ウェスティア譚 9-1

昨晩ベッドに入ったのが夜中の3時ごろ。干してもらったばかりの布団はふかふかと自身の体と双子の体を包み安眠へと誘ってくれた。太陽の光が崖の下のこの館を照らし出す頃、モゾモゾと動く気配と共に人間湯たんぽが二つ、布団から抜け出ていくのを感じた。布団から降りた双子はお互いに小さく朝の挨拶をすると太陽が本格的に降り注ぐ前に寝室のカーテンをまだ眠りたい主のために引いて足音を殺しながら寝室から出ていった。いつもこの時間は大体7時ほど。あと最低4時間はここに包まって寝ていられる。もう一度深く布団に潜り直すとカーテンの引かれた窓に背を向けるように寝返りを打ち再び夢の微睡の中へ吸い込まれていった。

いつもこうしてベルベットはお昼ごろまで安眠を感受している。あまりにも起きてくるのが遅ければ双子に起こされる日もあるが、お昼前までは己の生理的欲求に従って寝具の上で転がるのが許されている。今日もそのはずだった。


「ちょーっとぉ゛!!!!どこにもないじゃなぁ゛い!!!」


だが無情にも、ベルベットの優雅で平穏な朝はとあるオネエの爆音によって抹殺された。

無視を決め込んで寝てやろうかとも思ったが同じフロアを駆け回る音や何かをひっくり返す音、双子も楽しくなって宝探しに混ざっているのかいつの間にやら会話をする声と笑い声さえも聞こえ始めた。


「うるさい…やかましい……」


締め切ったカーテンの隙間から漏れ出る白い光が刺す時計をどうにか少し身を起こしてみれば午前9時。早い。早すぎる。何でこんなバカみたいに早い時間から館を宝探ししているんだ。目をつむり、何度も寝返りをうつが騒音によって夢への扉は固く閉ざされてしまったようでイライラしながらベットから降りてスリッパを履き、ノロノロとリビングへ向かった。いつもは後ろに流している長い前髪も寝起きではそうもいかず眠気で歪む視界をゆらゆら影のように揺れていた。


「……うるさい……。」

「あ、ベルちゃんおはよう」

「ベル様、おはよう」

「ベル様。今日早いね…」

「誰のせいだと思ってるんだ……まだ早朝だぞ……」

「早朝?まだ9時過ぎだけど。」

「だから早朝だと言っているんだ阿呆……」

「アンタいつもいつまで寝てんの?」

「ベル様いつもお昼まで寝てる…」

「ベル様お昼ごはんまで…」

「寝過ぎね。たまにはシャキッとしなさいよシャキッと!」


明るすぎて目が痛い。それに寝起き一発目でどうしてこんな賑やかな人間の相手をしなければならないんだ。ため息しか出ない。この賑やか集団が一瞬でも家から出ていってくれたらもう一度安眠できる気がする。寝ぼけた頭でもどうやら自分は天才らしい。ある考えを思いついて口を開いた。


「モノ、ジノ。そこのうるさい男を…」

「男????乙女ね」

「…乙女を連れて買い物に行ってきてくれないか?」

「…お買い物?」

「…おつかい?行っていいの?」

「嗚呼、やかましいのが一瞬でも家からいなくなってくれれば僕はもう一度眠れるし…りんごを買ってきて貰えればアップルパイが作れる」

「アップルパイ…」

「サクサクパイ…」

「それにそこの乙女はお金持ちだからな…何かうまいものでも買ってもらえ」

「ちょっとベルちゃん!?何言ってんのアタシも行くの?!」

「…カオル子ちゃんモノとお買い物いや?」

「…カオルちゃんジノとお出かけいや?」

「嫌なわけないじゃないかわい子ちゃんたち!でもアタシ上のところで騒動起こしてるのよ?大丈夫かしら、それだけが心配なんだけど」

「嗚呼、その点か……ちょっと待て」


そう言い残すと来た時と同じようにふらふら揺れながらベルベットはリビングから姿を消した。残された3人は突然の買い物に首を傾げるも楽しみな気持ちは拭いきれないのかモノとジノはカゴを用意し始めた。


「りんご…りんご…アップルパイ…」

「サクサクのパイ…アップルパイ…」

「2人ともアップルパイ好きなの?」

「うん…大好き」

「うん…美味しいよ…」

「今日はそのアップルパイの材料をおつかいに行くのねぇ。ベルちゃんが作ってくれるの?」

「ううん…モノとジノで作るの」

「そう…2人で作るの」

「結局ベルちゃんは何にもしないんじゃないの!」


アップルパイに関する話で盛り上がっていればしばらくしてベルベットがまた幽霊のように現れた。今度は手に何かを持って。


「コレ…つけてけ……」

「あ、おかえりベルちゃん。ってそれ何?紐パン?」

「突っ込まないからな僕は。コレをつければお前のことは誰もあの時のオネエだと気がつかないだろ。」

「どうやってつけるの?てかコレほんとに何」

「顔につける…こっちこい…」


手招きをしてカオル子が自身の目の前にくれば黒い布に金色の魔法陣のような模様が書かれた物を黒子がつける顔隠しのようにカオル子の目から下へつけて後頭部で結んだ。それをつけられても特段カオル子に変化が生じることはなく不思議そうに首を傾げた。


「コレをつけていれば…お前の存在は認識できるが記憶がぼやけて顔の特徴は判断されまい…ただ外れれば…顔がバレるから気をつけろ…僕は寝る…」

「あ、ありがとう…え、ほんとに行けるのコレ?」

「なんだ…僕を疑っているのか…」

「いやアンタがすごい魔法使いだってのは知ってるから疑わないけど」

「じゃあいいだろ…早く行って来い…」

「行ってきます、ベル様」

「行ってくるね、ベル様」


双子が眠そうなベルベットにまとわりついていけば眠く不機嫌そうだったベルベットも彼らの頭を優しく撫でていた。本当に彼らを召使いとして扱っているのか愛しているのかわからない。ひとしきり撫でられるのに満足すると双子はカオル子の横に戻ってきた。


「嗚呼…お前の金は…お前の部屋の引き出しに入れてあるから…」

「うん。さっき魔法石探してたときに見つけたから大丈夫」

「そこから1200ペカ…もらったから…」

「何でよ」

「洋服やったろ…」

「えぇ、貸してくれたんじゃなかったのね…」

「うるさい。ほんとに早く行ってくれ…」

「わかったわよ…行ってきまーす!」

「いてきます…」

「おやすみベル様…」

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