ウェスティア譚 8-3
待って待ってと急いで着いていけば彼のもつ明かりに呼応するかのように廊下に等間隔で下げてある燭台の蝋燭にも灯りが灯っていく。こんなに大量の蝋燭を設置していたことも驚きだが勝手に火が灯っていくのももっと驚きだ。どうせ何故かと聞いても答えてくれないのは分かりきっていたから帰りにこっそり見て回ろうと今は疑問を我慢して飲み込んだ。そのまま彼の広い背中を着いていくとカオル子に与えられた客室の扉よりも重く取っ手に豪華な装飾のなされた部屋の前で止まった。
「ここが僕の部屋だ。食事の前にも言った通りこの部屋には僕がいない時には勝手に入らないこと。ここには隠していないから安心したまえ。まあ入ろうと思っても入れないと思うが。やってみるか?」
「どう言うこと?鍵でもかけてあるの?」
「試せばわかる。」
「できないことを前提でやってみろってアンタやっぱり性格悪いわね」
「褒め言葉かな」
言われた通り重い扉に手をかけて思いっきり押してみても開かない。全体重をかけて引っ張ってみても同じだった。横にスライドかと思ってもドアノブの軋む音すらしなかった。どうやっても開かないのに鍵穴の一つも見つからない。一体全体どんなトリックだと言うのだろう。
「開かないんだけど。」
「だから言ったろ。僕がいないと開かない。」
「腹たつぅ………早く開けなさいよ」
「わかったわかった。」
風呂上がりにも皮手袋を身につける指が三度扉をノックするとドアノブに触れてすらいないのにぎぎ、と音を立てて扉が開いた。作り自体は押し戸らしく、部屋の奥へと光が導かれていった。部屋に入ったベルベットを追いかけて部屋に入るとバタンと扉が閉じる。一瞬の暗闇のあと廊下と同じく彼の部屋に置いてあった蝋燭が一斉に灯り電気で照らされたのと大差ない明るさが部屋に持たされた。壁には何やら装飾の施された飾りが幾つも幾つも垂れ下がってあり、そのどれもに白銀の箔が押された黒い十字架がぶら下がっている。見たことや言ったことはないが漫画で読んだ魔法ショップの内装はこんな感じなんだろう。ベッドがない癖にでかい机や実験器具が所狭しと詰め込んであるせいで部屋そのものはあまり空いたスペースがない印象を受ける。机の上にはよくわからない本や道具やなんらかの草や光る臓器のような肉の塊のようなものも見えた気がするが見てはいけないような気がして急いで顔を背けた。
「ほら。好きな物を選びたまえ。この中からならなんでも好きな物を持っていくと良い。」
壁にセットされた全身鏡と一体化したような大きなタンスのうち1番下の段をベルベットは開けた。そこには畳まれた衣類が綺麗に整理されて顔を覗かせていた。どの服も店に並んでいるように丁寧に畳まれて誇らしげに鎮座している。今見えているのは襟だけだがそのどれもが上質で一等品であることが光に照らされた生地やデザインからわかった。
「僕は暫くここで作業をする。その間にちゃちゃっと決めてくれ。出した服はちゃんと畳んで元通りにすること。」
「わかってるわよ任せなさい!アンタ良い趣味してるのね!」
「なぜ今皮肉を言われたんだ?」
「皮肉ってないわよ本心よおバカ。」
「おバカだと?僕が?」
「冗談だってば。ほらちゃっちゃと作業しちゃいなさいな!」
むっとした顔を見せたが直ぐに机にランプを置いて椅子に腰掛け、何やらベルベットは作業を始めた。何をするのか気になるが今の優先順位は勿論服を選ぶこと。
タンスの中の服は最近ずっと見ている彼の真っ黒な服装からは考えられないほど赤や白、所々に青なんて物も見える。適当に一枚取り出してみたのは青いトレーナーのような物。この世界は些か文明が送れているがこう言った服のデザインは何処か近い物を感じる。ただ生地は全く異なっているが。ダボっとした胴体部分にダボっとした袖。ただ襟と裾はキュッとしていて絞られている。動きやすそうだが無地すぎておしゃれのおの時もない為ボツ。本来コレはコルセットを上からつける用の服らしいが説明をされていない今はそんなこと全く知らない。次に引っ張り出したのは赤いブラウス。襟元は黒いレースが散りばめられて袖は肩から手のひらの方に向かって同じような黒いレースが見える。個人的にビビッとくるデザインだったが触った生地が高そうな肌触りでコレを着て動くのは躊躇われた為断念。その他色々漁ってみたが無地のT字チュニック、高そうなブラウス、明らかな布、布、布、布………。全く決まらないまま時間だけが過ぎていく。もう諦めて赤いブラウスにしようかと思って広げた一枚にビビッときた。
V字襟のオーバーチュニック。丈はそこまで長くなくパジャマにしていたTシャツのよう。袖は狭いが意外と伸びるようで動きやすさも抜群だ。何より背中は大きく切り開かれており、コルセットのように右から左へ、左から右へと細い黒リボンが交差して首元でリボン結びを作り出していた。よくよく目を凝らせば袖や裾に金色の星が幾つも刺繍されて刻まれていた。鏡の前で体に合わせてみればびっくり。ピッタリジャストフィットである。
「ベルちゃん決めた!!コレにする!!」
「随分遅かったじゃないか。そろそろ決めさせようと思っていた頃なんだ。」
「これこれ!どう?可愛いでしょ!」
「ほぉ、それを選んだか。お前はそう言う服が好きなんだな」
コレをベルベットが持っていると言うことは彼もきっと同じ趣味なんだろうと勝手に仮定して大きく頷く。明日になればこの可愛いカッコいい服を着ることができると考えるとやはり嬉しいもので鏡の前で体に当てて何度も見てしまう
「鏡ばっかり見ているのはいいが出した物を片付けてくれ。こんなに散らかして。」
「あ、そうだったわごめんなさいね。さすがアタシ。頭悪いくらい広げてるわね。」
ふと地面をみれば開かれて却下された服たちが山積みになっていた。適当な棚の上に選んだ服を置けば一枚一枚手に取って畳んでしまっていく。高校生時代古着屋でバイトをしていて本当によかった。立ったまま体の上で器用に服を畳むスキルはまだ残っていたようだ。流石に入っていた順番には入れられないが汚いとは怒られないレベルで綺麗に敷き詰めていく。一枚取って広げて畳んでしまう、畳んでしまうを繰り返していれば数十分前に投げた布を手にした。広げてまじまじ見てみると成る程、アホほど襟元が緩くバカほど切り込みの入った薄い長いワンピースのような物だった。
「ベルちゃん、このだるっだるに見えて肩幅全然足らないスカートみたいな背中全開のこれ何?」
「嗚呼、シュルコー・トゥラヴェールの事か?」
ベルベットはベルベットで作業台を片付けているらしく顔だけをこちらに向けてそう答える。盗み見た机の上の肉塊はすっかり消えてしまったようだ。
「なにそのシュノーケルみたいな名前のは。」
「シュルコー。シュルコー・トゥラヴェールだ。昔の流行物。まだ入っていたのか。女物だが着たかったら着てもいいぞ」
「バカ言わないでよこんなもんアタシが着たら即通報案件じゃない!空き過ぎ出すぎ意味わからなすぎ!ケツ丸出しになるわよこの服。」
「あっはっは!僕でも入ったからサイズは大丈夫だろう。自覚はあるんだね」
「そりゃあこんな風貌してたら人一倍気を使うわよ…ってまって??アンタコレ着てた時あったの?ねえ詳しく教えなさいよ。」
「………………。」
遠い目で机の品物をを見つめて一切目が合わなくなった。目を合わせようとその服を持ちながら覗き込む角度を変えても虚しく逸らされるだけ。失言したと気がついているからこそのこの反応だろう。こんなデカくて表情の変化も乏しいこの男がこんなのを着ている方が自身がコレを身につけた時よりもっと事案だ。
「アタシよりヤバいやつじゃないの。」
「そうか君は全裸で過ごすんだな?」」
「はーい。物で脅しをかけてくるのはよくないと思いまーす。」
「うるさいでーす。僕のものだから何をどうしようと勝手だろう?」
「じゃあアタシと旅することになったら全裸のアタシと一緒に歩く?」
「……早く片付けろ。やかましい」
言われなくとも片付けているがもう反論できなくなったベルベットは引き出しやガラス戸の中に道具をしまうことに集中して一言も発さなくなった。静かな部屋に道具の擦れ合う音と布ずれの音だけが響いた。そこからさらに数分してようやく出しまくった服が全て定位置に戻った。
その頃にはベルベットも片付けは終わったらしく椅子に座ってカオル子の作業を眺めていた。
「そういえばパンツは選ばなかったがいいのかい?」
「パンツ?下着?ズボン?」
「ズボン。それしかないだろ」
「はいはい。アタシが元から着てきたズボンを履き回すわ。一個くらい身になれたものがないと寂しいし動きにくいかなって。」
「まあズボンは無事だしな。いい選択だろう。あ、そうだ。」
「どうしたの?」
彼女の問いかけには答えずミラーの隣のクローゼットの扉を開けばハンガーにかかった衣類が姿を表す。そのうちの彼は若干緑のかかった布のような物を取り出せば選んだ服を持ち此方を眺めているカオル子に投げ渡した。
「コレも渡しておく。」
「わぶっ、手渡ししなさいよ。んでコレはなぁに?」
「マントルだ。まあ言ってしまえば外套だな」
「外套…コレ頭からかぶるの?」
「被ってもいいし肩からかけてもいい。夜の外は寒い。
からくるまっていればいいしお前は目立つから顔隠すにも使えるだろう?」
「つまり…アタシと旅に出るってことね!」
「甘ったれるな。まだ見つけていないから決定事項ではない。」
「わかってるわよ。明日からさがすもん!」
でもありがとうと礼は言える乙女カオル子。彼女がしっかりと服を持ったのを確認すればベルベットはドアを開けて部屋の外へ出た。彼の持つランプの移動に合わせて部屋の蝋燭の灯火も一瞬で消えた。
「わわ、真っ暗!!」
「早く出てこい。閉めるぞ。」
「今出ます〜!」
カオル子が部屋から出た瞬間開いた時と同じような音を立てて扉が閉まった。誰がどう動かしているんだろうか。リビングに戻るというベルベットについて歩けばランプの移動に合わせて徐々に蝋燭が消えて行った。折角客室に戻るときに見て回ろうと思ったのにあっという間に消えてしまって悔しかったがベルベットは足を止めることなくリビングへと帰り着いてしまった。リビングに戻ると双子は食器を洗い戻ってきていて夜ご飯のときに再度淹れた紅茶のカップを握って手を温めていた。
「なんで蝋燭消しちゃうのよケチンボ」
「僕が消したわけじゃない。消えたんだ」
「違うでしょベルちゃんがランプで消えるようにしてるんでしょ。」
「だって蝋燭が勿体無いからな。君が部屋に戻るときはあの燭台を使いたまえ。」
リビングのソファーの前のテーブルには背の低い燭台とマッチが置いてあった。コレはどうやらつけて歩いても廊下の蝋燭は呼応しなそうだ。自分もマジックみたいなことをして遊びたかったがきっとベルベットにしか許されていないのだろう。
「明日からは動きまくって魔法石を絶対見つけてやるんだからね!おやすみ!!」
カオル子は燭台を引っ掴んで駆け足で自室へと戻っていった。
「洋服譲渡の金はきっちり請求しておかないと……な」
「ベル様ずるい…」
「ベル様お金持ちなのに……」
「あっはっは!騙してはないから合法だよ。」
カオル子の残金あと99万ペカ
第8話 (終)
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