ナフィア編

ナフィア譚 1−1

清々しい程天気の良い青空の下を歩き出す。まずはウェスティアからサウスィアへ国境を跨ぐ為に、国防の兵士が殆どいない山間の最南端を目指すことにした。

勿論この案の言い出しっぺはカオル子ではない。アトラスの兵隊知識とベルベットの直感で叩き出された案だ。

ベルベットの家の回りと余り変わらない景色だがカオル子はこの世界をこんなにのんびり見て回るのははじめてな為、双子とのんびり手を繋いでお散歩気分だ。


「ねぇベルちゃん?アンタは何で日傘なんてさしてるの?」

「眩しいから。」

「そんなに??」


カオル子のすぐ横を歩くベルベットは黒いレースの施された黒い生地の日傘をさしている。そのせいか傘のすぐ下にあるベルベットの顔は灰色に見え、赤い瞳が鈍く輝いていた。


「アンタ傘さしてると色白いのもあってお化けみたいね。」

「本当に白くて羨ましいです。女の私よりも白くてビックリしちゃいますよ」

「アトラスちゃんも白いじゃないのよ!きめ細かいし肌もうるうるで…」

「おっさんのような褒め方だな。」

「何でよ!本心から褒めただけじゃない!セクハラでもないから!」

「取手によるだろう」

「うるっさいわね!怖い絡みするアンタよりましでしょ?」

「僕は普通の絡みだが?」

「怖がってるかどうかは受け取り手なんでしょ」

「絶対怖がってない」

「いーや、怖がらせてる」


アトラスに聞いてやろうとベルベットとカオル子は少し前を歩く彼女に顔を向けるも彼女は手頃な枯れ枝を拾い集めていた。流石野宿経験者。火が必要になる夜に困らないようコツコツ今のうちから作業をしていた。ベルベット達の言い合いのキーマンなのにそんな話を振って邪魔になってしまわぬよう。お互いに舌打ちをしてこの話は終わった。

森と言うかなだらか初心者向きの山の中の道を歩いていれば道の形に空が切り抜かれていて迷子にはならなそうだ。壁になるように聳え立つ木々はダークオークなのだろうか。深い緑の針葉樹が此方を見下ろしていた。


「クリスマスツリーみたい」

「クリスマスツリー?」

「くりすます…?」

「くるしみます…?」

「ジノちゃん物騒ね、クリスマスよ。私たちの世界の浮かれ行事なの」

「ほぉ?詳しく聞こうか」

「聞こうかじゃなくて教えてでしょうが。アタシの住んでる国とは違う国発祥の行事でねぇ、この木に似た木を飾り付けて、ケーキ食べたりプレゼント貰ったりするのよ」

「なんのためにそんなことを」

「知らないわよ。ホントは神様にあげてた贈り物が進化した感じよ」

「異国の地の神格行事をするなんて君の世界は阿呆しかいないんだな。」

「すこくバカにするわね。因みにアタシの国には800の神様が居るって言われてるの」

「800?多いな。」

「全部の名前を覚えるのは大変ですね…」

「覚えないわよ。」

「ええっ!?覚えないんですか!?神様なのに!」

「うん。アタシ神様のこと信じてないから」

「バチ当たりません?」

「当たってるかも知れないけど信じてないからただの不運で終わるわ」

「嫌にポジティブだな。」

「ありがとう。よく言われるわ」

「褒めてない」

「ベルちゃんのところって言うか此処には神様はいるの?」

「まぁいることにはいるが此処では神より眷属の天使、悪魔の方が敬われているな」

「えー!?なんでなんで」

「神様は何もしてくれないですけど天使と悪魔さんはこちらに手を付けてくれますから」

「傍観する神より助けてくれる悪魔だろう?」

「あー、そゆことねぇ。信仰は心かと思ったけど意外と実用的かどうかを見るのね…」

「まあ天使を信仰するのが殆どだろう。悪魔を信仰するとこうなる。」


なんて傘の中から首ちょんぱのジェスチャーをベルベットはして見せた。アトラスは苦笑している。自虐ネタが自虐すぎるようだった。


かれこれ2時間は他愛もない話をしながら歩き続けただろうか。このメンバーの中で1番最初に休憩を求めたのはまさかのカオル子だった。歩いているのにも関わらずゼエゼエ荒い息をしてヨタヨタしている。手を繋いで歩いている双子は疲れた様子もなくズンズンカオル子を引いていくのに2歩遅れて追いつくのが精一杯だ。時間はわからないが太陽の位置を見るに丁度昼ごろだろう。


「ベルちゃん、ちょっと、タンマ、」

「何だ。なぜ止まる。熊でもでたか」

「そんなんじゃないわよ、ちょっと休憩しない、?」

「は。まだ歩き始めて2時間半しか経っていないが?」


怪訝そうな表情をして胸元から出された銀時計を突きつけられれば時計の針は12時半を少し回っている程度だった。体感はもう4時間以上足場の悪い道を歩き続けているというのに。


「カオル子さん、ここで休憩って言っても木陰もないし水場もありませんよ。地図を見た感じあと南にもう少しだけ歩けば川があります。そこまで頑張りましょ」

「カオル子ちゃん…頑張れ」

「カオルちゃん頑張って」

「情けない。言い出しっぺが1番体力がないとは…」

「しょうがないでしょ!もう何年もこんなに運動なんてしてこなかったんだから!」


水場が近くと言われればこんなところで休むよりも水場付近で休んだほうが楽だろう。しょうがなくどうにか足を叩いて立ち上がり双子に腰を押してもらいながら歩みを続けた。なだらかと言ってもこれは山で登り坂が体力を削っていく。高校を卒業して以降まともな運動と規則正しい生活を送ることなんてすっかり忘れているカオル子には拷問のような時間だった。

ベルベットに嘲笑され、アトラスと双子に激励されながらも何とか歩き続け、ようやく浅い小川付近にたどり着いた。もっと標高が高い山の雪解け水でできたというこの小川は柔らかく冷たく。疲れたカオル子の喉を聖水のように流れて冷やしていった。


「水って、こんなに美味しかったのね…」

「煮沸しないで飲むと死ぬぞ。」

「え゛、嘘!!!?!?!?」

「嘘。」

「ちょっと!無知な人間を揶揄わないの!」

「死にはしないが運が悪ければ腹を壊す。」


と言いつつもベルベットもほとりに胡座をかいて座り、どこから取り出したのか全くわからないが銀色の柄杓で水を掬い水分補給をしていた。モノとジノもベルベットの周りで戯れて柄杓から水をもらったりしている。アトラスは何をしているのかと思いきや全く疲れていないのか休憩も水分補給もせずに剣を鞘に入れたまま素振りをしていた。


「アトラスちゃんは休憩しないの?」

「ええ、いつ襲われても戦えるように肩慣らしをしています。」

「でもお水くらい飲まないと倒れちゃうわよ?水分大事」

「そうだぞ。この阿呆の言う通り。なんの使命感を持っているのかは知らんが倒れられても困る。」

「ベルちゃん心配してるのかしてないのかわからない言い方やめなさい。素直に倒れたら心配するよって言えばいいじゃないの。」

「心配?していないが。」

「まーーーーたそう言うこと言って」


くぅう…。突然何か間抜けな音が2人の会話に混ざった。音の発生源を探していると顔を赤くして腹を撫でるアトラスと2人の視線がかち合った。


「お腹空いてるの…?」

「アトラス…空腹。」

「お水飲むと、もっとお腹空いちゃうかと思って……」

「なぁんだそう言うことね〜!もう!びっくりしちゃった」

「空腹か。間抜けな腹の虫の音だな。」

「ベルちゃんなんかないの小腹満たし。」

「ない。」

「お昼ご飯ないの?」

「贅沢を言うな。歩いている間は後片付けが面倒くさいから朝晩の一食だけ。」

「嘘ぉん!?餓死しろっていうの!?」

「昼を抜いただけでは死なない。」

「死んじゃうわよね!アトラスちゃん!?」

「でも私も隊で移動するときは確かにお昼ご飯はなかった気がしますね…各々そこらへんに生えていたり成っていたりこっそり持ち込んだものとかをちょっと食べるみたいなことはしましたけど。」

「カエルでも捕まえてくればいいじゃないか。」

「カエル!?食べない。ぜーったい食べない!!」

「言ったな?だそうだぞモノジノ。夕飯にカエルが入るときはカオル子の分は抜きだ。」

「カエル…美味しいのに…」

「カエル…とり肉なのに…」

「美味しく作っても食べれない…?」

「美味しくしたら食べる…?」

「かわいそうにな。作っても食べてもらえなくて」

「食べる!食べるわよ!!モノちゃんとジノちゃんが作ってくれるならどんな料理も美味しく食べる!」

「ほんと…?」

「ほんとに…?」

「ええ!勿論よ!任せなさいな!!」


手のひら返しとはまさにこのことで双子に甘いカオル子は悲しい顔をされればカエルを食べることも簡単に了承してしまう。アトラスが素直に水を飲んでいるのを見届ければ日が暮れる前にそれなりに寝泊まりできる所まで移動したいというベルベットの案で小川に沿って再び歩き始めた。

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