ウェスティア譚 9-3
至るとこに出ている出店をひとしきり堪能し、そろそろりんご買って帰る相談をしていると男の声で呼び止められた。声をかけられれば反射的に振り返ってしまうのは仕方ないだろう。振り返れば何処かで見たことのあるデザインの制服の様な物を着て此方を訝しげに見る男の姿があった。ちょっといいかと聞かれれば長年の経験がこれは呼び止められて応じたら良くない結果が待っていると警笛を鳴らし、なんとなくそうした方がいい気がしてモノとジノを背後に隠して応対した。
「アタシたちちょっと急いでるから良くないかもしれないわぁ……」
「アタシ?その言葉遣い何処かで…」
アタシで反応する男に考えを巡らせる。かつてと言っても三週間程前、カオル子に魔術使いの冤罪をかけ死ぬ気で追いかけ、実際死にかけさせた兵隊が着ていたあの制服と酷似していた。つまり目の前のこの男は双子を連れて会うには一番適さない人物、勇義隊の一員であると言うわけだ。最悪な再会にため息が漏れてしまう。ただこんなに至近距離なのにも関わらずカオル子本人についてビックリするほど触れてこないのはやはりベルベットから貰ったこの守りの顔布の影響なんだろう。
「き、気のせいだと思いますよ。それじゃあ自分たちはちょっとここで……」
「おおい待て待て。まだ帰さねえよ話が終わってねぇんだ」
「アタシ…じゃなかった。自分たちは終わったと思っているんですが。ちょっといいかと聞かれて良くなかったら大人しく下がってくださいよ。」
「なんだてめぇ!俺達勇義隊に逆らうのか?その化け物双子だけじゃなくてめぇも魔術取り締まりで取っ捕まえるぞ!!」
「なにそれ!そんなの職権乱用じゃない!!……ですか、それに化け物って」
「あぁ、この地域に住んでる奴からこないだ此処に来た時に情報があってねぇ。定期的に姿の全く変わらない双子が何処からともなく現れて何処へともなく消えるっつーんで。もしかしたら魔術使いかもしれねぇし化け物だったら気持ち悪ぃからとっとと始末しとかねぇといけねぇからなぁ」
カオル子の背後に隠した双子を覗き込むように無遠慮に顔を近づけてくるこの男。こいつが大きな声でしゃべるせいで歩いていた人たちは足を止めて此方の様子をじっと見ている。人がこんなに見て居なかったらぶん殴っていた所だ。
「この子達が魔術使い?そんなわけないじゃ無いですか、まだ子供ですよ?」
「でも何年も変わらぬ姿で見るっつー噂じゃん。それに…先日丁度この市場で買い物してたらしいから魔術使いを崖から落としたついでに、その双子も討伐して手柄を上げようと思ってたんだよ。こんななんもねぇ田舎に仕方なしに在中してたらやーっとあらわれやがった」
「執念深っ、ねちっこ…てかアタシ魔術使いじゃないから冤罪だし…」
「何か言ったか?」
「なーんにもいってないですー。というか何年も姿が変わらないなんてそんなの都市伝説みたいなもんじゃないですか?面白いですよねー都市伝説ぅ」
「都市伝説?なんだそれ?」
「嘘偽りの伝説物語ってことですよぉ。ホラーな伝説は大体都市伝説」
訝しげな表情を見せるこの男から離れようと双子の手を握り後退る。だが背中に何かが当たり振り返ればと大柄で体の厚い男が立っていた。『ごめんなさいね……』と目を反らして逃げようとするもどんどん人だかりができて逃げられなくなる。あの大声のせいだと胸の中でこの無礼な兵士の端くれに唾を吐いた。そんなカオル子に野次馬から野次がとんだ。
「兄ちゃんの手下かそのガキ達は」
「て、手下っ!?そんなわけ無いでしょうが!」
「じゃあそいつらを庇う義理もねぇだろ?勇義隊に渡した方がこの地域も安泰だ。なぁお前ら」
「そうそう。先月もそいつらを庇った人間が崖から落ちて死んでるらしいしなぁ。祟りってやつか?」
「関わった人間の魂を喰うんじゃねぇの?」
「おっかねぇなぁ」
カオル子たちを囲んだ野次馬達は次々と頷き同意する。どうやら自分は双子を助けたせいで死んだことになっているらしいが全くの冤罪。しかも自分は生きているし。これ以上此処にいたらまた双子は石を投げられてしまうかも、悲しい思いをさせてしまうかもしれない。人混みに紛れてこっそり退散しようと野次馬の群れに飛び込めば誰かの静止させるように伸ばされた指が引っ掛かり、ベルベットに着けて貰ったお守りの布がふわりほどけて地面に落ちた。一瞬でその場は静まりかえり今まで双子に向いていた視線は一気にカオル子に集まった。逃げた此方に気がついて追ってきた兵士とバッチリ目が合ってしまった。
「てめぇあんときの…!!?崖から落ちて死んだんじゃねぇのか」
「あは……はははは…………見ての通りピンピンしてるわよ………」
「おい!誰かと思ったらこいつ双子を庇った変わり者の兄ちゃんだったぞ!」
「魔術使いって追っかけられてた奴だよな!」
「やっぱり手下にしてたのか!!」
「モノちゃんジノちゃんホントにごめん………アタシバカほどやらかしてるわね」
「カオル子ちゃん…どうする?」
「カオルちゃん…どうしよか…」
辺りを見渡せば露になったカオル子の正体にスペースの無かった一帯に自分を中心として地面が見える。今のこの野次馬の量と密度だったら撒けるかもしれない。頭の中でこの状況の打開策を練ってシュミレーションも一通り済ませてこの間僅か0.05秒。まとまった考えで双子をひょいと抱き上げ小脇に抱くと更なる混沌が訪れた。
「あなた達!いったい何の騒ぎですか?今日はお祭りだから揉め事を起こさない様に言った筈です!」
「そうだぞ!お前らが揉めてるって聞いたから折角女と遊ぼうと思ってたのにアトラスに無理やり連れてこられて!」
「申し訳ありません隊長、アトラス副隊長…ですが……」
「なんだなんだお前ら退け!邪魔だ!勇義隊隊長が通るぞ!!」
野次馬が自己中な隊長と呼ばれた男によってどんどん押し退けられて捌けていくが残念なことにそれで逃げ道ができる訳では無かった。現れたのはあのときの兵隊を引き連れた不細工ちょび髭男とカオル子愛用の靴を燃やし、カオル子に冤罪をかけたあの女張本人だった。まぁ一匹いたら百匹いる白蟻と同じで勇義隊の端くれが居たからまぁ居るだろうなとは思ったがビンゴ。ビンゴの景品は斬首刑だろう。
「カオル子さん…あなた…生きていらっしゃっ」
「お、お前!崖から落ちたオカマじゃないか!」
アトラスが何か言いたげな顔をしていたがそんな彼女の言葉を遮るように空気の読めないちょび髭男は失礼な事を言ってのけた。しかもそれはカオル子の地雷を大きく踏み抜くあの言葉。
「オカマですって!?アタシはオカマじゃないわ!オネエ様よ!こーんなに美容意識が高いしこんなに華奢で美人なオカマはもうオネエよ!」
「カオル子ちゃん…今そこじゃない…」
「カオルちゃん……違う……」
「危ないとき程調子いいほどお口回っちゃうんだけどどうしましょうアタシ」
「双子もろとも魔術使いの疑いでもう一度殺してやる!行けお前ら!!」
「隊長、ちょっと待ってください!!」
今回も言い訳をする隙すら与えられずに追いかけられるのかと思ったらどうやら勝手が違うようだった。武器を持ちいきり立つ勇義隊の前に同じ勇義隊の筈のアトラスが立ち塞がったのだ。
「ま、待ってください!あの者は魔術使いではありません!前回も今回も此方に反撃しようとはしませんでした!本当の魔術使いならば追いかける時点で術を放ってもおかしくないですよ!それをあの者は何もしなかった。何もしなかったのではない、出来ないからなのです!」
「っ!うるさいうるさい!そもそもあの人間を報告したのはお前だろうが!」
「最初は私も怪しいと思っていたんです。でも証拠が全く無い!疑わしきは罰せずですよ、今までの人達もきっと冤罪なんですよ!」
「黙れ媚を売るしか能の無い魔法使い風情の売春婦が!!お前は俺の!隊長の指示に反論せず精々その弱い魔法を使っていれば良いんだ!女の癖に生意気な!」
「ちょっとそれは言い過ぎなんじゃないの?」
「……カオル子ちゃん…」
「カオルちゃん…?」
あまりの言われように思わず黙っていようと思ったのに口が動いてしまう。口は災いのもともは良く言うがこの災いら起こさないと行けない物な気がした。
「アタシ魔法とか魔術とか最近本を読んで知ったけど身に付けるまで相当努力が必要な物なんでしょ?それを頑張って身につけて国や人間の平和の為にむさ苦しい男に紛れて働いてる女の子に向かって売春婦は無いんじゃないの?何も媚を売ってるように見えないし彼女は彼女なりの誇りと信念を持って仕方なくアンタの下で働いてるんでしょ!?知らんけども!!!!密告したこととアタシの靴燃やされたことは許さないけど!!!!!」
自分のことでは無いのに自分のことのようにぶちギレるカオル子を見てアトラスはあの日の彼女の言葉と笑顔を思い出した。『やなことがあったらアタシがぶん殴って助けてあげるからね』。生まれて初めてそんな言葉を言われたし生まれて初めて今、自分の努力を認められ、褒め、反論してくれた。やっぱり自分にはこの人間達が魔術使いが漏れなくそうだと言われている悪人にはどうしても見えなかった。やはり前々からずっと思っていたが本当の悪人は……………
「黙れ魔術使い!悪人風情が正義や正論を解くな!斬首刑だぁあ!」
「人の上に立つ人間とは思えないわねっ!モノちゃんジノちゃんちょっと我慢してね!」
小脇にそれぞれ双子を抱えて今度こそ走り出した。道なりに走れば追いかけられやすい事はわかっている為出店や民間の裏の森林の中をかけていく。振り返る余裕は無く息を切らせて走るが背後から喧騒と武器が擦れ合う特有の音がした。しかも今回は何時用意したのだろう、テレビでしか聞いたことの無い馬の足音も聞こえる。
「待て反逆者!己の罪を悔やめ!」
「ねぇ馬がいるなんてずるでしょ聞いてない!!」
「お馬さんの音だね……」
「お馬さんパカパカ……」
いくら木々の間を走っても馬がいてしまえば追い付かれてしまうのは一目瞭然。肩越しに振り返れば馬に乗った男は弓矢の様な物を構えていた。武器なんて卑怯だと走る速度を限界まで上げた時、左足の付け根にじんわりした熱さが広がる。走り続けようとするも鋭い痛みが追い付いて来て、つんのめって草の上に転んでしまった。
「あっ、!!」
とっさに両手を地面について双子が頭から地面に激突するのを防いだが完治していなかった手首がズキンと傷んだ。
「モノちゃんジノちゃん大丈夫?ごめん転んじゃった、!」
「だいじょぶ…」
「カオルちゃんは?」
「アタシはだいじょぶ、このまま走るわよ」
「カオルちゃん足、切れてる、」
「カオル子ちゃん足……」
双子の不安そうな声色に足元を見れば矢がかすったのだろう。赤黒い血がとぷりとこぼれていた。だがこんな痛み崖から落ちた痛みや逃げなければ味わう斬首の痛みには遠く及ばない。振り向けば馬はすぐ前迄迫っているではないか。大丈夫と首を降って双子をもう一度担ぎ直せば背後で矢が風を切る音と鈍い音で何かに当たり刺さる音がした。
「!アトラス副隊長、!?なぜですか!」
「!?」
馬を慌てて止める音と甲冑が落ちる様な音と地面が重いものを受け止める音。あ、と声を上げた双子に振り返れば目を疑う光景が広がっている。今しがた自分を追いかけてきていた隊員アトラスの、露出した右腹部に矢が突き刺さっており彼女は背後に位置するカオル子達を庇う様に膝を付いていた。
「あ、アンタちょっとなにしてんのよ、!?」
「良いんです!カオル子さん!私はずっと後悔していたんです、謝りたかったんです、!守ってくれるって言ってくれたことのお礼を言いたかったんです!私はあなたよりもこの隊の方が腐って見える!悪人に見える!私はあなたのように自分の正義と信念に正直に生きた」
「アトラスぅっ!お前余計な事を!」
今になって自身も馬にのって追い付いてきたちょび髭男はまだ話している途中のアトラスの元へ大声で駆け寄った。介抱してやるのかと思いきや持っていた鞘に入ったままの安っぽいデザインの剣で思い切り彼女を殴打し始めた。
「お前も反逆者か!反逆罪だぞ!お前も死ね!!斬首刑だ!!」
「何やってんのよブス!女の子に、ましてや見方に手を挙げるなんて何があってもしちゃいけないことでしょうが!」
追いかけてきていた兵隊の動きが止まったのがわかるがどうにも彼女をこのままにしては此処を立ち去れない。思わずというかまた口が勝手に動き目の前の正義を語るとは思えない人間に大声で毒を吐き続けた。
「その子から離れなさいよ!その子が反逆者になってもアタシはその子の味方になるわよ!」
「うるさいぞ人間のゴミが俺様に口を聞くなッッ!!」
そう声を荒げるちょび髭の隊長はブチギレすぎておかしくなってしまったのだろう。今まで倒れたアトラスを強打していた剣を鞘から抜けば思い切りカオル子へ投げた。
もう避けられない。だがせめて双子だけは守らなくては。ぎゅっと双子を庇うように抱き寄せ覚悟を決めて目を閉じるも一向に体に刃物が突き刺さる感覚は無かった。恐る恐る目を開けると目の前で白刃をこちらに向けたまま静止する剣が見えた。
「え、なにこれ、どういうこと」
ギョッとしたのはカオル子だけではないようで剣を投げた張本人さえも固まって目を見開いていた。
「お前はすぐに問題ごとを起こす………乙女からトラブルメーカーに改名した方がいいんじゃないか?」
背後から見知った声がする。振り向けばそこには手袋を外した手を此方に構えてすらりと立っているベルベットの姿が見えた。どうやら剣を止めたのはベルベットらしい。右手をスライドさせれば剣は力を失って草の生えた地面の上にぼさりと落ちた。
「さてさて……勇義隊の諸君。良くも私の愛しい子と居候に刃物を向けてくれたね。」
ベルベットは笑顔の仮面をぴたりと貼り付けたまま冷たい目でそう言い放った。
顕になった白い手の甲には青黒く目立つ十字架の刺青がくっきりと入っていた。
カオル子の残金あと98万4400ペカ
第9話 (終)
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