ウェスティア譚 8-2
『まだその魔法石本体を見つけてはいないからついて行かない』と。そりゃあそうである。
「えー!ってそうじゃない…まだまだ序盤だったわ……」
「残念だったな。諦めるか?」
「だからやめないって!こんなに目前に答えがあるのにそんなことするもんですかい!」
「この館は広いからね。じっくり探せば良いさ。」
「まあこの館の中にあるってわかったからアタシ頑張っちゃうわよ!」
紅茶を一気に飲み干したカオル子は声高らかにそう宣言した。
・・・
驚いた。まさか本当に答えを導き出してしまうとは。古い地図を渡してやったのは情けでこの建物全てを回るような脳筋だと思っていた。だが結果はいい意味で綺麗に裏切られた。歩けないことをわかっていながら本を読み込み内容をなるたけ詳しく脳味噌にぶち込み、その土地に自分より詳しいやつに恥すら感じず大人しく質問をする。そうして手に入れた情報を自分の中で結びつけて物事の本質を射抜き人に説明するまでになる。どこで身につけたのかは分からないが恐ろしい程人の輪を勝手に構築していくこのスキルを持っている人間は長年生き、様々な生命と関わってきたがここまでできているのを見るのは久しぶりだった。今すぐにでも見つけ出すと双子と盛り上がっている彼女人知れず笑顔を向けた。
・・・
カオル子が自分の当てがわれた客室から出られるようになって初めてのリビングでの食事だった。今まで蝋燭が照らし出す部屋で揺れる蝋燭の作り出す影と外の風景だけを見ながらの無言の食事が一気に色がついた物になった。小さなお茶会と思考の正解発表の後、すぐに双子は夕食作りに取り掛かっていた。棚から人参やらじゃがいもやらを取り出し器用に皮を剥いて刻みキッチンから消えたと思ったら捌きたての鳥を持ってきた時には思わず甲高い悲鳴をあげてしまった。補足しておくと気持ち悪いとか怖いとか可哀想とかそんなSNSで可愛こぶっている女どもとは異なり突然消えた子供が生肉を持って現れた事への驚きの悲鳴だった。ベルベットには苦笑されたがそこは若干乙女が出てしまうので許してほしい。ベルベットにこの家の作り、漁っても良い部屋を聞いているうちにあっという間に料理は出来上がった。因みに馬鹿正直に場所を尋ねたが勿論おしえてはもらえなかった。
「そういえば洋服を選ばせていなかったな。夕食の後でもいいかな。」
「貸してもらえるだけありがたいからいつでも良いわよ。」
「ベル様…ご飯できた…」
「ご飯、座って……」
一通り説明を受けていると料理を机に並べ終わった双子が食事の時間だと声をかける。
言われるがままに食卓に着くとカオル子の椅子も用意されていて4人で長方形のデスクに向かい合うように座った。そのデスクの上には籠に盛られた白い丸パン、こんがりと焼かれてお皿に盛られた鶏肉のソテー。カボチャをすり潰した濃いポタージュにほくほくに熱された四角いじゃがいも人参のサラダ。
それが3つの蝋燭が刺さった燭台に照らされて丸で光り輝いているようだ。
「それじゃあ、今日も我が魂と戯れる下部と全ての暗闇に敬意を示して頂こうか。」
「…頂きます……」
「頂きます………」
「いっただっきまーーす!!!」
何やら宗教的な祈りのような挨拶を厳かにする3人とは対照的に1人爆音で手を合わせて子供のように手を叩くカオル子。ただその勢いもすぐに消沈する。何故ならこのような場所での正しい食事の取り方が全く分からなかったからだ。丁度目の前に位置するベルベットの一挙を少しでも見逃さないように常に視線を向け続ける。まずは手元にあるスカーフを首にかける。ただ自身のゆるいバスローブの襟では涎掛けのようになってしまいベルベットのように小慣れ感が出ない。そのあと右手でナイフ、左手にフォークを持つ姿を見て真似をする。だが正しい持ち方が分からずフォークはまだしもナイフはグーで握った。ベルベットはまるで有能な外科医のようにスッとソテーを一口サイズに切り取りフォークに刺して口に運んでいたがカオル子は対照的にどうやってもそんなに綺麗に切れない。助けを求めてモノとジノを見るも、彼らもとても上手に使いこなしていた。どうするのが正解だと前に視線を戻すとばっちりベルベットと目があった。『やばいわ…バレたんじゃない?』そう思っていると盛大に笑われた。
「君…っふふ…、さっきから僕の方を見て必死に真似ているが全然できていないぞ…んふ、」
「ちょっと!笑わないの!アタシだって初めてのことで何にも分からないんだから!」
羞恥心からか顔を真っ赤にして抗議するカオル子を見てもベルベットの笑いが収まることはない。なんなら次第に悪化していき口元を押さえて咳込み始める始末。恥ずかしいの一言では足りないほどに恥ずかしかった。
「はぁ、笑った笑った。分からなかったら聞けば良いのに」
「こういう場で聞くのは失礼かと思ったのよ。郷に入ればなんとやらでしょ。アタシなりに頑張ってたのよ。」
「わかったわかった。はぁ、持ち方はこう。右と左は合っているがフォークはこう、ナイフはこう持つんだ。」
ひとしきり笑うとベルベットは一本ずつカオル子の眼前に手を出して丁寧にナイフとフォークの使い方をレクチャーしてくれた。それぞれ背を上にして柄の部分を軽く握って上から人差し指で押さえる。簡単な動作の筈なのに酷く苦戦をした。
「できたわ!どう!?上手にお肉切れてる?」
「肘を張りすぎだ。動きがぎこちない……嗚呼そうそう、肘を軽く曲げろ。そうそれだ。食器をガチャガチャ鳴らすな行儀が悪い。」
どうやらやっと持ち方をマスターしたらしい。ヘトヘトになりどうにも慣れないが先ほどよりはこの場に馴染みながら食事をできているかもしれない。
「これって食べる順番とかあるの?メインから?それともスープとかから?」
「そんなことまで考えていたのか?順番はない。好きに食え。」
「じゃあお肉からじゃなくてスープからでもよかったのね!明日はスープからにするわ…」
「まさか君スープの皿に口をつけて飲まないよな。」
「え゛。ダメなの??????」
「全く…どんな教育を受けてきたらそれが許されると思うんだ…」
「アタシの世界では汁物はお椀に口をつけて飲むんです〜っだ!」
「野蛮極まりないね。君はイリファの売春婦かい?」
「何を言ってるか分からないけどとんでもない罵詈雑言ね?」
「正解」
「嬉しくないわよこんなところで正解しても!もう!」
和食と洋食、それぞれの食べ方にマナーやモラルがあることは当たり前のように知っていたがここまで違うとしっかり理解してしまうともう大変で仕方がない。こんなに美味しそうなスープなのに口いっぱいに頬張れないことが悔やまれるも泣く泣くスプーンで掬ってちまちま口に運んだ。カボチャの甘さがふんわりと程よく口の中に広がりそれだけでこの食事の苦労が報われる気がした。
慣れない作法の食べ方でベルベットと双子が食べ終わる頃にもまだカオル子はメインである鶏の解体さぎょうちゅうだった。ゆっくり食べろと言われてもここまで遅くなってしまったら申し訳ない。明日からはもっと早く食べ終わろうと解体を諦めて一口で口に仕舞い込んだ。
「ごひほーはま!」
「おいお前。まだ口に入っているだろう。口の中を空っぽにしてから言え。」
「だってぇ急がないとアタシ最後になっちゃったし」
「別に気にしない。」
「洗い物遅くなっちゃうでしょ?」
「気にしないと。」
「洗うのアンタじゃないんでしょ。」
「モノとジノがやるからな。」
「さいってー!!!」
そんな言い合いをしている間にも双子は机に残ったカオル子の食器を運んで持っていく。台所に置いてあった水の張った深い桶に食器を沈めてその桶を2人で持つとキッチン横に設置された階段から何処かへ降りていった。
「双子ちゃん何処行っちゃったの?」
「食器でも洗いに行ったんだろうよ」
「え、外に!?」
「外じゃなかったら何処で洗うんだ。家の中で汚れた水を零せと言うのか」
「お風呂とかで洗えば良いじゃない、夜に子供2人で外にって…川に食器洗いって桃太郎かしら」
「風呂の下水道が錆びるし悪臭がするだろ。それに風呂は食器身分が入る場所ではない。川じゃない井戸だ。」
2人っきりになった空間。どうやらずっと思っていたがこの男、双子に対する扱いが慈愛の時と召使いの時とコロコロ変わるらしい。それに不満一つすら見せずに従う双子も心配にはなるがその家々のルールがあるのは何処の世界も共通なようだ。ベルベットはこの扱いがさも当然でツッコミを入れてくるカオル子の方が異常であると言ったような目を向けていたがため息を一つ着くと背中を向けて手招きをした。
「服を貸してやる。今日はもう着ないと思うが明日から起きたら僕の服でも着ればいいさ。君が5000ペカで騙されて買った服はもうズタボロで着れないし。」
「え、いいの?でもアンタアタシより身長高いじゃない、大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。気合いだ気合い。全裸よりはマシだろ?」
「まあそうかもしれないけどもっと言い方ってもんがあるでしょうに…」
ベルベットはカオル子に机の上に乗った火のついていないランプのような燭台を持ってくるように声をかけた。ふと見てみれば金色の装飾がされたカレーを注ぐような形状をしたランプが見えた。食事の時には使っていなかったそれを手に持つと注ぎ口のところに太い蝋燭が刺してあった。
ランプなんて置物かカレーを入れる道具としてしか知らないカオル子は興味津々であっちこっち方向を変えて観察しながらベルベットへと手渡した。
「ランプってそうやって使うのね…初めて知ったわ。アタシのお店ではそれ灰皿がわりに使ってる卓もあったわね」
「もったいない使いかただな。とりあえず一連の会話と行動で君の世界がトンチンカン文化を持っていることはわかった。」
「はいはいありがとうね。でもなんで注ぎ口に刺してあるのよ。普通蓋を開けて中の方が倒れなくて安心じゃない?」
「馬鹿なのかい君は。中で火を灯したら明るくないだろう。それにここに差すことで溶けた蝋が中に垂れて溜まっていくんだ。その蝋をもう一度使えばもう一度蝋燭として再利用できるし。」
「ほーん、それでランプなのねぇ」
「興味なさそうだな。まあいい
「え?今なんて?……わぁ……綺麗」
話の間に突然知らない言葉を挟まれると彼女もまた彼と同じく疑問はすぐに尋ねてしまう性格。ただ答えは彼の口からではなく彼の持っていたランプから出された。先ほどまでは全く火気すらなかった蝋燭の芯が揺らいだかと思えば赤に近い橙色の日がポッと灯った。それはマッチやライターで着けられる火よりも灯りを強くこぼして少し揺れても消える気配など微塵も感じさせなかった。やはり彼は魔法使いなのだろう。
「すごぉい…どうやったの?」
「ちょいッとやればできる。ほら早く着いてこい」
感動するカオル子をよそ目にベルベットはスタスタとダイニングとリビングから出て廊下へ進んだ。
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