ウェスティア編
ウェスティア譚 1−1
「…ぃ……ぉい……」
うるさいわね…アタシこんな変な目覚まし時計セットしたかしら。
「…い!……い!……てんのか」
「うぅん…あと五分だけ………」
「何馬鹿なこと言ってやがる!起きやがれ!」
今まで小さく、どこか遠くで鳴っていた様な夢現な気持ちで聞いていた音が突然意味をもち形となり耳に突き刺さる。
余りの荒々しい物言いに何ごとかとガバッと起き上がるとそこは見知った四畳半の自室ではなかった。
コンクリートでもなくただ押し固められた土のような道、今しがた自分の頭があった場所を通って行く代車。自分を見にそこかしこから顔を覗かせるその土地に根付いたであろう人々。そして何より……
「てめえ!!!なんてとこで眠りこけってやがんだ!馬車が通れねえだろうがよ!どこのもんか知らねえがねみいならとっとと家に帰りやがれ!」
自分に覆いかぶさるような影を落として上からこちらを覗き見、怒号を飛ばしてくる大男。おかしい。どう考えても自分が普段生活している世界とは大間違いなのだ。
だって自分の住んでいる街は歩道と車道は一緒ではないし、もし万が一、億が一車道で眠りこくっていても大声で注意する人間は余程気の強い警察くらいだ。いや、最近は警察でも優しく『どしたん話聞こうか』体制を取ってくる。だがこの男はどうだろう。身長は2mにも近そうで肌は黒く健康的に焼けていて首から下げたタオルはただのぼろ切れた麻布のよう。
「な、あんたな、何よ!ここどこよ!え、!!何!夢!」
見るからにどう考えても気が触れたのかと自分を疑ってしまうような非日常な情景に頬を強くつねって見るも視界は全く変化せずさらに奇妙なものを見るような目で見られてしまう。
「夢じゃねえよ目が覚めたんならそこをどけバカタレ!邪魔臭くて仕事ができやしねえ」
「何よ初対面のレディーに向かってあんまりな物言いじゃない!確かにこーんなところで寝てたアタシも悪いけどもっと気遣いってもんをするのが紳士じゃないの!?」
「つまりあれか?お前はそっと別のところに寝かせて欲しかったってわけか?」
「そうよそういう紳士的な行動をとれっていっt」
いい終わる直前重力が頭の方に寄り胃の中がぐるりと回転する感覚に襲われる。何事かと思う前に背中にかけて鈍い痛みと音が走った。
あー。アタシこれ投げられた???嘘でしょ。
ただ現実は無情なもので嘘でも冗談でもなく彼女は背負い投げの状態で土煙りが立つ道から民家の軒下に積まれた草の束の中に放り投げられていた。口の中に濃厚な枯れ草の味が広がり唾液と一緒に急いで口の中から吐き出しながら目の前の男をキッと睨みつける。
「アタシに対して『背負い投げぇ〜』をやってのけるなんて何?アタシに喧嘩売ってるの!?アタシ怒るとコワァイんだから!謝るんだったら今のうちよ!」
「おぉ、おっかねえオトコオンナだなぁ精神でも触れちまったんじゃねえのか?」
「投げ飛ばすだけじゃ飽き足らずアタシを奇人変人扱いするですって?」
「そりゃあお前さんは完全な奇人変人だろうがよ」
なぁ、と目の前の大男が野次馬群衆たちに返答を求める。野次馬たちの中から賛同する声や同調の意を込めて諾く者が投げられて天地がひっくり返った今の状態からも痛いほどわかった。
「服もどこに落っことしてきちまったのか知らねえが上半身裸だしよぉ、道のど真ん中で寝てやがるし、それに男なのに女王様でもしねえ様な女言葉で喋りやがる。これを奇人と言わねえでなんていうのが正解なんだよ」
「確かにそれだけ聞くとアタシとんでもない不審者ね?」
「だろ?なんだ急に物分かりがいいじゃねえか。」
「頭が逆さまのおかげて物事が嫌に冷静にわかるわ」
「頭に血が上ってるんだから普通逆じゃねえのか?」
「……あらやだ確かに。あなた天才じゃないの」
「…ぶっっは!なんだお前面白えやつだな!」
ゲタゲタ腹を抱えて笑った大男は一連の会話で冒頭の苛立ちもすっかり忘れてしまったのか天と地が逆さまのまま枯れ草に寝転がる彼女に手を伸ばして引っ張り起こしあげた。
「売り言葉に買い言葉が人間になった見てぇなやつだなお前」
「ありがと❤︎、アタシも自分のこと口から生まれてきた女だと思ってるわ」
「どう見たってお前女じゃねえだろ。それに出産は股からだ。」
「何よ!アタシスーパープリチー乙女だけどぉ?それにものの例えだってここの人たちは本当に冗談が通じないのね」
冗談が通じない?アタシどっかでこんな冗談誰かに言ったかしら。
なんだか此処と同じように自分が普段いた場所とは全く違う世界でジョークが通じないと相手を叱りつけたことが鮮明に思い出される。もしかして今こうして呑気に笑っている場合ではないのではと珍しくまともな思考が脳みそに染み渡っていく。何か思い出さなくてはと突然黙りこくった自身を不思議そうに覗き込む男の瞳には差し込んだ光が模様を作っていた。白、真っ白………。
「ああっ!!!!!!!」
「うるっせえ!なんだ突然でけえ声出しやがって!!!」
思い出した。自分は真っ白な空間で美しい人に贈り物と称して100万円を貰い、知っている世界から全く知らない世界に飛ばされたのだった。職場で鬼のように酒を煽り、ぶっ倒れて目が覚めると何もない空間にいて、またなんか色々ごちゃごちゃあって目を覚ましたら今度もまた違う場所で。
「アタシスリープトラベラーかもしれないわ…」
「なんだそれ。魔法の名前か?」
「そうよ。アタシが目を閉じた時だけ使えるテレポーション」
オネエはアホであった。そんなわけがないのに今まで意識がなくなると同時に場所が二転三転しているという結論からそんなことを恥ずかしげもなく言ってのけた。ここが彼女の元いた世界、日本ならば確実に心療内科を受診することを本気で自分を魔法使いだと信じ込んでいたら勧められるだろうがジョークだと茶化されることもなく、頭の心配をされるでもない。どうやら彼女に対する此処の反応は全く思っていたものと異なるものだった。
「いや、申し訳ねえ。魔法使いのお方に俺ぁとんでもねえ仕打ちをしてしまった…どうか命だけはお助け願いてぇ」
「は??どういうこと?突然アンタどうしちゃったの?さっきの威勢はどこ行っちゃったの」
目の前の男は突然先ほどまでの対応を180°変えたのだった。『お怪我はありませんか』『手持ちのものは何か壊れたりしていませんか』など大男とは思えない細やかな気遣いばかりで歯痒い扱いを突然されて仕舞えばことの発端の自分自身でさえも面食らってしまうのは当たり前だろう
「ちょっとアンタえーっと…」
「ダニアンとお呼びください魔法使い様」
「アタシ30超えてるけっどエッチしたことあるから魔法使いじゃないわよ。あれ、妖精さんになるんだっけ、どっちだっけ。」
「そんな伝説が魔法使い様の間では広がっているんですね、いやぁ物知りだなぁ」
「ちょっとダニアン、だっけ?話を最後まで聞きなさい。アタシは魔法使いなんかじゃないわ。
ただの超絶プリチーお話上手の夢みる乙女よって。」
「いや謙遜なさらずに、いやぁ死ぬ前に魔法使いを見るって夢が叶えられた…ありがたやありがたや」
ダニアンだと名乗った大男は本当に人の話を聞かない男だった。薫も人の話を聞かないことがあると自分で理解しているが彼はそれ以上に話を聞かなかった。しまいには先ほどまで『邪魔だ』と薫を投げ飛ばしてまで開けさせた土の道に正座をし土下座までする始末。
どうにかしてこの状況から脱出したいのか周りに助けを求めるように今まで自分をひそひそと軽蔑した眼差しで噂していた野次馬群衆に目を向けるも彼らの反応もダニアンと同じような反応。
『魔法使い様なら眠っておられても仕方がない』『うちの干草は魔法使い様が投げられて触れたものだからきっと高く売れる』『いいなぁ俺も魔法使いさんとお話してみたい』
目は口ほどに物を言うとはまさにこのことでそれぞれ色の違う幾つもの眼がそんなことを言っているのがよくわかった。正直そんな視線をいっぺんに浴びたら堪ったもんじゃない。自分自身も今の状況を理解しきったわけではないのに次から次へと捌かなければいけないことが増えたら冗談じゃなく内側からひっくり返って爆発してしまう。
自分の目の前で土下座をし続けるダニアンの二の腕をグイッと引っ張りながら『場所を変えましょ、アンタが色々教えてくれるなら世話ないわ』と立ち上がらせた。
「どこかいい場所ないかしら」
「ヘィ!行きつけの酒場なんかどうでしょう」
「いいわねこんな阿保みたいな時間からお酒を飲むのも全然あり。あなた天才ね」
「滅相もないでございます魔法使い様…」
「敬語へんよ。それと魔法使いじゃないって何回言えばわかるのよぉ…アタシのことはカオル子って呼んでね」
「カオル子様」
「違う。様いらない。カオル子。」
「カオル子様」
「リピートあふたぁみぃ〜 カオル子」
「カオル子様」
「もう…それでいいわよ…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます