ウェスティア譚 11−2

「え、ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ。なんでアタシが」

「お前が助けたいと言って連れてきたんだろうが。なぜそこで僕に頼る」

「だってアタシ人の傷の手当てなんてしたことないわよ!アンタならアタシにやったみたいにちょちょーって治せるんじゃないの!?」

「僕は治癒魔術は使えない。お前にも治す魔術は使っていない」

「え、じゃあなんで治りがこんなに早いのよ!」

「お前の魂をちょっと弄ったからだと言っただろう」

「言ってないわよ絶対説明されてない。」

「した。」

「してない。…もうどっちでもいいけど魂いじってあげればいいじゃない」

「無理だ。というか嫌だ」

「なんでよ」

「こいつお前の靴を燃やしたんだよな術で。見たところこいつの剣についているこの宝石は魔法石だ。つまりこいつは魔法使いってことになる。ここまではいいな?」

「うん。ばっちり理解してる」

「いつだったかも話したと思うが魔法を使うものは天使に身も心も捧げる代わりに力を貸してもらっているという考え方だ。反対に魔術は悪魔と契約し何かと引き換えに魔術を使えるようにしてもらっている。バカでもわかると思うが天使と悪魔は互いにどんな存在だ」

「えーっと…仲が悪い!」

「阿呆のような回答だが正解だ。よって身も心も天使に忠誠を誓って魔法を手に入れたこの女の魂に僕は干渉できない」

「じゃあじゃあ、なんでアタシにはできたの?」

「だから、お前は天使に身も心もささげたのか?捧げてないだろう?」

「そうね。アタシの身も心もお酒と可愛いものに捧げてるわ」

「だからこそできたんだ。水と油のように天使と悪魔は混ざり得ない」

「じゃあどうすんのよ。」


完全にお手上げ。まさか怪我人の治療をするのにこんなに苦労するとは。ここには見た感じ絆創膏のような便利ツールも無いようだしそもそもこの傷が絆創膏で埋まるわけがないのだ。それに……


「百歩譲って包帯で傷を塞ぐってなったとするじゃない?」

「嗚呼、仮定するとどうした」

「この子の甲冑どうやって脱がすのよ。女の子よ?」


アトラスはカオル子やベルベットとは性別が違う。いくらカオル子が乙女だからと言って流石に踏み込んで良いものでは無いことを彼女自身がよくわかっていた。だがベルベットに頼んだところで先ほどの話ぶりからあまり魔法使いをよく思っていないのは確か。そんな男が喜んで彼女の甲冑を脱がすことをやるだろうか。

ベットに寝かせてから全く話が進展しない。そろそろ止血しないと体調は悪化の一歩を辿ってしまうだろう。目を向ければベットシーツにも鮮やかな赤い血の花が咲き始めていた。


「よし。」


先に口を開いたのはベルベットだった。形の良い白い肌の顎に手袋をはめた指を当てて何か考えるようなそぶりをしていたので名案でも出たのかと期待していたが彼の口から出たのはまあそうなるよなとしか言えない他人任せの言葉だった。


「モノとジノにやらせよう。」

「言うと思ったわ最低。でも今回は本当にアタシとベルちゃんじゃ無理だもんね。セクハラになっちゃう。」

「下手したら訴えられるな。」

「アンタのことだから訴えられる前に殺しちゃうんでしょ」

「よくわかったな。」

「分かりたくなかったわよ。しょうがない…お願いしてみるか…」


ベルベットが呼びつければ双子は用意周到に桶に温かいお湯と綺麗な白いタオル、それと包帯やベルベットが作ったであろう薬のようなものをそれぞれカゴに入れて現れた。


「用意周到すぎる何このこたち…追いかけられて怖かっただろうにキモチのコントロールが上手すぎるわ…」

「僕が育てた子だからな。もっと褒めろ」

「なんでアンタを褒めないといけないのよ。ここで褒めるのはモノちゃんジノちゃんでしょうが」

「違うよなモノ、ジノ。この教育をした僕こそが褒められるべきだよな」

「ベル様がちゃんと教えてくれた…」

「ベル様…怒らないで教えてくれたから…」

「ほらな。」

「何よ双子ちゃんに言われたら突っぱねられなくなる双子マジック…ってそんなことじゃなくてね」


カオル子は今までの会話を全て双子に伝えて甲冑を脱がせて傷の保護をすることを頭を下げて頼んだ。双子は最初からその気だったらしく、頭を下げるカオル子を不思議な表情で見つめていたが感謝されていることがわかるとゆる、と表情を微笑ませた。


「モノやってくるね…」

「ジノ、やってくる…」

「じゃあ頼んだぞ。僕たちはリビングにいるから何かあったら僕たちのところにきてくれ」

「わかった…」

「頑張るね…」

「じゃあよろしくねモノちゃんジノちゃん、本当にありがとう」


部屋に入っていく双子と引き換えにカオル子とベルベットは新たに誕生した客室から退散してリビングへと向かった。やっとアトラスを下ろせたカオル子はソファーのどっかり座ってやっと息を吐いた。ベルベットは1番頑張ったと言っても過言では無いのに表情一つかえず本を開いてカオル子の隣へ腰掛けた。


「ちょっと。アタシが座ってるのになんで隣に座るのよ」

「こんな馬鹿でかいソファーに並んで座っても君触れすらしないんだから良いだろう?それにここは僕の家でこれは僕のソファーだよ。」

「ぐぬぬ…そう言われたらもう何も言えないわね……」


そんな会話をしながら足首についた傷の痛みをどうにか冷まそうとフーフー息を吹きかけていると先ほど胸を張って部屋へ消えたばかりの双子が降りてきた。


「ベル様…」

「ん?どうした。もう終わったのか?」

「違う…あの…脱がせ方わからない…」

「甲冑、お洋服と違うから…」

「失念だったな…肩のところのストッパーみたいなところをぐっとやって引っ張れば上は取れる。下は革ベルトがあるからそこを緩めて外せ。」

「なんであんたそんな女の甲冑の脱がせ方知ってるの?慣れてる?」

「そんなわけないじゃないか。あんなもんぱっと見で作りはわかる。」


アドバイスをもらってもう一度部屋に戻ってきた双子だったがまた階段から降りてきた。


「ベル様…固くて無理だった…」

「ごめんなさい…ベル様……」

「はぁ…謝るな、しょうがない非力なのは子供だからしょうがない。おい、行け」

「は、はぁ!?さっきのお話覚えてます?アタシは無理に決まってるでしょうが」

「僕も無理だ。よってお前。」

「ふざけんじゃないわよって」

「わかったわかった。どっちも無理だってことはわかったから」


そう言うとベルベットは拳を突き出してくる。まさか殴り合いで決着をつけると言うのだろうか。やらなくてもわかるがこれはもうカオル子の惨敗なのではないだろうか。それに怪我人を治療するために怪我人を増やしてどうすると思っていれば拳を突き出した彼が口を開いた。


「ジャンケンで決めるぞ。」

「じゃ、ジャンケン、!?アンタジャンケン知ってるの、!?」

「そんなのどんな子供でもわかるだろう」


まさかこんな堅物男の口からジャンケンという子供向けの言葉が飛び出るとは…だがこれが今最も平和に決断を出せるもの。これは受けて立つしかない。


「負けた方が脱がせてくるのね?」

「違う。負けた方が脱がせて傷の手当てだ。」

「わかったわよ。じゃあいくわよ」

「じゃんけんほい」

「ポイ!!!」


ベルベットは握った拳をそのままに、カオル子はハサミを模したチョキを叩き出した。結果は一発勝負でついた。ドヤ顔でソファーにふんぞりかえるベルベットがかつてないほど憎たらしく見えた。


「僕の勝ちだな。」

「バーカ!!ベルちゃんのバーカ!!!」

「何がバカだ。ほら負け組はさっさと行ってこい。」


勝負だからしょうがない。まさか負けるとは思っていなかったカオル子はトボトボと階段を登って自身の部屋の隣へと入った。そこにはまだ目を瞑っているアトラスが横たわっていた。『どうかアタシが脱がせている間に目を覚ましませんように…!』と祈りながら先ほどベルベットが言っていた通り横腹近くの皮のベルトに手をかける。ベルトは普段から割と使い慣れているからそのままいつも通り引っ張ってみる。うんともすんとも言わない。固くてぎちっと音がするだけ。穴に通してある細いあの金属の棒すらひっぱっても弾いても動かなかった。何度もアトラスの体を傷つけない程度に強く引っ張っても剥がそうと思っても動かない。もう無理なので諦めてベルベットたちの待つリビングへと戻った。


「おお、早かったじゃないか。終わったのか?」

「無理。硬すぎ剥がせない。」

「また嫌だからってそんな冗談を」

「いやいやいや本当ほんと。見る?アタシの爪。剥がれかけてますわよ」

「結局僕が行かされることになるならじゃんけんの意味あったか?」

「いいじゃない勝負の結果にも甲冑後時にも負けるアタシが見られるんだから」

「ふん…そう考えるといい物なのかもしれんな」

「ちょろいわねアンタ…まあいいや!早く行ってきなさい!」

「命令するな。やる気が失せる。」


なんとかぶつぶついいつつも階段をのそのそ登って行くベルベットの背中を双子と共にソファーに座って見送った。すぐには降りてこないのを見れば割とうまく行っているらしい。やはりどんな行為でも慣れている人間がやるのが1番効率がいいと思う。そんなことを双子と話していると女特有の甲高い悲鳴と何か乾いたものを打ち付ける音が二階から響いてきた。


「何!?どうしたのベルちゃん!!」


その悲鳴、一見考えればどう考えもアトラスが発した悲鳴だが今まで魔術使いが魔法使いに追いかけられていたことを見ると反射的にベルベットの心配をしてしまう。急いで階段を駆け上がってベルベットが入っていった第二の客室に飛び込んでベルベットによれば右の頬を赤く腫らして仏面顔でそこに立っていた。

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