ナフィア譚 1−3
「はぁ…拉致が開かない。」
ベルベットは山賊の1人の腹をどぅっと蹴った勢いのままくるりと回転して正面を新たに捉えると流れ作業で口にグローブを挟み、素手を取り出した。
「アトラス!やる気が無いのか。情けをかけるな再起不能にしろ。」
「やっやる気はあります十分です!」
「よそ見厳禁。後ろを取られてるぞ。」
自分で呼んでおきながら嫌な指摘をするベルベットはアトラスの背後を狙っていた人間にさしていた日傘の先端を叩きつけると大きな破裂音を立てて手を合わせて何かを唱えた。カオル子は双子を抱きながら物陰に隠れて何もできずに見ていることしかできない。歯痒さがあった。焦りもあった。今すぐ飛び出して行って加勢したいが自分が出たところで足手まといにしかならないのはよくわかっている。言い出しっぺなのにこのザマだ。だから拳に爪がめり込むほど握りしめて己の無力さを痛感することしかできなかった。
「
ぞわりとした寒気がベルベットを中心に波紋を立てるように広がっていった。ざわざわとなっていた森の木々たちも一斉に口を閉ざしそれと同時に彼の背後に淡い黒色、いや灰色のもやが現れる。陽は照っているのに日陰に入ったかのようにあたりはワントーン暗くなりその中心に位置する彼の影だけが異様な形に変形し始めた。心臓に毛が生えたさすがの山賊達も何だどうしたとあたりを見渡すほどには濃い不気味さが満ちている。隠れ見ているカオル子の肌も冷気に撫でられたように粟立った。やがて変形していたその影が完全に分断され、彼の影の隣に女のシルエットが浮かぶ。それは“もや”を吸収しながら徐々に形を作っていきやがてベルベットの背後であり、その上空に位置する場所に完全顕現した。癖のあるショートヘアーにたわわに実る乳房。だがそれを隠す布類も太ももから下も見当たらない。彼女の首には犬の首輪のようなものがつながっておりそこから伸びる鎖はベルベットの背中中央あたりで空気に溶けていた。
突如現れたその女は目を深く閉じたままベルベットの前へ泳ぐようにするりと移動すると彼の頬を一度撫で、微かな笑いを含んだまま山賊たちの隙間を縫いそれぞれの胸あたりを手で触れていった。触れると言うより突き抜くと言ったほうが正しいやもしれない。彼女に触れられた人間は何が起こったかもわからず白目を剥き、一瞬でその場に倒れて行ってしまう。そんな仲間を見てその女を何とか防ごうと石やブーメランを投げてみるも実態のない女の体をすり抜けて行ってしまうだけ。今回山賊たちは喧嘩を売る相手を盛大に間違えてしまったらしい。アトラスも何とか応戦して剣を奮っていたが目の前の男が突然白目を剥き倒れたのをみればギョッとして剣を下ろし、実態のない女にギョッとし、その女がベルベットの背中にべっとりまとわりついているのを見てギョッとした。
「終わったぞ。出てこい。」
「アンタ……むっつりすけべなの?」
「後ろの女の方、おっぱい出てますよ。」
「黙れお前たち。それはコイツに言ってくれ。僕が言っても実体を変えないんだ。」
あまりの言われように眉間を押さえて背後の女を親指で指すベルベットの腕にその女は頬を擦り付けて嬉しそうにも見える。終始目は閉じられているが何故か笑っているように感じた。カオル子とアトラスはその浮遊体の物珍しさとスタイルの良さに釘付けである。カオル子なんてまだ眠っている双子の顔に纏っているマントをかけて万が一目が覚めてもこの光景を見てしまわぬようにする程。アトラスもカオル子もその女に口すら聞けずに用は済んだとばかりに打ち鳴らされたベルベットの親指の音に女は深く会釈をするとベルベットの周りを回りながら大気に溶けて行った。
「あれ誰なの?」
「魔術で呼び寄せている僕の眷属だ。」
「お名前は何と言うんですか?」
「サーバント。」
「もう一回聞きけどむっつり????おっぱいはおっきい方が好きなの??」
「黙れ殴るぞ。」
「恥ずかしがらないの!まあベルちゃんも男の子だもんね…」
「おい待て。」
「悪いことじゃあないと思うんですが、女の人はやっぱり股くらいは隠したほうが…」
「おい。」
「やっぱりそう思うわよね。男の子って困っちゃうわ」
「黙れ」
「大丈夫ですよ、ベルベットさんはきっとそんなこと私たちにしませんから」
「おい本当にいっぺん黙れ。」
苦虫を噛み潰したような顔をしたままベルベットは日傘を拾いさしてすっかり元に戻った陽の光から顔を隠してしまう。それを照れ隠しだと取ったカオル子は盛大に煽り散らかし、双子を抱いていて手も足も出せないことを逆手に取られ今までにないくらい強いデコピンを額に食らった。これはカオル子が100%悪い物なので心配したりする気持ちは無く、きっとベルベットのデコピンは死ぬほど痛いと判断したアトラスは口をしっかり閉じてそれ以上背後の女に口を出すことはなかった。やっと静かになったことにため息を吐いたベルベットは丁度近くに伸びている山賊のポケットを漁った。
「ちょっとベルちゃん?何やってるの?」
「ん?迷惑料を頂戴している。」
「白昼堂々の窃盗じゃないそれ!」
「だって迷惑を被っただろう?喧嘩をふっかけて物を奪うなら奪われることも念頭に入れておかないと。」
「真っ当な言い訳だけどダメよベルちゃん」
「この金を貰っておけばそのうち宿に泊まることになった時楽だぞ。」
「……全員分のポケット漁りましょうか。」
「カオル子さんっ!!!?!?」
ベルベットの言い分を承諾したカオル子は妙に顔をキリッと引き締めて堂々とそんなことを言ってのけた。彼女を指摘するアトラスの声で双子は昼寝から覚醒したのか顔にかけられたマントを剥ぎ取って大あくびをしてカオル子の胸に顔を擦り付けている。
「おはよう…ベル様…」
「ベル様…おはよ…」
「あらあら、おはようのすりすりは嬉しいけどアタシよ。」
「カオル子ちゃん?」
「カオルちゃん…?」
「なんで抱っこ…?」
「何で抱っこになったの…?」
「一悶着あったのよ。ベルちゃんならそこでポケット漁ってるわ。」
目を擦る双子をそっと地面に下ろしてやれば今まで止まっていた血流が戻ってきて手がビリビリじわじわと痺れた。そんな手の歯痒さに手をブンブンふればさらにじんわりとむず痒さが襲ってきて諦めてしばらくゾンビのように両手を前に突き出していることにした。双子はベルベットに駆け寄りながらあたりの様子をぼんやり眺める。これがカオル子だったら『私が寝てる間に…!?アタシ本当にスリープトラベラー!?』となっていただろう。だが冷静沈着ベルベットのもとで育ってきたと言う双子は取り乱すこともなく誰によってこの異様な空間が生み出されたのかをわかっていた。
「ベル様…サーバントさん来たの?」
「サーバントさん、お仕事したの?」
「嗚呼。ちょいと数が多くてね。面倒臭いから一掃した。」
「まだ生きてる?…」
「みんな…死んじゃった?」
「流石に何も危害がないのにこんな人数殺したりしないよ。ちょっと寝ているだけさ。」
「殺してないのね…あ、本当だ息してる。」
試しにちょいちょいと足で顔を蹴ってやればうめく声がかろうじて聞こえた。目立った外傷もないし目が覚めたら普通に動き出せるだろう。
ひとしきりポケットを漁り終わったベルベットは立ち上がり双子と手を繋いでさっさと歩み始める。そんな彼の後ろから慌ててカオル子とアトラスは着いて行った。
「ちょっと、もう出発するなら出発するって言ってちょうだいよ」
「言わなくても僕が立ち上がった時点で察しろ。」
「そんな無理なことを…」
「本当は少し行ったところで野宿の支度をしようと思ったがコイツらに追われる危険性を考えてもう少し離れたところで夜を明かす。予定が狂ったから早く歩け。」
「え、コイツらいなかったらもうちょっとで休憩だったの!?ほんと余計なタイミングで出てきやがったわね!」
「さっきまでの若干の同情はどこへ行った。」
「いいのよいいのよ!コイツらが悪い!コイツらしか悪くない!先を進みましょ!」
ベルベットは指摘しないがカオル子の掌に爪で抉ったような跡があることにしっかり気がついた。触れるのも野暮だろうと目を瞑ることにし今は足を動かして新しく予定立てたところにたどり着くことに専念することにした。
時刻は午後3時過ぎ。もう少しすれば夕方になりあっという間に夜のカーテンが降り始める。
カオル子の残金あと98万400ペカ
第15話 (終)
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