!!なんか良く分からないけどアンタ何したのこれ!」

「真実を教えて貰うための細工さ。嘘を言うと凄く痛む。」

「なんてもん入れてくれたのよ!アタシ絶対刺青だけはしないって決めてるのに!!」

「大丈夫。終わったら消してあげるさ。」


全く安心できないのにも関わらずなにも言うなと目だけが笑っていない表情を去れてしまうと楯突くことができなくなってしまった。腹が立つほど長く細い足を組めば手袋をはめ直した彼の尋問が開始された。


「まず君の年齢は?」

「ちょっとレディーに年を聞くなんて失礼じゃないの!」

「年齢は?」

「永遠の20歳でーす!!」


キャピと答えた瞬間首に刻まれた首輪が発光し刹那凄まじい痛みがカオル子を襲った。締め付けられるようで、それでいて傷口に塩を塗り込まれるような痛み。突然の激痛に息をすることさえできずに前のめりで首を押さえることしかできない。


「くぅっ、は、ぁ゛、!」

「…嘘をつくとこうなる。わかったか。」


ベルベッドはそんな彼女を冷ややかな瞳で見下ろした後指を一つ、パチンと鳴らした。そうすると今までの痛みが嘘のようにスッと消え、途端に呼吸が楽になる。額には油汗が滲んだままだったが息ができるようになると大きく咳き込んで脱力したようにヘッドボードへ寄りかかった。


「ちょ、ちょっとやりすぎじゃあない、怪我人に向かって…?死ぬかと思ったわよ…」

「死にはしないさ。痛みつけたところで止める。」

「ちょっと冗談を言っただけじゃあないのよ」

「冗談も命取りになる、と言うことがわかったようでよかったじゃないか」

「よくないわよ……」

「さてと…気を取り直して。君は何歳だ?」

「さんずーにです…」

「ゴニョゴニョ喋るな。ハキハキ喋れ。」

「32ですぅっ!!」

「ほぉ、年齢にしては大分若く見えるな。」

「嘘じゃないわよ!ほんとよぉ」

「首輪が光っていないからそれくらい知っている。ただ誉めただけだ。」

「こんな重い空気じゃなかったら素直に喜んだのにね」

「次に君の出身国は?」

「に、日本です…」

「日本?なんだその国。聞いたことも無いが。」

「言って信じてくれるかは分からないけど、アタシはこの世界の人間じゃあないの」

「どういうことだ?重めの精神疾患でも患っているのか?」

「アタシは病人なんかじゃありません!アタシも良く理解できて無いんだけどアタシの元の世界で死んだみたいで、それで此処に来たの!」

「ほお?証拠は?」

「証拠………証拠って言われても……」


カオル子はいままで圧迫面接を受けたことなどなかったし回りにそんな経験をした人間は居なかった。ただ今のこの空気が圧迫面接よりも遥かにぴり付いた空気を孕んでいることは確かで、徐々につむじからぞわりと肌が泡立つことを感じていた。そんななかで証拠の提示がしようの無いにも関わらず証拠の提示を求められると実際に頭を抱えてしまう。

何か証拠として…此方の世界に飛ばします。みたいな証明書の1つでも用意してくれたら良かったのにとあの可憐な子供と子供の言う主を恨んだ。


「この世界から出たら絶対慰謝料がっぽり請求してやるんだから…………ん、?慰謝料……お金……」

「ん?なんだ聞こえないが」

「証拠あった!アタシそこで欲しいものあげるって言われて百万円の価値のお金貰ったの!!」

「百万円?円とは?」

「円って言うのはアタシの世界のお金の単位で、アタシは百万貰ってぶっ倒れた後に運ばれたであろう病院に戻して貰えると思ってたの……。なのに良く分からないこんな所に飛ばされて…アタシ一番最初に目が覚めたの土の上だったんだからね!酷くない!?」

「にわかには信じがたいが確かに。一般市民が持てる額じゃあない札束が君のポケットから出てきたからね。」

「信じて貰えた!?疑いは晴れた!?」

「その件に関しては、な。まだまだ聞きたいことはある。」


話が通じた所を見るともしやこの圧迫面接は終わりかと思っていたが、まだ終わらないと言う恐怖の宣言が成された。もう話せる証拠などどう考えても見つからなかった。


「君がこの世界の人間では無いと仮定して、この世界の、この国の話は聞いたか?」

「え、ええ、この世界が五個の国でできてるってことと、今アタシがいるところがウェスティアって国のマディルドって所だって話を聞いたわ」

「ふむ…嘘は言っていない様だな。でも聞け。今は君のいる此処はセロプアだ。」

「え、でもダニアンセロプアって言ってたわよ!嘘ついてないですごめんなさい!!」

「嘘を言っていないことは首輪が変化しないから解っているよ。崖の上まではマディルドだが崖の下である此処はセロプアと言うことだ。まぁこれは余り大事ではないから気にしない」

「た、助かったぁ………」

「それじゃあ私が一番気になっている事を聞かせてもらうよ。」


足を組み直せば彼は一切の表情も変えずにカオル子に問うた。


「君は魔法使いか?それとも魔術使いか?」

「アンタたちその質問大好きなのね、胸を張って言うけれどアタシは魔法なんて使えないわ。」

「魔術は?」

「魔法との違いが解らないけどそれも使えないわ」

「魔術師の命を狙ったり恨んだり、根絶させる意志があったりは?」

「魔術と魔法の違いもいまいち良く解ってない人間にそれ聞くの?答えは勿論NOよぅ!なんで人を恨まないといけないの?出会ったばかりだし会話も、仲良くなったこともないのに……。皆それぞれ違うのが人間なのにこの世界の人たちは信仰するものとか使うものとかが違うからって殺したり捕まえたりするんでしょう?酷い話よね。」


彼女の首輪には変化が無かった。

それが意味することとは……


「はぁ……………全てが事実なんだな。」

「だからそう言ったでしょ!」

「心配が杞憂にすんで良かったよ。」

「ごめんねは。アタシに勘違いで痛いことと怖い顔しててごめんねは。」

「…………………。」

「素直に言いなさいよ!お子ちゃまか!アンタは!」

「何?私がお子様だと!?」

「そうよ!ごめんなさいなんて赤ちゃんでも言えるわよ!」

「何を…!お前“僕”に拾われなかったら死んでいたんだぞ!」

「僕?アンタ私って言ってなかった?」


お子様、と言われたことで取り繕っていた仮面はあっと言うまに剥がれ落とされてしまう。普段かれが僕と名乗っているのはあの双子の前だけである。双子と長い間いすぎて他人とのコミュニケーションを取ったのが久しぶりだったからか、カオル子という人間の対話スキルの中で踊らされてしまったのか。第三者用のフィルターは既に見えなくなってしまった。


「んなっっ、!!私としたことが…」

「別に一人称なんてアタシ気にしないわよ好きなように言えば良いじゃない?アンタが僕って言ってても私って言ってても威厳がある風貌なのは間違いないんだから。」

「……すまない……」


お世辞でもそんなことを言われればグッと唇を噛み締めて蚊の鳴くような声でそう言った。聞き返してやろうかとも思ったがカオル子は彼の素直さに免じて尋ねるのをやめてやった。


「分かればいいのよ分かれば!でも未知が恐怖だって事もちゃぁんと分かってるからアンタのそれも多少なりとも同情してあげる。」


どうやら誤解と敵対心は完全にとは言えないが解けたらしい。

カオル子の首に模様を掘った時と同じように手袋を外せば彼女の首に触れ、横に切るように指を動かした。


「ちゃんと消えた?取れた?落ちた?」

「落ちた落ちた。」


首の模様は再び発光すると光の粒になりゆるりとほどけて空気に解けて行ったらしい。残らなかったことに安堵しているとドアが再び開き、部屋の中には再び陽光が差し込みはじめ、空気が軽くなるのを感じた。

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