ウェスティア譚 14−2

「モノ、ジノ。そういえば身の回りの物をまとめておけ。」

「…どうして?」

「散らかってる…?」

「違う。この阿呆についていくから旅支度だな。」

「旅行?…」

「旅行…?」

「まあただの旅行じゃない。お前たちに良く夜読んでいる本のように、宝探しの旅だ」

「宝探し…!」

「お宝…!」


お宝を探す旅と言われてテンションが上がらない子供はいないだろう。それはこのどのか大人びて物静かな双子にも適応されるようで口の周りを汚した顔のままニッコニコで体を揺らした。


「こら。行儀が悪い。」

「なんの脈略もなくいうのねそれ。急に旅支度って言われたらびっくりしない?」

「僕がいつも突然ものを言い出すのにこの子達は慣れている。だから別に困ることもないだろう?」

「それはアンタの話でしょうが。あ、そういえばアトラスちゃんはどうするの?」


ベルベットの指摘に素直に双子は静かに残りのご飯を口に含んでいる。目の前のベルベットは食べ終わっていたが自分で食器を片付けるという選択肢は無く彼女と同じように紅茶を啜っていた。旅にいく話は彼ら共通の話になったが今日加わったばかりのアトラスに教えなくては良いのだろうかと純粋な疑問が湧く。


「さあな。あいつに聞け。」

「行かないって言われたらどうするのよ」

「そうだな…この館に置いていくのもよし、好きに1人で生きさせるもよし。ただ傷が治るまでは見張る責任があるからな。ある程度あいつが動けるようになるまでは僕らも館からは出ない」

「それアタシに相談した?」

「していないが君も彼女が治るまでは外には出ないんだろう?」

「まあねぇ、というか勝手にアトラスちゃんもついてくるんだとばかり思ってたわよ。

「ふん、貴様らしいな。まあ後で話に行ってみればいいんじゃないか?ついでに食器を回収してきてくれ。」

「なんでアタシをそこまで使うわけ」

「じゃあモノとジノに行かせる。」

「卑怯よ…わかったわ…じゃあ行ってくるわよーだ!」


カオル子はティーカップでは絶対にしないであろう一気飲みをして割らないようにそっとテーブルにカップを置くと席を立ち上がって二階へと上がっていった。

階段を登れば仄暗い廊下にオレンジ色の光が微かに漂っていてその光の根はカオル子の部屋の隣から、書庫から帰ってくる時と同じように漏れていた。

空いていたドアを軽くノックすれば中から声が聞こえたためひょっこり顔を覗かせた。


「カオル子さん、双子さんかと思いました」

「アタシでした〜!まあいつもここに食器を片付けやらにくるのはあの子たちだからねぇ」

「本当に良くしてもらっています。手当もしてもらって、それにご飯もとってもおいしかったです。」

「そうよね!あの子たち本当に料理が上手でびっくりしちゃう」


ベッド脇のローテーブルには綺麗に食べ終わった食器が片付けやすいようにまとめられていた。カオル子は『少し話にきた』と椅子を引いてきてベッドサイドに設置して腰掛けた。


「あの…ずっとちゃんと言おうと思っていたんですが」

「なあに?どうしたの?」

「あの時、助けてくれて本当にありがとうございました!ベルベットさんから聞きました。カオル子さんがずっと私を運んでくれて守ってくれていたと…。カオル子さんがいなかったら今頃私、どうなっていたことやら。ずっとこのお礼がちゃんと言いたくて」

「いいのよ気にしなくても!それに行ったでしょ最初にあった時守ってあげるって」

「ぁ…覚えていてくれたんですか?」

「当たり前でしょう?アタシ言い出しっぺよ。それに人と話した記憶力はいいの」

「初対面の時は本当に申し訳ありませんでした…。あんな卑怯なことをしてしまって…それに大事だった靴も燃やしてダメにしちゃったみたいで…」

「それももう気にしてないわ。アンタのおかげでベルちゃんたちに会えて、アタシの希望も見つかったんだから。あの靴を燃やしたのはベルちゃんと同じ魔術なの?それとも魔法?」

「私が使うのは弱い魔法ですよ。あの火力が強く念じなくても出せる1番強いものなんです。」

「弱くないわよ全然っ!アタシなんてお話しすることしかできないんだから。それにしょっちゅう話を逸らすっていうオプション付きなんだけど…」

「やっぱりカオル子さんは優しいんですね。守ってくれるし肯定もしてくれて。ベルベットさんも双子さんも。そんな人たちを退治しようとしていたなんて一生の汚点です。」

「そんなこと言わないでよ、アンタは仕事を頑張ってただけなんだからさ!」


下唇を噛んで下を向いてしまったアトラスの背中を撫でて慰めるようにしながらカオル子はある相談を持ちかけた。


「ねえアトラスちゃん、アナタ傷が治ってからどうするとか考えてる?」

「いえ…それが全く考えていなくてですね…」

「アンタが良かったらアタシ達と一緒に来てくれない?アタシが元の世界に帰るために魔法石を集めにいろんなところ回るんだけどさ」

「それに一緒に探してほしいということですか?」

「そうそう!ベルちゃんもその判断はアンタに任せるって言ってたし。勇義隊から出ていくとこがないならアタシ達と一緒に来てもらいたいな〜なんて思ったりなんだりしちゃった」

「いいんですか?救ってもらったこの命、カオル子さんに頼まれたらどこまでも行きますよ!」

「ほんとに!心強いし頼もしいわねぇ!ベルちゃん達の魔法に双子ちゃんのご飯にアトラスちゃんの魔法、百人力じゃない!!あら?アタシだけ何もできない?」

「カオル子さんはおしゃべりが上手じゃないですか」

「アタシが言い出した旅なのに圧倒的にアタシへっぽこね…」

「そんなことないです!カオル子さんは初対面だった私にも優しくて、裏切られたのに怒らないで、私を抱えて逃げてくれて、それでそれで…!」



顔を真っ赤にしながらカオル子をフォローすべくお世辞ではなく本心を述べるアトラスにこちらは褒められすぎて恥ずかしくなってしまう。


「いいのいいの!アタシの美学に従っただけだから気にしないで!さ、アンタはいっぱい食べていっぱい寝て、適度に歩き回ったりしてお散歩して、早く傷治しちゃいなさい!旅に出るにもこれから生きていくのにも元気が1番だから!ね?」

「元気が1番ですもんね…!私も早くカオル子さん達のお役に立てるように頑張って直します!」


恥ずかしさが大爆発を起こしてその場の話を切り上げて立ち上がればアトラスも頷いて拳を握るポーズをした。おやすみなさいと声をかけて食器を持って階段を降りればリビングのソファーで寝そべってカオル子が四苦八苦して見つけ出した収納本を読んでいるベルベットと丁度食器を外に持って行こうとしている双子がいて、『ギリギリセーフ!』と双子に食器を手渡した。ソファーに座ろうとも思ったがベルベットが寝っ転がって占領してしまっているため仕方なしに背もたれ付きの柔らかい椅子に腰掛けた。


「おい。書庫に行ったらあんだけ迷惑していた邪念が1匹もいなかったんだが。」

「あら、ちゃんということ聞いて本に戻ったのね!話のわかるいい子ちゃんだったじゃない。」

「今まで僕のいうことは全く聞かなかったのにか。」

「アンタが命令ばっかりしてて聞きたく無くなっちゃったんじゃない?」

「そこまでくるとお前がどうやって消し去ったのか気になるな」

「消し去ってはないは。忘れないわよって言ってあげたの。だってあの子たち忘れられて読んでもらえなくなって妬んでたんでしょ?それくらい頭を使えば簡単にわかるわ」

「ドヤ顔をするな阿呆。モノとジノが皿洗いしている間暇なら風呂でも入ってきたらどうだ?言わなかったが小指真っ黒だぞ。」

「え嘘!」


どうやら邪念達と手を繋いだ後がインクとなって残っていたらしい。カオル子は促されるまま風呂でリフレッシュもしたかったため風呂場へと猛ダッシュした。














・・・








そこから5日ほど経ち、各々の荷物まとめもアトラスの体調も万全となった。旅行日和旅日和と言っても過言ではないほど透き通った昼間の空があたりを包み込んでいる。必要な物だけをまとめたがしばらくこの家から出るというだけで長年そんな体験忘れていたベルベットは寂しいような違和感を感じていた。特段夜逃げでもなく荷物や家具を持っていくわけでもないのになぜか部屋はとても殺風景に見えた。


「さーて!アタシは準備万端よ!」


そんな何処かノスタルジーな雰囲気は与えた斜めがけバックに軽く荷物を詰めだだけのカオル子のクソバカでかボイスで消し去られた。こいつは1ヶ月を過ごしたこの家に懐かしさ、しばらく離れる寂しさを感じないのだろうか。


「やかましい。静かにしろ。」

「なんでよ旅立ちの日なんだから喧しくってもいいでしょ?」

「早起きした頭にお前の声はうるさすぎる」

「早起きって時間でもないわよ。」

「僕にとっては早い」

「何時に起きたの?」

「9時。」

「それで10時半前にその格好になれるのすごいわね」

「探検だー…」

「冒険だー…」

「遠くに行くのってワクワクしますよね!私もこの国から出たことなかったのでとっても楽しみです。」


そんなベルベットに子供用のブラウスと動きやすいズボン、それに対になるブローチを身につけた双子とここに来た時のままの甲冑姿にこちらも与えられた荷物入れに必要最低限のものを入れたアトラスが続く。ベルベットは着ていた黒いタートルネック気味の服ではなく赤いYシャツに黒いコルセットで腰回りをすっきりとみせ、すらりと長い足をさらに長く見せるピッタリとした黒いパンツ。それとスネを隠すほどの茶色いブーツを着用している。そして左の手首にはカオル子から譲り受けた金色のバングルが光っていた。アトラスを含む話し合いを行った結果、これから5人はウェスティアから南に移動し隣の『ナフィア』を目指すことに決定した。

靴に履き替えて双子が押し開く玄関のドアを抜ければベルベットは1人玄関に向き直り本を広げて何かを取り出して組み立て始めた。


「何やってるのベルちゃん?行くんじゃないの?」

「待て。しばらく留守にするから虫除けと部屋の掃除、整理整頓を頼む。」

「え、誰に??」

「この家に。」

「家がそんなことしてくれる訳ないでしょ?生き物じゃないんだから!」

「違う。この家は生きている。」

「はぁ?」


訳がわからない。家が生きているはずなんてないんだから何も隠れたり部屋を綺麗に維持し続けることなんてできないのではないだろうか。そんなカオル子の心配をよそにベルベットは黒い祭壇を引っ張り出してきて赤い蝋燭2本に火を灯した。


「汝我との契約に従い以下2つの願いを聞き遂げよ。1つ、我らは暫く汝の魂から離れるがその間家の状態を保つこと。2つ、余計な虫が湧かぬよう姿形気配をこの森に溶け込ませて無となること。我の名の下にこの契約守護を絶対とし背かぬこと。」


両手のグローブを外して胸の前で大きく手を合わせれば彼の周りにだけ風が吹いたように彼の前髪が揺れた。それと同時に橙色だった蝋燭の炎が真っ青になり、そして緑となり太い火柱を経ちあげた。緑の光に照らされた彼の顔は不気味にも美しく赤い瞳の光を強調していた。彼の言葉がわかったのだろうか。風が窓の隙間を通り抜けるような音が大きく家の方から響いてくると共に鍵もないのに玄関扉ががちりと音を立てた。そうして炎の柱が次第に弱まり、青から緑色になり、そしてしっかり橙色に戻ったのを確認すれば準備は終わりとばかりに素手で蝋燭の芯に触れて炎を消した。


「これでよし。」

「なんでこんなことできちゃうわけ?」

「んー…説明がだるい。」

「アタシにもわかるように簡単に。」

「モノ、ジノ頼んだ。」

「ベル様、お家に魂あげてる」

「お家、魂あるから生きてる」

「ベル様、お家と契約してるからいうこと聞かせられる」

「お家、契約して魂貰ってるからいうこと聞く。」

「つまりはそういうことだ。お前も見ただろう?部屋が増えるの。それはこういう仕組みだ。」

「てことはオンボロ館からこんなに綺麗にリフォームしたのも?」

「そう。家に魂を与えたから」

「そ、そんなことできるんですか?」

「嗚呼。僕ならできる」

「すごい…」

「だろう?」

「ダメよアトラスちゃん。ベルちゃんのこと褒めると天狗になるから。」

「テング?」

「テング?なんだそれは。」

「え、不思議の国のアリスはわかるのに天狗はわからないのねアンタ達。鼻高いばりさんになっちゃうってことよ。」

「な、なるほど…」

「お前引っ叩くぞ。」


本をパタンと閉じたベルベットのデコピンをなんとか避けるカオル子の顔には笑みが浮かんでいる。怒っているような顔を見せたベルベットの瞳の中にもだ。モノとジノはそんな2人をいつものように眺め、アトラスだけが止めようとしている。


5人は目指すべきものを抱えて一歩足を踏み出した。










カオル子の残金あと98万4000ペカ。

第一章使用総額16000ペカ。












第14話とともに第一章 (終)

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