ウェスティア譚 11−1


「んで…これ連れてきてどうするんだ」

「これって言わないの。人間だから」

「こいつどうするんだ。」

「わからないけど…取り敢えず治療すれば良いんじゃないかしら。」

「お前が治療するのか?」

「………できませんよろしくお願いします」


崖から降りたあとからずっとアトラスを抱いているせいで腕はプルプル足はガクガク。そんなカオル子だったがどうにかこうにかベルベットの館(仮)までたどり着く事ができた。ベルベットはもう崖から降りて早々に双子を地面に下ろして好きにさせていて上の出来事が嘘のようにのんびりとぶらぶら散歩をしていた。光が直に顔に当たっていて眩しげに細められた瞳の睫毛に光が反射してきらりと光っている。

館の石畳が見えると双子は空の籠とずっしり重い財布を持ってかけていき、玄関に一番にたどり着くと扉を押し開いた。


「た、ただいまぁ……死ぬかと思ったわ……」

「死ぬかと思っていたのは君だけじゃあないか?」

「そんなこと無いわよモノちゃんジノちゃんもきっとそう思ってたわよね!?」

「カオル子ちゃんに担がれて…走るの楽しかった……」

「風がびゅーんで楽しかった、またやってほしい」

「全然怖がってないわね」

「全然怖がっていないな。」

「アタシはヘトヘトなのに……思ってたより重くて腕がおかしくなっちゃいそう、限界限界、」

「待て置くなステイだ」

「犬みたいな言い方しないでちょうだい!」


ソファーに下ろそうとしたカオル子を急いで阻止するベルベット。血液が溢れている人間をソファーに寝かせれば当たり前のようにそこは汚れてしまう。自分のテリトリーを何より大事にするベルベットにとって他人の、しかも此方を敵対している人間の血液をお気に入りで愛用するソファーに溢すことは嫌悪感しか沸いてこない屈辱的状態なのだろう。だからと言ってこのまま抱いていてもそのうちカオル子も限界を迎えるだろうし手当てなんてものも出来ない。どうしたら良いと言うのだろうか。


「あ、じゃあアタシのベッドに…」

「バカ。そこはお前のベッドじゃあない。僕が貸しているだけだ。」

「またバカって言うじゃない!じゃあこの子どうしろって言うのよ~!」

「そんなことも考えてなかったのかい?」

「アンタのことだからそんなこと考えてないってことぐらい知ってるのかと思ったのに。」

「ああ言えばこう言う…その口の回りを危機管理能力の頭の回りに移行して欲しいものだね……付いてこい」

「そんなこと切り替えられるならアタシだってしてますよーっだ!え、まだ歩くのぉ?!」


ベルベットは一言言うとカーペットの敷かれた階段を上がっていった。その階段はいつもカオル子が寝るときや考え事をする宛がわれた部屋へ向かう時の慣れた階段だが同じ階にベルベット達の寝室とまだ未開拓のさらに上へと続く階段があることしか知らない。他にもカオル子の隣の部屋に並ぶように扉が4つ程設置されているがどれも開けようと試したことは無かった。良く良く考えたら自身が行動していたこの部屋の数に対して館が広すぎると言うことに今になって気がついたのだ。


「この部屋を宛がう。貸すだけだからな。」


そういってベルベットが立ち止まったのは噂のカオル子の隣の部屋。自身の部屋と同じくドアは丸く切り抜かれていて石の扉である。この壁に面した部屋は全て客室なのかも知れないとこんな性格でこんな数の客室を所持している彼を驚いた顔で見つめた。

だが現実はどうやら違うらしい。開け放たれた未開拓の部屋からはドアを開けたときに発生する風に乗って埃がぶわりと舞った。それに覗き込んだが物置小屋と言う言葉がぴったり合うようでベッドも布団も何も無い。何に使うかわからない道具やマネキンの用な物、部屋と同じく埃のヴェールを被った大量の本、それと錆びた燭台。いくら嫌っているからと言ってこの仕打ちはあんまりなのでは無いだろうか。


「ちょっとベルちゃん、ベルちゃんが魔法使いとか勇義隊が嫌いなのはわかったけどこの仕打ちはあんまりじゃないの?埃だらけのこんな固い床に転がしとくの?」

「勘違いするな。何もこの状態で寝かせるとは誰も言っていない。それに僕は別に魔法使いは嫌いじゃない。」

「この状況を見せられたら誰だってそう思うでしょうが。じゃあどうやって此処を怪我人を寝かせられる位にするのよ」

「質問ばかりしていないで考えろ。どうすると思うのか。」

「えーっと…此処を時間をかけて片付ける、とか?」

「不正解だ。良く見てろ。後々君を助けるかも知れない」

「どゆこと?」


そう言うとベルベットは物置小屋の様ななそこに放置されていた本の一冊を手に取った。カオル子が借りた本よりも古くページが黄ばんで居るのが良くわかる。こんな本でどうするのか、何故自分を助けるのか理解できずに見つめているとバリバリと音を立ててページが開かれた。経年劣化で装丁とページがくっついてしまったのだろう。彼はそのページの何も文字の書いていないページに再び手袋を外して手を翳した。


「空きスペースを借りる代償として君をもっと満腹にしてやろう。」


そう言うとその本の空きページに手を翳したまま部屋へ一歩踏み出した瞬間だった。しん、と静まりかえっていたその部屋に置かれた物達が突然ガタガタと大きく揺れ始めた。勿論何の前触れもなくだ。カオル子は混乱するも脳内の凪地帯は『あー、木曜日の8時くらいからこういう心霊を取り上げる番組あったわよね』なんて思う余裕はあるようだ。ポルターガイスト現象を眺めていると不意に全ての家具が浮かび上がった。大量に積まれていた本も燭台も良くわからないドールハウスに備え付けてあるようなキッチンも全てだ。それらの重さを無いものとし無重力のなかを泳いでいる様だった。それが突然空中で静止したかと思えばいきなり引きずられる様にして本に吸い込まれて行ってしまう。抵抗するような姿勢を見せる物もあれば一気に吸い込まれてしまって何が起こったかわからない物もある。少し背筋に寒気が走った。

2分もすれば部屋の中の物は埃ごとあの本に吸い込まれて綺麗さっぱり何もなくなり、殺風景さから座敷牢の様にも見える。ぱたり、と片手で閉じられた本は先ほどよりも分厚くなっているように見えていた。


「え、怖い怖い。何が起こったのよ」

「この本と契約して掃除しただけだ。お陰でちゃんとこいつの腹も膨れただろう?」

「何で最初よりページ数が増えてるように見えるか聞きたいけどきっと聞いたところでわかんないんでしょうね」

「察しが良いねその通りさ」

「バカにしてるでしょぜったい!もうそんなことは良いから早くこの子を置ける状態にしてよぅっ!」

「女性は羽のように軽いからまだ大丈夫だろう?」

「じゃあベルちゃんが抱く?」

「遠慮しておくよ。」

「じゃあどうにかして」

「わかったわかった焦るな。今するから」


彼は軽くカオル子をいなすとこんこんと石の部屋壁をノックした。本を閉じてから手袋をしたらしく白い指先では叩いていないが普通に痛いだろうに。彼はそんなこと全く気にせずにまるで部屋に話しかけるように声を出した。


「この部屋をこのオネエに与えた部屋の様にして欲しいんだができるかい?」

「オネエじゃないってば。」

「そうか。じゃあ頼んだよ」

「誰とお話ししてるの?」

「ん?この部屋と」


ベルベットの会話の意味も此方に向けられた回答の意味も分からなかったが直ぐに目に見えた変換が訪れた。開け放たれた埃だらけの部屋の石扉が音を立ててひとりでに閉まる。そんな光景は見慣れてしまって当たり前に感じてしまうがが今度はそれだけでは済まず、なにやら雑音と言うか家具を移動させるようなガタガタとした音が聞こえ始めた。時折石扉の下の隙間から微かな風が吹く程に大忙しな引っ越しと言う言葉がぴったり合う。

一際大きな音が一瞬したかと思うと静まり帰り、おずおずといった様に扉が開いた。


「うん。上出来だな。」

「はぇ、ど、どういうことこれっ!」


なんと言うことでしょう。先程まで埃の積もった殺風景だった石の部屋がこんなに綺麗に、一時の身を休めるには十分過ぎる立派な部屋に生まれ変わりました。曇った窓ガラスも綺麗に拭き取られ、カオル子の部屋と同じように光が窓際のベッドに差し込んでいます。

カオル子の脳内にあの女性特有のナレーションが流れ出す。あの番組に胸を張って出演できる程のアフターぶりだった。思わず手に抱いたアトラスを取り落としそうになるほどに。


「ほら、せっかく用意してやったんだ。早く寝かせればいいんじゃないか?」

「素直にもういいよって言えないのアンタは…おくけどさぁ」


ベッドもカオル子の部屋にあるものと大差ない様に見える。どうにかして辛い体勢をキープしつつしっかりと寝具に彼女を沈めた。こうしてみると鎖骨の下の傷は鋭いが傷の割に血液はさほど流れていないように見える。突如虚無から現れたナイフは気が付いたら消えてしまっていてどれほどの大きさのものなのかわからない為正確な傷の深さはわからなかった。

問題はこれから。どうやって彼女を看病するのが正しいのかということ。自身を助けてくれた時のようにチャチャッとやってくれるのでは無いかとカオル子は背後に立つベルベットに視線を向けた。


「じゃあ、看病頑張りたまえ」


そう言って颯爽と立ち去ろうとベルベットはまさかの背中を向けていた。

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