プロローグ 2/2
なんだか温かいものに包まれている感覚がする。行った事はないけれど五つ星の高級ホテルのベッドってこんな感じなのかしら。包まれているはずなのに自分の服の感覚しかないわ。それに眩しいくらいのいい光。うとうとするのに丁度いい…………
「わけないでしょ!電気消しなさいよアホンダラ!!!」
自分の大声で意識が覚醒させられガバッと起き上がる。折角いい気分で眠っていたのにと周りを見渡せば五つ星の高級ホテルのベッドの上でも無く、自分の家のベッドの上でもなく、バーの仮眠室のベッドの上でもなかっく。ただ一面真っ白な空間が広がっていた。
「なんじゃこりゃ……ドッキリか何かかしら??カオル子ちゃんを真っ白な空間に置き去りにしてみたドッキリ〜…ナンチャッテ。」
どう見渡しても人もカメラもドッキリの大きな立て看板も見えない辺りドッキリではないことは自分でもわかっていた。わかってはいたがドッキリではないのならどうやってこの自分が置かれた意味不明な空間を説明できようか。真っ白などこが壁かも最果てかもわからない異空間に上半身裸のオネエが1人。安いホラー映画よりもホラーかもしれない。
そんな自分の状況を飲み込んで消化することもできず、座ったまま目をキョロキョロさせるしかないカオル子の肩に突然誰かがぽんぽんと触れるのを感じ取ると電気が突然流れたおもちゃのように大絶叫をぶちかました。
「ぎゃぁあああああ!!!?????ナニ!???なになにナニ!!」
「そのように驚かないでくださいまし、薫様」
反射的に振り向いたその先には5.6歳ほどの、おそらく人間の子供がいた。
おそらく人間、と人間だと断定できない理由はその子供の美しすぎる容姿が故だった。髪、睫毛等の体毛はテグスのように透明で真っ白で光輝き、それに加えてこぼれ落ちんばかりにうるついた瞳はダイヤモンドのように光をばら撒いている。ひょっとしたら天皇様の、いや、この世をお造りなさった神様のためだけに作られた着せ替え人形なのではないかと錯覚してしまう。
そんな尊い姿をした子供に驚かないでと落ち着いて透き通った声で言われても落ち着けるわけがない。むしろ逆効果。無理なものは無理だ。今すぐ肩を引っ掴んで揺すぶってしまいたいがその子供の見た目から自分が触れていいものとも思えず顔をグッと近づけるだけで我慢するしかない。
「そんなこと言うんだったらびっくりさせないで欲しかったわ!心臓飛び出るかと思ったじゃない!っていうか出たわよ!のどちんこまで出たわよ!」
「?薫様の心臓の位置は全く変わっておられませんでしたが?」
「モノの例えよ。ジョークよ。伝わらない子ねあなた。」
「申し訳ありません。ジョーク等がわからないモノでして。今後は理解できるように努めさせていただきますね。」
「わかったわ。じゃあアタシがあなたのジョークセンスを磨いてあげるわ!
……じゃないのよカオル子、しっかりしなさいカオル子。目を背けたいのはわかるけどしっかり現実を見なさいカオル子………。聞かないといけないことはいっぱいあるでしょ?そもそもあなたに教えられるジョークって何?こんな可愛らしい子に下ジョークは教えられないわよ。
ねえアナタ?ここって何処でアナタって誰なのかしら。アタシおうちに帰りたいんだけど」
「ここは薫様に贈り物をする儀式の空間でございます。そして私は薫様に贈り物をするように命じられてここに来た唯の召使いだと思ってくださいませ。」
「贈り物?儀式?召使い????よくわからないけどアタシがあなたからとりあえず贈り物を貰わないとここからは絶対に出られないって認識で合ってるかしら。」
「はい。あっております」
「アタシここから出たらどうなるの?これは夢なの?なんなの?」
「ここは正確には夢ではありませんがその認識で大方あっております。薫様にはここから出て頂いた後私を派遣した主が見守る世界に降りて頂きたいと思っております」
「え???待ってわかんないわかんない。主が見守る世界?あなたの派遣元は神様か何かなの?アタシが今まで生活してきた世界と同じところに返してもらえるってこと?どう言うことなの???」
意思疎通はできるが子供の言っていることが理解できない。同じ言語で、普段耳にする単語で話しかけられているのは明白なのに。理解できた言葉はほとんどないくせに質問ばかりが浮かんだそばから足速に口から飛び出していく。
「私の主は神ではありません。私と薫様と似たようなものでございます。」
「どういうこと?ますます意味がわからないんだけども」
「大丈夫ですよ。今回ここはあまり大切な場所ではないので割愛します」
いいの?カオル子。きっと今とっても大切そうなところが割愛されちゃったけど。
ただ彼女は自分自身が馬鹿であることを知っていた。そして馬鹿すぎるが故にこうして情報の波に打ちつけられて質問すら満足に伝えられないことも知っていた。
あまりの情報の多さにポカーンとし続けている間もおそらく子供は熱心に説明を続けてくれているのであろう。これから彼女が降り立つであろう場所の話、なぜ彼女がここにいるかという話、降り立った場所でなにをすれば良いかという話。
しかし上記にある通り彼女の頭では理解できない言葉だった。
水泳の後の国語の授業を聞く子供のように、先生が喋っているのはわかるけどなんて言ってるかわからない状態だった。
ただそんな彼女の耳にもこの最後の言葉だけはしっかりと聞こえた。
「薫様は何が欲しいですか?」
何が欲しいか。貪欲で現金な彼女の弱い頭もこの言葉だけはしっかりと理解した。自分になんの徳もない話ではなく自分に徳がある話だから当然だろう。
「何が欲しい?今そう聞いた?」
「はい。これから旅立つ薫様に我主から贈り物です。ここは贈り物をする場所ですから」
「確かに。あなたそう言ってたわね。贈り物を貰ったら出れる場所だって」
「そんなニュアンスの事はお伝えしましたね。」
「なんでもいいのね!?ほんとに!?」
なんでもいいと言われたら困るという事はきっと多くの人間が経験しているだろう。普段からあれが欲しいこれが欲しいと喚いているもいざ実際『じゃあいいよ欲しいものをあげる。』と言われれば何を買ったらいいのかわからずに悩んだ挙句欲しいものは無いと伝えてしまうあの現象だ。
彼女には日頃欲しいほしいと言っているものが沢山あった。新発売のグロス、消耗品のアイシャドウ、お気に入りのブランドの洋服、少し高いブランドのバッグ、有名なカフェの期間限定のフラッペ。こればっかりは何時間悩んでも『これに決定する!』という一つを導き出すことは不可能ではないかと思ってしまう。
「ここには時間という概念が存在しませんので薫様が生きることを手助けするようなモノをじっくりお考えなさってください」
「アタシが生きるのを助けてくれるモノってアナタ大げさねぇ」
「いいえ、ここでの決断で生死が決まる方もいらっしゃいますから」
「何それ、きっとその人とんでもない決断をしたのね」
「はい。ですので薫様も主様の指し示した世界で生きていけるようなモノを選んだらいいですよ」
「世界で生きていける、ねぇ………」
自分がこの先行くであろう世界。そこが自分が住んでいる日本でもブラジルとかなんかそこらへんのよくわからない国だとしても必要なもの。
もしかして金じゃないかこれ?アタシ正解導き出せてない?このまま自分の住んでるところにそっくりそのまま返してもらえるんだったらただ得するだけだし、座標間違えて国違くなってもお金さえあれば飛行機で飛んで自分の家まで帰ることができる。大正解よカオル子。さっすが1億年に1人の美魔女乙女。
そんなふうに自分を脳内で褒め称えて唇を開いた。
「決めたわ!アタシ百万円が欲しい!」
「百万円ですね。承知いたs………え?」
「え?」
「は」
「え?だめ?」
「え、いや、ダメじゃないですけど」
「じゃあ何よその反応は」
「え、もっと有意義な能力とかじゃなくて良いのか心配で」
「え、能力って何どういうこと」
「え?」
「え?」
「私説明しませんでしたっけ」
「???なんのことかしら」
「私と会って最初に説明しましたよね」
「え、そうだったかしら」
「うんうん言いながら聞いていたじゃありませんか!」
「それは返事じゃなくて多分アタシが唸ってただけよ」
「!しっかりしてください!」
「しっかりしてます!!!」
時を戻すこと数分前。確かにこの使者はしっかりと能力の事とこの後彼女が飛ばされることになる世界について説明していた。だがここでその話を聞いている彼女の顔をご覧いただきたい。
とんでもない阿呆面である。そう、ちょうど水泳の後ウンタラかんたらでまっったく話を聞いていなかった場面だ。これは聞いていないカオル子が100パーセント悪い。
「もしかして薫さん」
「なぁに?」
「私の大事な話聞いてませんでした?」
「……キイテタワヨ」
「絶対聞いてませんでしたよね、そうですよね」
「いや、聴覚にはちゃんと届いてたわよ」
「その感じだと薫さんがもう元いた世界ではお亡くなりになっていることも、その理由が急性アルコール中毒だとも聞いていない感じでしたか」
「うん聞いてないわよ。ッッてアタシ死んだの!!!??嘘!!!?どういうこと!!!?そんなバカで阿保で頭の弱い、お葬式では笑われるようなしょうもない死に方したの!!?嘘よ!!!!やだやだ!
え、じゃあアタシがこれから飛ばされる世界って元いた場所じゃないの!!?ねえどういうこと!?もう一回ちゃんと説明してよ!ねえ!!」
「私は説明しました。それにここまで説明して欲しい願い事も言ってしまった後ではもう遅いです。もう一度説明している時間なんてありません。」
「なんでよ!慈悲はないの!?それに遅くないわよ死んだら時間もクソもないわ!」
「薫さん、ご自身のポケットの中を触っていただけますか?」
「はぁ!?この緊急事態にどういうこと?まあ触るけど…」
文句と困惑と怒りをぐちゃぐちゃ口に出しながら細くて白い陶器のような指先で自身の尻のポケットに触れる。
ここにはいつもタバコとライターしか入っていないはずだが今日はそのどちらとも違う材質を感覚が捉えた。なんだったかしら。こんなものいれたっけ。と不思議がりながら引っ張り出すと紙帯でまとめられた札束が姿を現した。
「!!!???何これどういうこと!!?」
「願い事は聞き入れられたようですね。それが我主が叶えたあなたの願いとあなたへの贈り物です。」
「これって多分100万円よね????」
「正確には円ではなくペカです。」
「ペカ??え、偽札って事?」
「いいえ。紛れもない本物です。これから薫さんが行くことになる世界の通貨です。」
「アタシ円安とか円高とか全くわからないんだけど」
「安心してください。薫さんの世界でのきっちり百万円分の価値です」
「そこ気が効くならもう一回説明してもらっても…」
ね、おねがーいと合わせた両手に普段とは違う違和感を感じる。なんだろうと思ってまじまじ見つめてみると透けているのだ。自分の指の輪郭をうっすらぼんやり介して女の子座りをする自分の足が透けて見えるのだ。もっともそのあしも薄ら消え初めていて膝よりしたはもうほとんどないくらいだ。自分の細胞一つ一つが光の粒になりシュワシュワと何もないこのただ真っ白な空間に消えていく。
「まっッッって!!??アタシ消えてる、!?え、!?どういうことねえ!」
「時間がないと言ったのはこのことです。あなたがお願いを口に出したその時点で、願いか叶ったその時点であなたの体はもうあちら側に転送され始めていたんです。」
「なんでそれ教えてくれなかったの!?」
「これは純粋に私のお伝えミスです。ごめんなさい」
「何それ!そんなのってありなの!?」
今まで経験したことのない体験ばかりで思わず半分泣き声になってしまうがそれでももう自分がこれから行く道は決定してしまったのか体が溶けていくのは止まらない。
自身が今こうして目の前の子供に何やら言っている間にも体の転送という名の崩壊は止まることを知らずに後に残っているのは首から上だけになってしまっている。
「それでは薫様、いってらっしゃいませ。」
「あんたとその主のこと!!アタシの家に戻ったらぜーーーーーったいに訴えてやるんだからねぇ〜っ!!!」
そう叫んだのが最後、残りの顔も微細に輝くダイヤモンドダストのようにぎらきらと散らばり跡形もなく消えてしまった。
「…主様はあんな濃いお方を呼んで、世界を壊すおつもりなのでしょうか…」
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