ヒロインはオネエ様

ハレラマや

プロローグ 1/2

「かんぱぁい!」


 東京だか埼玉だか神奈川だか。どこの都市かという断定はできないがとりあえず豪華で賑やかな都会の地下。とある店の重い鉄のドアをおし開ければ男が精一杯真似した女のような声で景気付けをする声が耳に入るだろう。その店の中のアルコールカウンターにいるその声の主がこの物語の主人公。彼、と言ったらとても憤慨する人間なため、ここでは彼女と呼んでおく。彼女はみるからにゴツゴツとして重そうな瓶を後ろの棚から取り出すと、その常温の瓶の中に幽閉された琥珀色の液体恐らくト○ス・ハイボールを冷凍庫から取り出した凍ったグラスに並々と注ぐ。勿論丸く作った専用の氷も忘れずに。それを目の前で肘を突きながら空っぽになったグラスから溶けかけの氷の滴を飲み啜る客へと出してやった。

そして自分勝手に…いやちゃぁんとお客さまに勧められて、キャストドリンクで同じものを用意した。この店では何も言われなければロックで出すのが王道らしく、薄められることを知らないハイボールが球体の氷と戯れている。

だがここが彼女のちゃっかりしているところ。お客には配分通りのショットグラスだが自身のグラスは生ビールを提供するようなジョッキ。そこに注がれるアルコールはお客の分よりも遥かに多かった。

まあキャストドリンクとして入れてもらえるから自分のお財布には響かないとほくそ笑みながらからりと氷の音を鳴らした。



「カオル子ちゃん結構な量飲むんだねぇ」

「カオル子ちゃんが呑むってわかってたけど改めてちゃんと注目してみるととんでもない量飲んでるよね」

「ヤァだ見られてたの?アタシのこと好きなの?やめてよねセクハラよ」

「手厳しいなぁ、カオル子ちゃんはみんなのアイドルだから独り占めはさせてもらえないかぁ」

「やっぱりオネエが酒豪って都市伝説じゃなかったんだな」

「なぁに?今アタシのことオネエって言った?」


 オネエと言う言葉に執拗に噛み付いてカウンターから身を乗り出すこの人間の姿をオネエと言わずしてなんと言おうか。どっからどう見ても筋金入りの美丈夫オネエである。ただ自身のことを完璧でべりーキュートな乙女ちゃんだと自負しており上記で述べた通り『オネエと呼ばれる』と言う地雷を踏めばたちまち辺り一体は焦土と化してしまう。

『1瓶開けるから許して』という謝罪が特に同じカウンターで今こうして飲んでいたのとは全く違うガヤから出ればそれならば仕方ないと満更でも無いような満面の笑みで満足そうに並々とハイボールの入ったジョッキを、マッドな赤リップが艶めかしく似合うぽてりとした唇に当てて一気に飲み干した。

 そんな勇姿に彼方此方から感嘆の声と拍手の音が聞こえればこのフロア一帯はたちまち彼女の領域と化す。

 そんなフロアのカウンターで讃頌と熱っぽい視線を独り占めにする彼……。いや間違えた。彼女の名前は磯西イソニシ カオル。今年で35になるイケイケのプレイオネエである。

 ミルク強めのミルクティー色をした長いストレートヘアーはこの業界の女が揃って愛用する夜会巻きで項に堰き止め、罪な程に瞳にしっぱりと影を落とす程の長いまつげにはマスカラとほんの少しのラメを飾って、瞳は青春の色と言われればはんたいする人間なんて1人も出ないのではないかと思うほどに美しいマリンブルーをしていた。

 それでいて話し上手で聞き上手で、普段の簡素で灰色で周りと同じことが求められる社会からは逸脱したキャラクターであれば人気が出ない訳がない。そしてそんな社会に疲れ切った人間たちが寄ってこない訳がなかった。毎日社会に疲れた人々の愚痴を聞き時には共に口の悪い口を言い合いながら酒を飲むこの仕事を彼女は心から楽しんでいてまさに天職だと疑うこともなく何年も人を癒す最高の天使、アルコールのナイチンゲールとして夜の町のこの舞台に立ち続けていた。


「カオル子ちゃんって毎日鬼のようにお酒飲むけど限界ってどこなの?」

「知らないわよ試したこともないし限界を知るだけで楽しんで飲めないお酒を外のお店で試すような無駄金ありゃしないわ」

「じゃあさじゃあさ、キャストドリンクとして俺たちがご馳走するから何処まで呑めるか試してみない?」

「でも次の日に響いたら嫌だしぃ」

「今日なら大丈夫だってば忘れちゃったの?明日はオーナーの娘さんのお誕生日だから夜むちゅめたんダイシュキぱっぱが「ご飯食べに行く」ってお店お休みにしたんじゃん」

「あらあらあららら、やだすっっかり忘れてたわ!アタシったらこの間一緒にオーナーの愛むちゅめたんとお誕生日プレゼント選びに行ったばっかりなのに」

「え、カオル子ちゃん俺のむちゅめたんとおデートしたの!!????」

「おデートじゃないわよ女子会よ」

「いやだ!パパ信じない゛ぞ!お前がどんなにいいオネエでもむちゅめたんだけは絶対にやらん!」

「だから女子会だって。それにアタシはオネエじゃないわよ!正真正銘のお・と・め!アンタ何年アタシと一緒に働いてるの?お互いのチンコの形も知ってるのにアタシが乙女だってことは忘れちゃったの?アタシたちの友情ってそんなものだったの?ヤァんカオル子ショックぅ…」

「あー。オーナーがカオル子ちゃん泣かせた〜!!」

「かわいそうだねカオル子ちゃん、キャストドリンク入れるから泣かないでぇ」

「ありがとぉ…オーナーが浮気したぁ」

「おい待て浮気じゃねえし。まなむちゅめたんには純愛だし」

「え〜、カオル子ちゃん俺ともちんちん見せ合おうよ〜」

「いやよ粗ちんなんか興味ないわ」


 下品な会話にあっと言う間に花が咲きお酒も限界まで飲むもんで話もあれよあれよと限界アルコールチャレンジから流されていってしまい、完全に今は息子の話ばかりだ。やれマスターのは大きさはいいが見た目が不細工だのやれあの客は短いだのそんなことばかり。今日が金曜日なことも相まって常連客がほぼ全員集合したこの状態でキャストドリンクの大嵐も下ネタも止まるわけがなく。普段大声じゃまともに言えない小学生男子Level40程のお下ネタを良いつまみに運ばれてきた奢られ酒全てを水のようにごくごく飲み干すカオル子の周りにはあっという間に彼女のリップがキスマークを残す大量の空きグラスが塔と壁を作った。

 今日の彼女は幾分か飲みすぎているような気もする。彼女の頬は大量のアルコールのせいでいつもよりも明らかに上気し、熱い熱いと服を脱ぎ出す始末。彼女はこの汚い空間の紅一点、アイドル(勿論グラビア)的存在なのでそれにも外野は


「色っぽい!」

「カオル子ちゃんのマジカルストリップショー!」

「親に隠れて見た初めてのビデオレベルの興奮!」

「高いとこからみるここらの夜景の百万倍!」

「姐さん愛してるよー!」


などなどボディービル大会顔負けのコールで反応する。

 確かに今日はいつもより飲んでいることが自分でも身に染みてわかっている。楽しくなってついつい飲み過ぎることは今までも何度かあった。そしてそれにしっかり気がついて自分で歯止めをかけることもできていた。だから今回もそろそろ水でも飲んで辞めておこうとお冷をとりに足を動かした時だった。




 ぐわん。




 大きく視界が歪み重心を置いていたハイヒールの根元から地面にべっきり折れて倒れ込むようなそんな感覚と共に床に落ちた。

 異常な量の汗が体中から吹き出し呼吸もままならない。強い吐き気も襲ってきた。もうボロボロ。心配する客の声に返事をしようと口を動かすも呂律の回っていない母音と涎のカクテルがだらりと唇から垂れるばかりだ。誰かが『オーナー!救急車!救急車呼んで!』と大声を出す声が聞こえる。

 あらヤダ。アタシもしかしてアルコール中毒ってやつかしら。もうこの年になってそれでぶっ倒れるとか勘弁してよ……。あ、付け爪取れてる。

 いつも仕事をするときにつけるお気に入りの黒い付け爪がないことに気がついたが最後、逃れられない眠気に襲われてがっくりと意識を手放した。

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