ウェスティア譚 5−2
「尋問では無いんだが気になったことを質問しても?」
「もう怖い言い方しないならいいわよ」
「もうしないさ、君はどうやら此方に恐怖心も害意も無いようだからね。」
「アタシは無害な乙女よ。小動物みたいで可愛いでしょ?」
「乙女……?」
「乙女。異論は認めない。」
「まぁそれは置いておいて、君の持ち物について気になることがあってね。例えば君のそのブレスレット。どうやってはめたんだ?手首にぴったりな程しか穴が無いのに。抜こうとしても抜けなかったからそのままにさせて貰っているよ。」
「嗚呼これね、バングルって言ってこうやって引っ張って穴を広げて抜くのよ。」
いつだったかネット通販で購入したもののオマケでついてきたこのバングルは使うつもりは無かったが一度嵌めてみると異常なほどどんなコーデにもバッチリと合う。それが判明してからは小物に悩むこと無く安定的に使用しているものだった。
「金なのに柔らかいのか?君の世界にはそんな金があるんだな……」
「これ金じゃないわよ。亜鉛とかなんか色んなものを混ぜたやつだと思うけど」
「金属を混ぜる技法はこの世界にもあるがそんな細い枠なんて見たことがない。それにやわらかくなるなんて。」
「アタシもよくはわからないけどいろんなのを丁度良く混ぜたらこうなるの」
「混ぜたら灰色になると思うがなぜそれはそんなにも黄金色なんだ?」
「塗料ね。」
「凄いな………」
「そんなに気になるなら着けてみる?」
社会科見学にきた小学生のように興味深々でベルベットはカオル子に質問を繰り返す。椅子に座ってはいるが前のめりになって彼女の腕の装飾を見つめていた。そんな彼の姿を面白く思ったのかそう言って彼女は手から外したバングルを少し広げた状態で彼へと手渡した。
「良いのか?壊れたりは」
「アタシがひっぱっても壊れないんだから大丈夫でしょ」
「嵌めたらどうするんだ?」
「はっや。壊れるか心配してた癖にノリノリじゃない。そうしたら手首にあるようにぎゅってするの。」
受け取ったベルベットは手に嵌めてみるもこれだとまだゆるゆるな様で、落ちないように押さえながら彼女に訪ねる。ぎゅっとするんだと教われば力を微かに込めて握れば柔らかい金属は手首にしっかりとフィットした。
「……おぉ………すごいな」
付けた手首を陽に透かすように見つめる彼の横顔は表情の変化こそ乏しいものの瞳の中は興味と喜びで満ちていた。たかがオマケで喜ぶなんて子供のようだとそんな彼を見ながらカオル子は思った。
「それあげましょうか?アタシのお古だけど。」
「いや、貰うほどではない。」
「なんだい。じゃあ外しなさいよ。」
「………」
「おーい?ベルちゃん?外すのは嫌だけど貰うほどではないの?」
「貰ってやる。」
「そこは素直にありがとうでしょ。」
「この国の誰も持っていないものを手に入れるのは快感だね。」
「まあ喜んでるみたいだからいっか……」
何やら上機嫌でバングルを付けた左手をしきりに気にしている。見る人が人だったらギャップ萌えに悶え苦しむだろうが先ほどあんな激痛を与えられたカオル子の萌メーターなるものは全く動いてはいない。美しい飾りを手に入れた喜びよりもこの世界の誰も持ってはいない物質を所持できた喜びの方が遥かに上回っているベルベットはその手を腰に当てると右手の指をパチンと鳴らしてカオル子が暖をとっている掛け布団の端に洋服を1セット用意した。
「これはほんのお礼だ。君の着ていた服はボロボロでね。仕立て直すこともできなくはないが血が落ちない。」
「えぇ!アタシのあの服着て半日も経ってないのにおじゃんになったの!?信じられない…」
「あれは崖の上の店で買ったものか?」
「そうそう、5000円…じゃなかった、5000ペカで買ったのよ。よくわからないうちに着せられて褒められておだてられまくって結局買っちゃったわ…」
「5000ペカもかけたのかこの服に。よほど有名なデザイナーが作った分けでもないのに」
「いやわからないけど、材料費とかで結構行ったんじゃない?」
「いや、この生地を使った服が今流行っているがこのデザインのタイプだと3000ペカ程だぞ?」
「は?????」
「崖の上の服屋は有名デザイナーなんていないからな。無知なオーラが出ていたんだろう?ぼったくられたね。」
「あんのデブふざけんじゃないわよ…!!!!!!」
「あっはっは!随分ストレートな悪口じゃあないか」
「価値のわからない人間には手のひらくるくるなんて信じらんない!倒産しろ!潰れろ!!」
「まあまあ、あまり騒ぐと傷が開くよ落ち着け。」
そう言われれば渋々といったように大人しくなるも怒りはまだ燻っているらしく文句を言い続ける。そんな彼女の様子を眺めていたベルベットは『聞くのを忘れていた。」と。
「君の頭髪と下の毛の色が一致しないのは何故なんだ?突然変異か?」
「!!!!???!?!?!?え」
「怪我の治療をしている時に服を剥ぎ取ったんだがこの世界のやつは頭髪は様々だが必ずどの体毛も同じ色になるんだ。それなのに君の体毛は眉毛、まつ毛、陰毛、全て黒。頭髪だけがその茶色で」
「待って???アンタアタシのちんこガン見してたってこと?」
「気になったことは知りたいからね。男同士だから良いだろう?いや、あの時は夜だったからそう見えたのかもしれない。今は陽があるから今見たらやはり頭髪と同じなのか?ちょっと見せてくれ」
「ちょっ!乙女に向かってなんてことしてるの!ちょ、おい、こら!やめなさいよ!」
「男だから大丈夫だろう?ほら早く見せて。」
「いやよぜーったい嫌よ!」
「声がでかい。」
抵抗も虚しく重傷を負った身の抵抗は強くなく全裸の体にかけられていた掛け布団は一瞬で剥ぎ取られた。
「うん。黒だな。なぜだ?突然変異か?」
「アタシのちんこガン見しながら質問しないでよ」
「気になったことは解決させないと気が済まない性格でね。」
「だからって手段を選ばなすぎなのよ抵抗できない人間に追い剥ぎみたいなことして!」
「それで、なんで色が違うんだ?」
「言えば良いんでしょ言えば!髪の毛染めてるからよ!これでいい!!?」
「頭髪を染める?どうやって。絵の具ではそう綺麗にいくまい」
「絵の具じゃなくて専用の奴で髪の毛洗うと染まるの。これ以上はわからないから言えないわよ満足した?」
「ということは地毛は黒なのか。なんだ。そこがわかったら面白かったのに。」
「教えてあげたのに酷いわね。気が済んだなら布団返してよ」
「嗚呼忘れてた。ほら。」
「もうアタシお嫁に行けないわ……」
「婿に行けば良いだろ」
「そういうことじゃないの。」
ぐしゃぐしゃになった布団をどうにか頑張って同じように引き戻す。隠れるようにして布団に下半身を潜り込ませれば、動いた衝撃で微かに骨が痛んだ。
「あのゲキマズお薬飲んでもやっぱり骨は痛いのね…」
「嗚呼。君の怪我を教えてやろうか。どれくらい重症で死にかけていたかの参考になるだろう?」
「聞きたくはないけど気になるわね」
「肋2本が完全に折れていた。2本はヒビ。それと左上腕骨骨折。右手尺骨、手根骨の複雑骨折。腹部強打による皮膚表面の切り傷大3つ小7つ。腸骨のヒビ、左大腿骨の骨折、下半身全身に極度の肉離れ…とまあこんなところだ」
「全然知らない部品の名前が出てきたんだけど。てかアタシよく生きてたわねこの怪我。我ながら恐ろしいわ…え待って?そんなに重症なのにアタシ今喋れて痛みもそんなに感じてないの?あの土みたいな薬有能すぎない?」
「ありがとう。まあ大人しくしていれば全治2週間だろうね」
「2週間!?折れてるのに!?」
「嗚呼。勝手ながら君の魂に少し触れさせてもらってね。自主治癒の補助をさせてもらっているよ。弊害として今後君の傷の治りは少し早くなってしまうけど死ぬのを止めるにはこれしかなかったんだ。」
「これも魔法って奴?」
「まぁ…そうだな。」
「でも助かったわぁ、おかげで今こうしてピンピンしてるし」
魂に触れる、という行為をすることが人間には不可能である。ということをカオル子はまだ知らない。魔法というものと魔術というものがあるんだから魂に触れて治療するというファンタジーなことも起こるよなぁと妙に1人納得している。この男の家の1人でに動くワゴンや痛む刺青の首輪、虚無の空間から現れる洋服たちを目の当たりにしてしまえばこの国の常識の定義が徐々に狂っていくのは仕方がないだろう。そんなわけでカオル子の認識として家具やモノは魔法を唱えなくても動かせる。と定着してしまった。
石の壁にかかった古い時計がボーンと低い音で時を教える。その音が聞こえるまで掛け時計の存在には気が付かずに見つめればどうやら時計の基礎の形、数字などは見知った数字で記されてあった。基本の文字や話している言語はどうやらカオル子が生活していた世界とピタリと一致するようだ。考えれば考えるほど都合の良く不思議な世界だ。
その時計はちょうど12時を指していて今が昼時であることを伝えていた。
「おっと…もうそんな時間か。そろそろモノとジノが昼食を用意してくれるはずだが」
「え、アンタあんな可愛い双子ちゃんたちに料理させてるの?」
「まあな。彼らの作る食事はうまい」
「あんなちっちゃい子たち2人だけで何させてるの危なくない!?」
「そこは心配いらない」
「どういう自信なのそれは」
「ベル様…」
「…ベル様」
「お、ほらできたみたいだぞ。」
部屋の扉からまた同じように顔を覗かせる2人はそれぞれ手に湯気の立つ皿と丸いパンを乗せた皿を持っていた。ベルベットに手招きされると嬉しそうに、そして手に持った食事を落とさないようにそぉっとそぉっとベッドへと近づいた。
「カオル子ちゃんがね…食べやすいように…」
「今日…スープにした……」
「2人で作ったの!?すんごい良い匂い!」
モジモジしながらベッドの、カオル子の足の上に届けられたスープ。美味しそうな香りを立てるスープの海に、真四角に小さく切られた人参と美味しそうに蕩けて見える透明の玉葱、雲のようにゆるゆると広がる黄色の卵が泳いでいた。そしておしゃれなことに彩りと飾りのために細かく切ったパセリのようなものも中央に一塊に浮いていた。
あの飲み屋以降何も食べずに一週間いたカオル子の腹はその香りにくぅ…となんとも間抜けな音を立てる。スプーンを受け取ると器用に一口掬い、すでに涎の滲む口内へとその液体を注いだ。
「……!!!」
「お、美味しくなかった…?」
「カオルちゃん…食べれない…?」
「とぉっても美味しいわぁ!お野菜から美味しいエキスが出てて優しいお味ぃ!」
「美味しい?」
「…美味しい?」
「うん!今まで食べたスープの中でいっちばん美味しいわぁ!わざわざアタシのために作ってくれてありがとうね」
「…美味しいって…ジノ…」
「…美味しいってね…モノ…」
「双子ちゃんのスープ飲んだら怪我が治った気がするわ!このままいーっぱい食べて怪我治しちゃうからね!」
一口口に含んだスープは予想以上の美味しさで一度動かしたスプーンが止まることはなかった。垂れてくる横髪がスープに入ってしまわないように時折耳にかけながら熱々のスープを堪能する。小さく刻まれた人参は口の中で優しい甘さを残して崩れていくし、とろとろになった玉葱派口の中でスッと解ける。今立てる状態だったら間違いなくスタンディングオーベーションをしていたところだ。忘れかけていたパンの存在を思い出し、一口ちぎってスープに浸してみる。掛け布団の上に落とさないようにそーっとそーっと掬い上げて口に放り込むとこれもまたなんともうまい。スポンジのようになったパンを咀嚼すれば口の中に致死量の旨みがじゅわあっと広がった。スープとパンを交互に行き来しているとあっという間に皿に乗っていた食材は姿を消した。
「美味しかったぁ…ご馳走様ぁ」
「…お腹いっぱいなった?」
「…お腹満足した?」
「満足どころか大満足よ!アナタたちお料理のプロフェッショナルね!」
褒められた双子は嬉しそうに笑うとお皿を撤去してまたパタパタと部屋から出て行ってしまった。
「アンタが教えたの?お料理」
「ん?いや、料理の本が欲しいというから渡したら覚えた。」
「え、天才じゃない?」
「自慢の双子だよ……さて、僕は二度寝するとするよ。」
「え、お昼寝じゃなくて二度寝????」
「嗚呼、最近は君の様子を見る為に早起きすることが多くてかなわん。聞きたいことも聞けたし大丈夫なようだし僕は寝る。君も寝た方がいい。」
「アタシのために早起きしててくれたの?アンタ面倒見いいじゃない。何時に起こしちゃってた?」
「毎日10時起きだよ。早すぎて調子が出ない」
「……は???結構寝てない?」
「どこが。10時はまだ早朝だろう?」
「誇張しすぎじゃあないの?早朝どころかいい感じの朝よ。日中よ」
「うるさいな…僕が早朝だと言ったら早朝なんだ。早く寝てしまえ。そして早く怪我を治せ」
「心配してくれてるのに悪態をつかないの!わかったわおねんねしますよーだ。いてて……」
骨に染み渡る痛みに顔を顰めつつも起き上がった時とは違い1人で横になり布団に潜り込む。ヘッドデスクトカオル子に挟まれていたクッションを頭の下に置いて柔らかいベッドに横になった。
「ここのローテーブルにベルを置いておくから、何かあったら鳴らせ。」
「アンタ寝るんじゃないの?」
「勿論。鳴らせばモノかジノがくる。」
「アンタがくるわけじゃないのね。最低。」
「これが主の権力だからね。羨ましいだろう」
「羨ましいというかイライラするわ。」
「僻みか?」
偉そうに常に微笑を讃えるアナタに小さく舌打ちをすればわかったわかったと宥めて目を閉じた。
自身のそばでは暫くゴソゴソと動くような音が聞こえていたが二、三分もすれば彼の足音と共に部屋から一才の音は消えた。
開け放たれたドアからは屋敷内を巡回しているだろう昼下がりの心地よい風がそよそよと入り込んでなんとも良い気分。サラリとした布団の中でうつらうつらとする背徳感と解放感を噛み締めていた。
『地肌が柔らかいトランポリンの中で寝ているみたいね。アタシがぼったくられたお洋服と同じ生地なのかしら…。体に触れているのに何もないみたい。……ん?待って???布団が直に体に触れるってどういうこと??』
「ちょっと!!!!!!!アタシまだ全裸じゃない゛!!!!!!」
カオル子の高い悲鳴が部屋中をこだましていた。
カオル子の残金あと99万1200ペカ。
第5話 (終)
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