ウェスティア譚 9-2

3人はベルベットに手を振ると手を繋いで玄関へと歩いていった。玄関の場所はわからなかったが双子が案内してくれて無事に大きなステンドグラスがはめられた玄関へとたどり着いた。そこで双子が小さな靴を履いているのを見て気がつく。


「待って、アタシ靴ない。」

「ベル様が…コレ履いてけって…」

「ベル様がコレって…」


双子が靴箱から取り出したのは茶色い皮が巻き付いたようなデザインのサンダル。傷も汚れも見受けられず保存状態の良さから新品かと疑ってしまう。聞けばどうやら昨日のうちに用意してくれたモノだそうでなんだかんだ面倒見の良い男だとつくづく思ってしまう。履き方をレクチャーしてもらって足に入れればピッタリだった。


「履けたわ!」

「じゃあいこ…」

「レッツゴー…」


重い扉を双子が開ければ新緑の光が太陽の光と合わさって目に飛び込んでくる。三週間ぶりに感じるリアルな外にただの風景にも関わらずため息が出た。一歩玄関から足を踏み出せば体を吹き抜ける風が包んでいく。外に出てきた双子と手を繋いで敷地内にしっかりと整備された石の道をゆったりと歩いていった。


「それにしても立派な館ね。これがオンボロな館だったなんて信じられないわ」

「ベル様が綺麗にしたから…」

「ベル様すごいから…」

「あの人がすごいってのはアタシにもわかるわ。」


振り返れば日光の光を浴びているにもかかわらず影がかかったかのような灰色の大きな館。2階にあるあの隅の窓が開けっぱなしになっている部屋がカオル子の客室だろう。外から見ると建物は3階分の高さがあることがわかった。3階はまだいった事がないから帰ってきてから見ようと決心してトコトコかけていく双子を追いかけた。

暫く歩けば館を隠すようにあった小さな森を抜けて山道に入る。ただ道はあの上の街のように茶色で乾いていてどうやら整備はされているよう。いつもの散歩道だというその道をズンズン進んでいけば少し離れたところに小さな川とその川の側面に聳える高い高い崖があった。


「もしかしてアタシが落ちてたのってあの川?」

「うん…熊さんが寝てるのかと思ってた」

「そしたら、カオルちゃんだった…」

「死んでたと思ったけど…」

「近くに行ったら生きてた…」

「すごいわねアタシ、あそこから落ちて今こうして元気に歩き回ってるなんて」

「ベル様が治してくれたんだよ…」

「ベル様が良くなれーって」

「そうね。ほんとに感謝してるわ。」

「ところであの崖を登っておつかいにいくんでしょ?どうやって登るの?地図で見たけどこっちじゃなくてあっちの山を越える道じゃないと上に行けないんじゃないの?」

「ううん…モノたち上がれる」

「上がるとき、一緒ね」

「うん?何登るの??この崖を?」


疑問のまま小川に並ぶ石を歩いて崖に触れることができる距離まできた。モノは右手に籠を持ち、ジノは左手にお財布のようなあの日の巾着を握っていた。カオル子はその双子の真ん中に入って手を繋ぐように促された。


「え、これどうするのよ」

『風を我に』ダウィントミー

『我に風を』ダウィントミー


双子はカオル子の手を握りベルベットが良くするように何か呪文のようなものを唱えた。何事かと思っていると今まで顔を撫でる程度だった風が突然ピタリと止み、瞬間足元から突風が噴き上げて3人の体を勢い良く押し上げた。


「え、ちょ、っ何これぇええええ!!!!」

「こうやって登るの…」

「簡単でしょ…?」


絶叫をぶちかますオネエと違って両サイドの双子はいつもと変わらない表情を見せる。風が吹き荒れると共に一気に高度は上昇しあっという間に上へ上がっていく。起こる風に顔に掛けられた布と長い髪はは旗めいた。そうしてふっと草むらに両足がつく。あたりを見れば明るいため景色が異なって見えるが丁度カオル子が落ちた宿屋の突き当たりだった。その間僅か3秒程度。びっくりして体の力が抜けたのかへたへたとその場に座り込んでしまった。


「ど、どうなってるの……」

「モノもベル様とお揃い…」

「ジノもお揃いなの…」

「アナタたちも魔法が使えちゃうのね…羨ましいわ…」


そういうのが精一杯だった。あまり長い間ここに座っていても目立つので双子に引きずられるようにして宿屋が立ち並ぶ通路へと移動した。あの草原からそのまま道に出ると怪しまれるため人の目を避けようといつもこの宿屋の裏から表の道へ出ているらしい。引きずられながらどうにか体制を整えて立ち上がり表の道へ出るとそこには賑やかな通りが広がっていた。

建物と建物の間に紐で吊るされた三角の旗のようなものがいくつもぶら下がりどこかで演奏しているのだろう、風に乗って管弦の音も聞こえる。三週間前の様子はあまり覚えてはいないがそれでもその日よりは街全体が賑わっていることがわかった。彼方此方に常駐する店ではないのだろう、屋台のようなものがずらりと並んで空きっ腹を刺激する良い香りがあちこちから漂っていた。


「わぁ!お祭りみたい!」

「お祭り…」

「すごぉい…」

「モノちゃんジノちゃんはお祭りきたことあるの?」

「3回くらい…ベル様と」

「ベル様に…3回くらい」

「そうなのねぇ、でも何回きてもやっぱりお祭りは楽しいわよね!」

「カオル子ちゃんは行ったことある?お祭り…」

「カオルちゃん、お祭り知ってる?…」

「ええ勿論!アタシの仕事場の近くで年に一回たっくさん屋台が出るのよぉ。花火も上がったりしてとっても綺麗なんだから!」

「すごいね…」

「行ってみたいね…」

「アタシのところに遊びにきたらたっくさん見せてあげるわ!」

「楽しみ…」

「うん楽しみ…」


3人でお祭りを眺めているとくぅ…と間抜けな音がカオル子から上がった。食欲を刺激する香りで腹の虫が鳴いたんだろう。くすくす双子ちゃんに笑われればポケットに捩じ込んだ札束を取り出して見せた。


「すぐ帰っちゃってもベルちゃん怒ると思うから…折角だし遊んじゃいましょ!」

「え…いいの…?」

「いいの?…」

「もっちろん!お金はアタシが出してあげるから美味しいものいっぱい食べましょ!」


双子に体を挟まれる形で手を繋いでルンルンで祭り屋台へと向かう。この地に在住している人以外も多くいるのだろう。双子が歩いていても先日のように心無い言葉や目線をかけるものはいなかった。自分の心配より双子のことを心配しまくっていたカオル子はホッと肩の力を抜いてブラブラ呑気に土の押し固められた道を歩いた。


「そこの兄ちゃん!見ていかねえか!」

「あら、アタシかしら?」

「そうそう!そこの子供連れた兄ちゃんよ!買ってかねえか?いちごにぶどうにりんご!たっくさん揃ってるぜ!」


屋台の一軒から声をかけられてよってみるとそこには宝石のように輝く飴でコーティングされたフルーツが所狭しと並んでいた。綺麗と呟けばモノとジノは何とか背伸びをして屋台を覗こうとする。幼い2人では身長が足りず満足に屋台を見ることもできないんだろう。モノにポケットから出したお金を手渡して右に抱き上げ、ジノにはお財布と買い物籠を持たせて左に抱き上げた。重いかと思っていたが思いの外軽く、案外簡単に双子を抱き上げることができた。


「わぁ…綺麗…」

「宝石みたい…すごぉい…」

「ウェスティアでできた果物だぜ〜坊主。どれも一個300ペカ!どうだい食ってくかい?」

「じゃあアタシはいちごにしような〜!モノちゃんジノちゃんは何にするの?」

「え…?」

「んん…?」


何が欲しいか聞けば腕に抱かれた双子はしたからカオル子を見つめて目をぱちぱち。不思議そうに首まで傾げている。


「どうしたの?いらなかった?」

「モノたちも食べていいの…?」

「ジノたちも選んでいいの…?」

「当たり前田のクラッカー!いつも美味しいご飯作ってくれるからそのお礼として今日のお祭りはアタシに奢らせてくれないかしら」

「でも…」

「お金ベル様からもらってる…」

「おねがぁい、奢らせて、ね?」

「……モノみかんがいい…」

「……ジノぶどうにする…」

「そうこなくっちゃ!おじさん!いちごとみかんとぶどう一個ずつくださいな!」

「はいよっ三つで900ペカね!」

「大きいのしかないんだけどいいかしら」


差し出された商品をジノが受け取ればモノがそれに対してカオル子の札束から一枚抜いて店主に差し出した。店主は少し驚いたような顔をするも細かいので申し訳ないと1000ペカ札を9枚と銀色の軽い硬貨を一枚、モノの小さい手にしっかりと握らせた。


「また買いに来てくれよ〜!」

「ありがとう〜!」


抱き歩きながらモノとジノに食べることを勧める。棒に刺さった果物に琥珀色の飴が薄くコーティングされた物。それを2人で持つと恐る恐る小さい口にかりっと良い音を立てて頬張った。


「……!!」

「…!」

「どう?美味しい?」

「飴、サクサク…」

「果物、じゅわぁ…」

「モノこれ好きかも」

「ジノも好きかも」

「気に入ってくれたようでよかったわぁ!アタシもこれ大好きなの!アタシの世界ではもうちょっと高いからここの屋台は良心的ね。」

「カオル子ちゃん、はい」

「カオルちゃんも食べて」

「あらあら、ありがとう食べさせてくれるの?」


双子を抱いていて腕が使えないのを見てか双子はカオル子が選んだ飴を口へと差し出してくれた。感謝して頬張ることにすると琥珀の殻を破ると同時に甘いいちごの果汁が口内を浸していきなんとも言えないおいしさ。これは一本600円でも購入するJKの気持ちがわからんでもない一品だった。


「んん!美味しい!モノちゃんたちもいちご食べる?」

「いいの…?」

「……食べる」


小さな口でいちご飴を頬張る姿はとても愛らしく今こうしてこの状況を画像として保存できる媒体がないことに呻き声を出して悔しがる。美味しい美味しいと言い合って一つのいちご飴に群がっていた双子だが自分たちが持っている食べかけの飴の存在に気がつけば無言でむいむいと口に押し付けてきた。


「ちょちょちょ、お口の周りベタベタになっちゃうからっ!ストップストップ!」

「カオル子ちゃんにも分けっこしてあげる」

「カオルちゃんもジノの食べて」

「わかったわかったから順番こね、二つ一気に食べられないから!」


なんとか落ち着いてもらいまずはモノのフルーツ飴から。かろ、と飴の殻を破るといちごよりも多い果汁がとプリと口の中に広がって爽やかな酸っぱさで満ちていく。みかん美味しい。次はジノの差し出すフルーツ飴、また飴を噛み砕いたがかけらが少し上顎に突き刺さりちり、とした痛みが生まれたがそんなもの忘れさせるほどのぶどうの波に襲われる。ぶどう美味しい。

いちごもみかんもぶどうも全てがとっても美味しく帰りに留守番というか寝ているベルベットにお土産として買っていこうかとも思うほどだった。

あっという間に食べ終わってしまったがカオル子御一行の食欲は止まらない。次はあっちの焼き鳥みたいな屋台、その次は飴細工の屋台。それも終わったらカリカリに揚げられたポテト……。出店をコンプリートする勢いで駆け回りこれならもうお昼ご飯は要らないねなんて微笑みあった。


「おいお前達。ちょっといいか。」

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