ナフィア譚 2−3
煮込まれたスープを腹に詰め込み双子の代わりに食器を洗い、双子とアトラスが体を清めに行けばやっと一息ついて焚き火の根元に座り込んだ。初めての野宿は思っていたより虫も無くいい季節であり過ごしにくいということは今のところあまり感じない。不満を上げるのならばベッドで眠ることができないということとどんな季節でも冷水を浴びなければいけないこと、それに加えて同じ服を数日間着続けなくては行けないことだ。
あまり慣れないカオル子とは対照的にベルベットは自身で勝手に拵えたハンモックに乗り込み揺られながら本を読んでいた。あまりにも館にいた時と変わらない。
「ねえベルちゃん?」
「なんだ。」
「なんでベルちゃんはそんなに外でいつも通りにくつろげるの?」
「これがいつも通りに見えるか?ソファーがなくて腹が立つ」
「ハンモックもソファーもおんな物じゃないほぼ。」
「体の安定感が違う。」
「ふーん。よくわからないけど。」
パチパチ時折弾ける焚き火のオレンジの光はベルベットの下にも届いているのだろうか。本を読むにはいささか暗い気もするが彼は何も言わないため放っておくとする。焚べた枝が徐々に黒く灰になっていることに気が付けば感でアトラスの束ねた枝を引き抜いてそこに突っ込んだ。ベルベットは本に熱中しているが自身は特に何ももってはいない。焚き火の明かりで特に星は見えないが山の木々が切り取った暗い夜空を眺めた。
「することがないなら寝ておけ。火の番が回ってくるぞ」
「火の番?」
「まさかお前説明聞いてなかったのか?」
「聞いてたわよ聞いてた!あれでしょ、ほら…あれ」
「聞いてなかったんだな。」
「違うわよ。すっぽ抜けちゃったの。」
「はぁ…。野宿の基本は夜に火を絶やさないこと。だから仮眠をとりつつ起きる時間を交替して火が消えないように枝を焚べたりすること。それが火の番だ」
「あーーーー思い出した。アトラスちゃんが言ってたわよね。キジスープが美味しすぎて抜けちゃった。」
「メインディッシュがないのが…」
「贅沢言わないの。具沢山で美味しかったじゃない」
「草が入ってた」
「柔らかかったでしょ、苦くもないしとろとろで。アンタ意外とお子ちゃまな一面あるわよね」
「黙れ。舌が肥えてるんだ。僕に冗談をふっかけてなくていいから早く寝ろ」
「はいはい、そのうち寝るわよ。アンタも寝てなくていいの?」
「1番最初の火の番は僕だ。普段遅くまで起きているし今は眠くない。」
「ふーん、アタシは歩きすぎて疲れちゃった…」
「時間になったら自分で起きろよ」
「目覚ましもないのに?アタシ時計すら持ってないのよ?起こして。」
「起こしてくださいだろう」
「アタシ何時に起こされるの?」
「2時。」
「2時!?!?!?!?」
「2時。そこから4時まで火の番。」
「1番深い眠りの時間帯じゃないのよ。」
「今は7時過ぎだろう?今から眠れば5時間寝れるぞ」
「だろうって言われてもわからんわよ。4時になったらアトラスちゃんにバトンタッチってことね!」
「そうだ。火の番の最中に寝ていたり火を絶やしたりしたらぶっ叩くからな」
「アンタ寝てるのに?」
「アトラスに聞いて僕が起きたら殴る。」
「叩くから殴るにグレードアップさせないで頂戴。はいはい寝ますよ…お布団は?」
「無い。」
「無い!?」
「甘ったれるな。お前の荷物を枕にしてマントをかけて寝ろ。あと火から適度に離れておけよ」
「え、ベルちゃんのハンモックで寝かせてくれないの?」
「阿呆。ここは僕の寝床だ」
「アンタが起きてる間くらい寝てもよくない?」
「駄目。双子が寝る。」
「ぐぬ…じゃあ譲ってって言えないじゃないの…あら、でもアンタが寝るときはどうするの?」
「双子と一緒のハンモックで寝るが。」
「結局アンタもそこで寝るんじゃない!!!!ハンモックちぎれちゃうわよ」
「千切れない。」
「なんでそう言い切れるのよ」
「僕が魂を与えたから」
「まーーーーたそれなのね……。魔術を使える人はみんな魂をあげたりもらったりできるの?」
「違う。僕が偉いからできる」
「意味がわからないわ。まあいいや寝ちゃうから起こしてね〜おやすみ〜」
「ん。」
「『ん。』じゃ無いのよ。おやすみって返すのが普通でしょ。」
「それは僕の真似か?似ていない。早く寝ろ」
「ベルちゃんがおやすみって言ってくれたら寝るわよ」
「じゃあ別に徹夜で火の番をすればいい」
「むきーっ!!!寝るわよ寝るったら!おやすみ!!!」
寝返りをうっても焚き火にダイブしない距離に荷物を置き、横になりマントを掛け布団の代わりに被った。今まで仕事をしていれば夜中3時過ぎまで起きていることになんの疲労もなかったがベルベット邸に拾われてからは遅くても11時には寝る健康的な生活に慣れてしまっていて正直その時間まで起きていることは不可能になっている。慣れない長歩きをすれば尚更だ。焚き火の弾ける音と体を清めることから帰ってきたアトラスたちの声が耳に小さく届く。それらと柔らかい熱を背中に浴びて目を閉じればあっという間に視界は暗くなり意識も深い眠りへと沈んだ。
・・・・・・
双子もアトラスも眠ってしまって暫く経った。ベルベットの胸の中の銀時計が進む音と自身が捲る本の音、微かな寝息だけが静かに耳に届く。暇つぶしに読みはじめた本もいい頃合いに辿り着き栞を挟んでパタンと閉じれば双子を落とさぬようにそっとハンモックから降りた。ハンモックはゆりかごのように揺れ続け双子の快眠をサポートしている。カオル子にバトンタッチするまで後30分程。閉じて木の根元に立てかけていた傘を握ればびょうと風を切る音を立てて振り回した。
火が風で消えてしまわないように、ただ火が見えなくなってしまわないように少し離れて傘を振る。チャンバラではなく一太刀がずっしりと重い。軽やかに剣舞を舞うようにくるくると体を動かす。
そんなベルベットの1人の舞踏会を真上に登った月が静かに見下ろしていた。
一頻り満足して時計を見れば丁度良い時間。どうせカオル子は時間ぴったりに起こしてもすぐ起きてはこない。10分前に起こすくらいで丁度いいだろうと呑気な寝息を吐く彼女の額を小突いた。
「おい起きろ。交替だ。」
「うぅん…あと5ふんだけぇ…」
「5分経ったら起こすからな。」
「おい5分経った。起きろ」
「…ごはん…?」
「ご飯じゃない。火の番。」
「ごはんじゃないのね…」
「おい寝るな起きろ。おい。」
どんなに呼びかけてもカオル子は目を覚ましそうにない。あまりの寝汚なさに、呑気な寝顔にイライラする。口を手で塞げばぎゅっとつねって鼻を閉じた。そうすること約2分。寝苦しさにやっとカオル子は飛び起きた。
「ぶっは、!!!!殺す気!!!!」
「うるさい。モノとジノが起きる」
「あそっか…もっと優しい起こし方できなかったの…!?」
「優しい起こし方したけど起きなかったお前が悪い。」
「え、嘘起こした?」
「嗚呼。あと5分と言われたから5分寝かせてもやった。」
「記憶にございません」
「記憶になくてもいいから早く起きろ。目が冴えないなら水でも被るか?」
「いやいい。もう遠慮する…火の番しますよ〜だ」
「くれぐれも火を消すなよ。くれぐれも。くれぐれも。」
「そんなに言わなくてもわかってる!」
「あ、あと寝るなよ」
「わかってるってば!アンタは早く寝ちゃいなさい!」
ぎし、とハンモックが軋む音と共にベルベットは双子が温めていた寝床へ入って目を閉じた。そうなれば静かな空間にいるのはカオル子1人だけ。
「あら、お月様が出てるわ。三日月だとこんなに白く見えるのねぇ」
この年齢になって改めてしっかり空を、月を見ることなんて無かった。ふと寝ていた寝具を適度にまとめようと目をやれば枕にしていた荷物のそばの地面に枝で書いたような文字が地面に記されていた。
『カオルこちゃんへ。
たきびにはいっているやかんのおちゃのんでいいよ
よるのおとうばんがんばってね モノとジノより』
小さな子たちの文字がはっきり見えれば思わずふふっと笑いが漏れた。焚き火には黒いやかんが引っ掛けてあり湯気が立っていた。そこらへんにあったマグカップにお茶を注げば紅茶とはまた違った香ばしい匂い。
「胡麻かしら、それともほうじ茶?あったかくて美味しい」
熱い液体が食道を走り抜けていけば眠気も大分落ち着いてきた気がする。この自分が火を見守る2時間の間、何をしようかと思えば昼間拾ってきた棒の存在を思い出す。あたりをキョロキョロ見渡せば拾われてきた薪の小枝に紛れて置かれている。よかった、どうやら寝ている最中に燃やされてはいなかった。それを拾い上げれば一度振ってみる。月が見ていたベルベットの素振りとは大きくかけ離れた間抜けな振りだ。
足はピッタリ閉じて右手に掴んだ棒をただ上下に振るだけ。暫くそれをしたあとようやく両手で持ち、剣道のように上から振りかぶった。びゅおっと音を立てて風が切られる。剣なんて扱ったことはないし正しい振り方も知らないがやらないよりはやったほうが無力な自分を卒業できる気がした。少しはベルベットやアトラスの戦闘についていける気もした。双子を背後に隠して守れる気も。
焚き火の番をしている間の2時間はただひたすらカオル子が枝を振る音が響いている。本来の目的は火の番のはずなのにカオル子に2時間もの間放って置かれた焚き火はアトラスに引き継がれる前に2回りほど小さくなってしまっていた。
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