ナフィア譚 2−2
「ちょっとベルちゃん!?何で遊んでるのよ!」
「僕のすることはないからな。ハンモック、一度やってみたかったんだよ」
「何か手伝うことないか聞けばいいんじゃない?」
「アトラスは裏で鳥の羽むしってるし双子は料理をしている。お前は双子の手伝いで忙しいし僕のすることはもうないだろう?」
「頑張って探して。」
「探した結果が何もせずくつろぐという行為に結びついたんだが。それに僕はもう山賊をぶちのめして金銭を奪うと言う仕事をしているから。」
「その言葉だけ聞くとアンタの方が賊じゃないのよ…じゃあお風呂のお湯でも沸かせば?」
「はぁ?風呂はあの泉で済ませるが。」
「は?」
「逆に人が1人入れる入れ物はあるのか?ないだろう」
「え、あの極寒に入るの?」
「嗚呼。それに交代で当たりを見張りながら入るから僕と君はペアだ。」
衝撃の事実が伝えられる。この1日の足の疲れを温かいお湯でほぐそうと思っていたのに指定された場所はまさかの冷たすぎる泉。顔を洗っただけでも引き攣るような冷たさだったのに全身を沈めればどうなってしまうだろうか。それに何が悲しくて彼に入浴シーンを監視されなくてはいけないのだろう。正直ベルベットの入浴シーンに全く需要がないとはいえないが自分が見られるのと見るのでは天地ほどの差がある。だがしかし体を洗わないと言う判断はしたくない。
「モノ、ジノ。まだ支度に時間がかかるなら僕はこの阿呆と水浴びをしてくるが。」
「もうちょっとかかるかも…これから鳥さん捌くし…」
「もうちょっとかかる…水バシャバシャしていいよ…」
「ほら、行くぞ。」
「いやだ!寒いのやだ!うわぁああ!!!」
オレンジではなくすっかり藍色の空に姿を変えた夜空にカオル子の拒絶の絶叫が響いている。ベルベットは顔を顰めつつも襟元をむんずと引っ掴んで引きずるのはやめない。そのうち抵抗する気も無くなったカオル子は立ち上がりメソメソと彼の後に続く。先ほどカオル子が水を汲んだ場所へと辿り着くとベルベットは本を開き必要な道具を取り出した。白いタオル、粉石鹸と固形石鹸、手桶2つ。タオルは2枚取り出してそこらへんの枝に放り投げている。
「ここに石鹸とか流しちゃっていいの?」
「馬鹿かね君は。泉の中では流さない。地面で流すから地面で洗え。」
「冷たい水被った後凍えながら陸で体洗って冷水で流すのね、拷問かしら。」
「別に浸かりたかったらちょっと遠くに言って泳いできてもいいんだぞ。」
「無理に決まってるでしょ」
「さあ入りたまえ。服を脱いで冷水を被れ。」
「ちょっと待ちなさいベルちゃん。アタシが先に洗うんだったらベルちゃんが洗ってる間凍えてタオルにくるまってないといけないんでしょ?それは不平等じゃないかしら?」
「何がだ。何も不平等ではない。」
「じゃあアンタが先に洗いなさいよ。」
「いやだ。君は僕を凍えさす気か?」
「そんなのアタシもいやよ!」
「僕の体の方が大事だ。」
「平等にじゃんけんで行きましょうよ。」
「僕が圧勝する未来が見えているけどいいのかな?」
「じゃんけんに圧勝とかあんの?」
ベルベットと出会って2回目のじゃんけんはお互いどちらが先に凍えるかという誰も徳をしないじゃんけんである。カオル子もベルベットもどうやら先に入って相手を待ちたくないらしく表情はいつになく真剣に見えた。
「それじゃ行くわよ。」
「じゃんけんぽん」
「待ってずるい早い!」
さっさと自分のペースでじゃんけんを始めたベルベットはチョキ、カオル子は握り拳をそのまま突き出してぐー。よってカオル子の勝利である。急かしたことで余計なトリガーを引っ張ってしまったベルベットは天を仰いだ。
「ずるっ子するからバチが当たったのよ!さあ脱ぎなさい」
「もう一回やろう。今のは僕がズルをしたから」
「だめ。ズルをしたから反則負けだし普通のじゃんけんでも負けてるんだから」
「人の心はないんだな」
「酷い言われ様じゃない」
何度揺すってもカオル子はやり直しに頷かない。粘ること数分で諦めたのかため息を吐いてベストと真っ赤なブラウスのボタンに手をかけて外していく。徐々に開いて顕になっていく白い肌。なぜかなんだかよくない物を見ている気がした。熱烈な視線を送っているとパチリと真っ赤な瞳と目がかち合ってしまった。
「そんなに見ないで欲しいんだが。変態か?」
「いや、アタシも見たくて見てるわけじゃないんだけど。」
「じゃあ見るな。イライラする。」
「木の影にでも隠れてきたら?裸見られたくないのに良くアタシとペアになったわね」
「いや裸を見られるのは嫌じゃない。脱いでいる所を見られるのが嫌だ。」
「知らんわよ。だから木の影に移動しなさいって。」
「移動するのが面倒くさい。お前が目を閉じればいいだけ。」
「恥ずかしいから目を閉じてくださいでしょうが。しょうがないわね、すぐ脱いじゃってよ」
ベルベットの振る舞いには地球の全ては自身を中心に回っていると考えて疑わない香りを感じる。自分もこれ以上見ていては目が抉れそうだと判断したのでぎゅっと目を閉じて10から逆に数を数えた。聴覚には布が擦れる音が聞こえていてまだ彼が着替えていることがわかるが残り3秒といったところで突然水が打ちつけられる音に変わった。目を開けて彼の方を向けば丸桶を頭上でひっくり返した状態で頭から水を滴らせている。
「脱いじゃったんなら教えなさいよ。突然水の音が聞こえたから落ちちゃったのかと思ったわ。」
「嗚呼、忘れていた。悪かったな。」
「悪いと思ってないでしょ知ってるわよ」
「バレたか。」
もう1度頭から水をかければ頭のてっぺんから足の先まで舐めるように水が広がって行く。寒くないのかとは思ったが1度体を震わせたので寒いのだろう。粉を手に掬い水を少し混ぜて軽く擦れば泡が立ちそれを掻きあげた頭髪に擦り付けて腹の指で髪の毛ごと混ぜ合わせればあっという間に白い泡が頭を包む。彼の白い肌と泡、どちらが白いのだろうと思っていれば彼の胸元に模様というか印が刻まれていることに初めて気がついた。魂というか人魂というか。小さなそれをさらに大きなそれが囲っており黒く塗りつぶされている。そしてその人魂を縛り付けるように右上、右下、左上、左下に鎖の印がそれぞれ伸びていた。
「ベルちゃん手もそうだけどその胸のとこのやつってファッション?」
「ん?嗚呼これか。」
「そうそう。アタシの世界にもそういうのをファッションで入れる人たちがいるからベルちゃんもそうなのかなって」
「これは違う。なんというか。あ、しゃがむから泡流してくれ」
「容赦なく冷水ぶっかけるけどいい?」
「頑張って温水にしてくれ。」
泡に濡れた両手で水を汲めば泉を汚してしまうことがわかっているからか、ベルベットはカオル子に手桶を指して泡を流すように指示をする。話の途中だったがこの泡を洗い流す作業も含めてペア入浴なのかと納得したカオル子は泉から水を掬ってベルベットの頭の泡を流していく。
「この胸のは、魔術を使う者なら場所は違えど必ず体に刻まれる悪魔との魂の契りの印だ。モノとジノにもある。」
「え、嘘アタシ前に1度一緒に入ったけどそんな目立つの入ってなかったわよ!?」
「モノとジノのはもっと小さいし簡素だ。というかここまで目立つように出ている魔術使いは僕だけだと思うよ。」
「へぇ…。じゃあなんでベルちゃんのその印ははっきりしてて大っきいの?」
「秘密。」
「えー教えてよー。」
泡は完全に体から流されて地面に水と共に染み込んで行く。大方流されてしまえば彼は水をかけ続ける彼女を静止させて垂れた髪の毛を後ろに上げた。毛先から飛んだ小さな水の粒がカオル子や辺りに飛び散って行く。今度は固形石鹸を手に取るとくるくる大きな手の中で回転させて使用する。
「なんでもかんでも僕が自分の情報を顕示する人間に見えるのか?」
「見えないわね。拷問されても口割らなそう」
「どういうことだ」
「お堅い人間ってこと」
「褒めてないな?君」
「えへへ」
「えへへじゃない。まあ話したくなったら話す。」
「じゃあそれまでファッションだと思っておくわね」
「それも嫌だな。」
「わがままねぇ…。モノちゃんとジノちゃんのはどこにあるの?」
「ん?モノが右足首というかくるぶしのあたり。ジノがその反対の左だ。」
「そこまでじっくり見なかったから気が付かなかったわ」
「まあそう簡単に気が付かれたら魔術師だとバレるしな。印は小さめに人目につかないところに刻まれることが多い」
「ベルちゃんのそれ丸わかりじゃないの。もしかしてドジっ子?ドジっ子ベルちゃん?」
「違う。悪魔に文句を言ってくれ。」
「あ、そっか。悪魔と契約するときに悪魔がつけてくれるんだもんね」
「そうだ。洗った。流してくれ。」
「だめ。顔洗ってない。アンタいい顔してんだからちゃんとお顔も洗ってケアしなさい。」
そう聞けばわしゃわしゃ乱暴に、拭うように顔を洗うベルベット。泡まみれになった顔で今度こそ流すことを要求すれば顔面にいきなり冷水がぶつけられた。予想していなかったスピードに口の中は石鹸の味。舌打ちをしてカオル子にその唾を吹き掛ければ文句と怒りと共に再度冷水がぶつけられる。泡が流されるのは良いことだがもう少し丁寧に優しく流すことはできないのだろうか。
「はい終わり!綺麗になりました〜」
「痛い…。叩きつけなくてもいいだろう」
「これストレス発散になるわね。また流してあげるから」
「じゃあ僕も君に水を叩きつける。」
木にかけていたタオルが温かく感じるほど冷え切った体の水分を吸い取っていく傍らでカオル子は服を脱ぎ始める。どうでもいい話だが彼女はベルベットとは異なり下から脱ぐらしい。全てを脱いで服を濡れないところへ避け、水を汲もうとしゃがんだ瞬間頭上から滝のようにいきなり冷水をかぶせられる。叫びながら顔を上げれば楽しそうな目をするベルベットが手桶をひっくり返していた。
「冷たい゛゛!!!!」
「あっはははは!愉快愉快」
「愉快愉快じゃないのy、ぶっっ!」
「ほらほら。早く洗え」
「喋ってるじゃない!お馬鹿!バーカ!」
「はいはい。君の方が馬鹿ですよ」
カオル子がどんなに真面目に洗っていても予期せぬ瞬間に冷水が浴びせられその度に叫ぶしかなかった。ベルベットはもう体から水分をすっかり拭き取ってはいるものの温かく柔らかいタオルから服に着替えようとはせずにただひたすら彼女に水を浴びせていた。どうにかこうにか体まで洗い終わったものの永遠に水をかけてくる彼に腹が立って仕方のないカオル子は彼からタオルを剥ぎ取ると泉に向かって思い切り彼を突き飛ばした。
だがここでカオル子の誤算が発生する。突き飛ばされる瞬間全てを悟ったベルベットはカオル子の手首を強く掴んで同じように泉に引き摺り込んだ。大きな着水音とともに水柱がたちあたりに細かい水滴の粒となって散らばっていく。
「冷たっ、っ!」
「ちょっとぉ!!!うわさっむ!なんでアタシも入れるの、さっむ、さっむい」
「待て待て上がるな上がるな」
「引きずりいれないでやめてアタシ凍える、しぬ、」
「死にはしない。」
「やめて触らないでベルちゃん冷たいから、ベルちゃんの肌マジで冷たいから!!」
「バチが当たったな。おめでとう」
しばらくゴニョゴニョ水中でバトルした後今度こそ2人は泉から上がってタオルで体を拭き、冷たい水滴をすっかり拭い去った。とは言っても体が温まったわけではなく冷たい髪の毛をタオルで包みながら我先にと料理で使っている焚き火へと直行した。双子とアトラスのいるところへ戻れば何やら鍋がぐつぐつ音を立てていて良い香りが立ち込めている。
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