ウェスティア譚 4−2
「アタシ、アタシなんでこんな怪我してるの?確か…あ、そうだ…お酒飲んで、服買って、お散歩してて…そのあとどうしたっけ……」
「君は崖の下に落ちていたんだよ。最初見つけた時はゴミかと思ったが、なぜ落ちたのかは知らないけどよく生きていられたものだ。」
「あ!!!!おっっもいだした!!そうよアタシ変な人たちに追いかけられて、危ないと思った時にはもう崖からころり……」
「何をどうしたら変な人に追いかけられるんだい?君は余程奇妙なことをしていたんだろうよ。」
やっと視界に捉えた男はため息が出るほど美しい容姿をしていた。すらりと高い身長、艶のある上品な黒髪、何故この人間を作る時にまつげをもっと間引きしなかったんだと神に問いたくなるほどに男にしては長いまつ毛。キリとした吊り目の中に見える瞳は
余りの美しさに中途半端に口を開いたまま硬直しているとその人形のような男は『寄りかかれば幾分か楽だろう』とヘッドボードに適当なクッションを差し込み、体を支えながら彼女をそこへよりかからせた。
「アンタ…恐ろしいくらい美男子ね……」
「ありがとう。容姿には多少自信があってね。褒められるとは光栄だ。」
「ナルシスト?って罵りたかったけど事実めっちゃ綺麗だから何も言えないわ……」
形の良い唇を円弧状に曲げて軽やかに笑う男は何やら室内を移動するとローテーブルから何やら深い海の底を濾過したような色の液体が入った試験管と透明な液体の入ったティーカップを持ちあげる。
「痛み止めだ。多少傷の治りを早めるために補助はしたがまだ痛むだろう?飲みたまえ。」
受け取ってみるとティーカップの方に入っているのは水だろうと予想ができるが問題は試験管の方だ。漢方独特のあの匂いと、幼少期に育てていたカブトムシの飼育ケースの中の匂いが混じったような未知の存在だった。
「…え、これ怪しい物じゃないわよね、飲んだら死んだりしない?」
「それを飲ませて殺そうとするんだったら君を助けたりしないさ。」
「本当に飲むの?とてつもなぁく嫌な匂いがするんだけど。」
「ほんのちょっぴり苦いだけさ。だから口直しに水も用意した。」
「口直しって言っても口の中のえぐみを喉に移動させるだけのやつでしょ、それに美形の言う『ちょっと苦い』はとんでもなく苦いって相場で決まってるのよ。」
「相場?言っている意味がわからないが、その体の痛みを抱えたままでいいのなら飲まなければいいさ。」
「これ飲まなきゃずっと痛いのよね………」
しばらく試験管の眺めていたが覚悟を決めたのだろう。苦味を感じるのは一瞬だが痛みを感じるのは長い。大きく息を吸って止めると一気に口の中に海色のダークマターを流し込んで飲み込んだ。
「にっっが、!!!マッズ!!!おぇ、おぇええ…、」
「ほら早く水を飲め。そのための水だと言っただろう?」
カップに口をつけ紅茶に見立てて優雅に啜る……なぁんてことはこの状況を見れば絶対にできないことがわかるだろう。口の中を、舌を洗い流すかのようにガブガブと口をつけて飲んだ。
「っぷはぁ、何とか山は越えたけど、やっぱりまだ風味が残ってるわ…あ、これ鼻で息しちゃいけないやつだわ、カブトムシの土食べてる味がする」
「土で感想を言うということは君は土を食べたことがあるのかい?」
「ないけど!ないけど匂いと味って一緒じゃない?それしか例えようがないのよ!」
「まあその薬がおかしいほど不味いって言うのは私も同意するよ。お疲れ様。まぁ直ぐに効果が出てくるものだからね。良薬は口に苦しという言葉があるようにそう思って耐えるしかない」
「確かに………そう思って頑張るわ………ぉぇ」
まだやはり体は痛いが凄く効く薬だと思えば徐々に楽になっている気がしてきた。美青年に目をやれば自身が飲み干したティーカップをローテーブルに置いてあるトレーに置いていたる。そのトレーは鉄のように見え、飾りが施してあった。
「そのトレー可愛いわね、アタシそう言うデザイン好きよ」
「ありがとう。今は出回っていないデザインでね大事に大事に使っているよ。」
「物持ちが良いのは良いことよ。アタシなんてすーぐ物失くしちゃう。」
「それは気持ち1つでどうにかなると思うが。」
『どうにもならないこともあるのよ』と反論する前に男が小さく、ペットを呼ぶかのように口笛を吹いた。昔見た映画にそんなシーンがあった気がする。ただ男の口笛の合図で寄ってきたのはペットでも、生き物でも無かった。
トレーと同じようなデザインのメイドさんが使うような銀色のワゴンがきぃきぃ音をたてながらやってきたのである。
「何なになに!?ぇ!?なんで誰も動かしてないのにワゴンが動いてんのよ!オバケ!?透明人間!!??!?!?」
「まぁまぁ。そんなに驚く事ではないだろう?」
「いや驚くわよ!誰もいないのに来るワゴンなんて魔法みたい」
「…まぁ、似たようなものさ。」
「どういうこと?アンタ魔法使いさんなの?この世界には魔法が使える人がいるんだって聞いたわ」
「そうだ。君も集会で習っただろう?『このまま神様をお慕いして、勉強に励んでいればいつか魔法が使えるようになるかも知れないよ。だからお祈りを沢山しましょう』ってね。」
「いやいやいや、習わないわよ宗教じゃあ無いんだから。」
「何?国民の義務だとされているのにその教育を受けたことが無いのか?」
「生憎アタシは無宗教なのよ。宗教勧誘はお断りよ!」
その言葉を聞けば男は突然真剣な真顔になりぶつぶつ独り言を言い始めた。
「この国のほぼ全員が知り、尊敬し敬うものを何故こいつは知らんのだ?親が教えなかったのか?それとも敢えて教えを聞かなかったのか………こいつもしや"此方側"の…………」
「なぁに?突然ぶつぶつ言い始めて………アタシなんか不味いこと言ったかしら、」
「ん?嗚呼、少し考え事をしていただけだ。気にしないでおくれ。」
「ふーん、じゃあアンタは魔法が使えるってことね。アタシは使えないからちょっと羨ましいわ」
「まぁ良いことは余りないね。」
「そうだ!魔法よ!!」
「突然どうした大声なんて出して」
会話の途中で突然大声を出したカオル子をぎょっとした顔で見る彼にカオル子は思い出したと話し始める。
「アタシ魔法が使えないって言ってるのに魔法が使えると勘違いされて、それで魔法石?杖?とかもこの世界の人間じゃあ無いから当然知らないのに『魔法が使えるのに石も杖も持っていないのは魔術だ!』って追いかけられて、それで逃げてて崖から落ちたのよ!!アタシ彼処から落ちたのに生きてたの!?化け物ね!」
「ほう…不審者扱いされていた理由が実に興味深いな。それで君は魔法か魔術か、どちらかでも使えるのかい?」
その質問に男は目を細めて品定めをするように、なにかを見破ろうとするようにカオル子を見つめ返答を待つ。
「だーかーら、両方使えないってばぁ、使えるんだったら崖から落ちてこんなにボロボロにならないでしょ。飛べるでしょ」
その返答を聞くと男は大きく感情は表さないが一つ瞬きをした後また笑顔になった。何やら感情が動いているらしい。ここでも対人間会話用にしか機能しないカオル子の感情センサーが働いた。
「両方使えないのに罪に怪しいだけで罪に問われるとは…全く、ウェスティア勇義隊は躾をしっかりして欲しいものだ。」
「そーよねぇ!話さえ聞いてくれなかったんだから!しかも愛用の靴まで燃やされちゃって…」
「燃やす?マッチでも落とされたのかい?」
「違うわよ、肌露出多めの女の子がなんか呪文?見たいなの唱えたら急に靴が燃えちゃった…お気に入りだったのに」
「何?その女は杖か魔法石持っていたのか?」
「あら、食いつきがいいのね。確か持ってた重そうな剣の持ち手?柄?みたいな感じの先っぽになんかついてた気がする」
「色は?形は?大きさは?他にはどんな魔法を使っていた?そいつは勇義隊の一員なのか?」
ぽんぽんと矢継ぎ早に投げられる質問に目を回してしまう。ただでさえ暗くて宝石があったのかさえやっとのことで捻り出したのに色や形を聞かれれば答えられる訳がない。
「ちょっと!ゆ、ゆっくりゆっくり!色や形は見えなかったけど変な隊の先頭にいたわ!」
「勇義隊が来ていたのか。それに魔法使いがいる隊とは相当前線の奴らだな…」
「な、なに?顔が怖いわよ?」
「顔が怖いのは生まれつきさ。まあ君を拾ってから一週間経っているし、目的であった君が崖から落ちて死んだんだ。もうここにはいないだろう。心配することじゃない。」
「え、ちょっと待って????アタシ一週間も寝てたの????え?」
「嗚呼。一週間寝たきり。正直もう脳が死んでいるかと思ったんだが処分しようと思っていた矢先に目醒めた。」
「あっっっぶなかった、下手したらアタシ殺されてた、の?」
「人聞の悪いことを。」
「でも事実じゃない。」
「…………まあ生きていたならよかったじゃないか。」
「アンタねぇ!!」
「…ベル様………」
「ベル様、お喋り……?」
食ってかかろうと思ったが子供の声にピタ、と声を上げるのをやめた。声のする入り口の方に目をやると見覚えのある子供二人がこちらをそっと覗き込んでいた。
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