ウェスティア譚 1−3
あまりに違和感なく入ってくる女からカオル子はすっかり目が離せなくなっていた。一目惚れとかそう言うのではない。純粋に『肌出過ぎじゃね???それ甲冑の意味あるの????女の子なのにお腹冷えちゃわない????』と言う心配の眼差しだった。ただ受け取り手の女がどう解釈したのかはその女のみぞ知る所だ。
鼻の下を伸ばしながらすっかり地図から目を離すダニアンの頭を思いっきり引っ叩きながらダニアンを自分の左隣の席に座らせると薫は自身の右隣の席の椅子を引き初対面の彼女の席を用意した。
「ありがとうございます。」
「いいのよレディーに優しくするのは万国共通なんだから。あ、もちろんアタシもレディーだから優しくしてね」
「貴方…いえ、なんでもありません」
座った彼女の目の前に冷えたビーリャが提供される頃には適当に頼んだおつまみなるものがカオル子の元にも届く。カリッと揚げられたじゃがいものような立方体からはいい香りのする湯気がモワモワと立ち上がり、程良く食欲を倍増させて行く。よくよく考えてみればまだ生きていた時も固形物はまともに食べていなかった。『いただきま〜す』と手を合わせるとまだ熱々のそれを口の中に放り込んだ。
咀嚼すればじゅわっと染み込んだ油と塩味とハーブのようないい香りが一緒くたに口の中で広がり、自然と手はまたビーリャに伸びる。一つ口に放り込んだじゃがいもに対して小樽半分ほどのビーリャを一気に飲み進めると本日二度目の鳴き声が出た。
「うんまぁ!!アンタ天才よオーナー!」
「それを作ったんは俺のカミさんだぁ」
「お嫁さ〜ん!とぉっても美味しくてカオル子ちゃんの胃袋鷲掴みにされちゃったぁん!」
『そりゃよかったよ〜!』とキッチンからオーナーに負けず劣らずの大声が聞こえればお似合いの夫婦だななんてにっこりと微笑んでしまう。
そのままじゃがいものホットスナックおつまみとビーリャをシャトルランしていると右隣に座った甲冑の女から声がかけられた。
「さっきの答えは出ましたか?」
「さっきの答え?アタシ何か質問されたっけ?」
「確かぁ魔法石と普通の宝石の違いだったきがする」
「確かに、ダニアンアンタ意外と記憶力いいのね」
「以外って失礼だなカオル子さんは」
「アタシがそう言う人間ってこと、もうわかってるでしょ」
「まだ出会って数時間だけだけんども」
「確かに〜!そうじゃない!アナタとのお話が進みすぎてもうずーっと一緒に飲んでんのかと思っちゃったわ〜ん!でもアタシをぶん投げたこと許さないわよ」
「えぇ、謝るんで許してほしいっす」
女の咳払いでダニアンとのイチャコラはピッタリとまった。蛇に睨まれた蛙、母親に叱られた小学四年生。彼に抱きついていた手を離してカウンターに肘をつき考えることにした。
「うぅ〜ん、見た目はおんなじなのよね?」
「なにがですか?」
「魔法石と宝石」
「プロの人でないと見極められないと思いますよ」
「へぇ、じゃあどちらもぱっと見同じってことなのねぇ…なら同じでもいいと思うんだけども」
「さて、時間の猶予締め切りますが違いは出せました?」
「ギブアップよ〜…ダニアンちゃんは?」
「俺もわかんねえな。強いて言うなら値段」
「ダニアンさんのはある意味正解ですね。魔法石は宝石のおおよそ二倍の値段がするんですよ」
「二倍!!????ぼったくりじゃない!!」
「純度の高い魔法石にもなると10倍を余裕で超えるものもあります。まあ私はまだ見たことがないんですけど」
「すごぉい…じゃあ魔法使いさんはとんでもないお金持ちさんなのね…」
「そうですね、皆さん貴族の子供だったり国王のご子息だったりですよ。」
「ぇえ…アタシは一生かかっても持てなそうね…。」
「はい。話は逸れましたが普通の宝石はただ髪飾りや結婚の時に指輪にしたりする物で自分の力を外に向けて解放する役割は担ってくれません。ただの石です。」
「言い方悪いわねアンタ」
「その点魔法石は外に向けて自分のうちに秘めた力を何倍もに倍増させて放出させる力を持った特殊なものなんです」
「へぇ〜見た目はおんなじでも力を持ってるのが魔法石で全くなにもないのが宝石、と。
絶対に使わないであろう知識でまーた一つ賢くなってしまったわアタシ」
この場所にきてから普段自分が生活していた世界では全く使わない、それだけではないむしろこんなことを知っていたら世界のお荷物になるそうな知識ばかり身につく。
懐かしい。あれはまだ自分が中学生だった頃突然目覚めた天翔ける竜の左目…。
「ええ?魔法使いさんなのに使わないんですか、?」
「あのねお嬢ちゃん、このむさ苦しいおっさん達が言っているのは八割がた嘘だから。アタシは魔法なんて使えないわよ。」
「そう…なんですね。」
甲冑の女の目の輝きが一段だけ落ちた気がする。それはほんの些細な変化で日頃から相手の顔を見て生活し、小さな変化に気がつかざる負えなくなった人間にしかわからないであろうな小さな変化。稀に水面に泳ぐ微生物のミジンコを肉眼でも見つけることができる人がいるように普段からその水面、ミジンコという生き物に関わっている人と同じようなものである。
カオル子はそちら側の人間だった。その人が欲しいものを皆持って酒を飲みにくる娯楽の空間で相手が見つけて欲しい変化に気がつく道のプロ。『何か今日私変えてきたんだけど気がつく?』と聞かれる前に『前髪5mm切ったでしょ、似合ってるわ』と答えるのが常識になっている。
ただ見つけた変化にも声を大にして見つけたことを宣言しない方があるものと同じく、今の目の前の彼女の変化には気が付かなかったふりをした方が良いと自分の経験が警笛を鳴らす。そっとビーリャに目線を戻して浮かぶ貴方一つ一つに写る自分の一瞬だけ全てを察し表情が消え去った顔を眺めるとそんな自分の表情ごとまたビーリャを胃袋へ流し込んだ。
さて、この後どうやって会話を再開しようかと悩んでいるとタイミング良く左隣のダニアンが口を開いた。
「ずぅっと思ってたけどカオル子さんはいつまで上裸で過ごすんだぁ?」
「それ私も気になってました。入店してそうそうそんなに酔っ払った様子でもない人がなんで上半身裸なんだろうって」
「あらごめんなさいね、れでぃーに無自覚とは言えこんな体見せちゃって」
「いえいえ、見慣れていますので。それに私の周りにいる男の人たちと違ってとても白くて綺麗な体をなさっていますので」
「あなたそんなに可愛いのにむっさい男が周りにいっぱいいるの!?可哀想に…」
「みんないい人達ですよ。普段から切磋琢磨し合っている仲間なので全く気にしたことないですし」
「セッ磋琢磨……きっと甲冑着るほどのお仕事だから女の子が少ないのね。」
「そうですねその通りで私のお仕事が兵隊さんだというととても驚かれます」
「アナタ兵隊さんだったの!?」
「オメェ兵隊さんだったんか!?」
驚いた表情のダニアンと言葉がシンクロした。恐ろしい。自分よりも遥かに背が低くて可憐でこんなに至る所の強調が激しくてアホほど肌が露出しているこの少女が兵隊だったとは。さまざまな苦労を見てきたわけではないがきっと辛い思いをしたこともあっただろうとまだ出会って一時間も経っていない女兵士に同情してしまう。
「何か仲間内で乱暴されることがあったらすぐ言いなさい!カオル子ちゃんが飛んでいって全員漏れなく成敗してあげるんだから!」
「……その前に貴方が成敗されてしまいますよ」
小声でボソリと何か女兵士が言っているのがダニアンと肩を組み『絶対守るぞ』と盛り上がっていたせいで雑音に紛れてしまい耳に意味としては入ってこなかった。
大事なことを聞き逃した気もするが大事だったらもう一度言われるだろう。
「なに?何か言った?」
「いいえ、とっても頼りにしています」
「任せなさい!股間をがって掴んでめってやってボキャってやってあげるわよ!」
「ヒェ、魔法使いさんやめてくだせえ。想像してヒュンってなっちまった」
「なぁに想像するほどやましいことでもしてたの?」
「勘弁してくだせえよぉ〜」
情けないダニアンの声が笑いに包まれた。自分の股間を押さえ一回り縮こまってしまった様は笑わない方が難しい。柔らかな雰囲気の中女兵士は懐を弄り白い巾着を取り出すと中から一円玉にも似た軽そうな硬貨を数枚取り出しチャリンと音を立ててカウンターの上に置いた。もちろんご馳走様でしたとキッチンに声をかけるのも忘れずに。
「お二人共ありがとうございました、おかげで有意義な時間を過ごすことができましたよ」
「あら、もう行っちゃうの?」
「はい、これからお仕事なので」
「お勤めご苦労さんです……」
「健全な民を守るのは兵士の務めですので!頑張って参ります。あ。そうだ」
席を立ち出口に向かって歩き始めた彼女は動きをピタリと止め振り返る。
「魔法使いさん、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「突然なぁに?でもアタシはいい女だから教えてあげる。
「カオル子さん、ですか。きっと二度と忘れないと思います。」
「あらやだプロポーズ?覚えてくれてありがとうね」
ペコリと会釈をし、彼女はドアベルを軽やかに鳴らしてお店の外へ出ていった。
「寒そうな子だったわね…あんなんじゃきっと甲冑の意味なんてないわよ」
「俺もそう思うなぁ。でもカオル子さんも服着てないじゃないですかぁ」
「あ〜らららそうだったわ。ダニアン、なんかいい服買えるとこない?」
「それでしたらこの店を出てチョロチョロっと歩いたとこにありまっせ!」
「チョロチョロってなによ。まぁいいわ、そこでアタシに似合うスーパービューテフォーなお洋服買っちゃいましょ!」
「なんの呪文ですか今のは」
「今のはいいお洋服が見つかりますようにって願掛けだから気にしないで」
店主に声をかけてお代を支払う。ダニアンの分と自分は飲んだ分と合わせて1300ペカ程だった。支払い方法がわからず札束を渡すと束の中から一枚だけ抜かれ、柄の違うお札が7枚と甲冑の女が支払ったような硬貨が3枚手渡された。まじまじ見てみると普段使っている日本のお金よりも軽く薄いのに、びっしりと絵や文字が書いてある。どこで大量生産しているのだろうか。また同じように尻ポケットに捩じ込むと途中まで道案内をすると言ってくれたダニアンと共に店を後にした。
去り際に店主が大声で『また来てくだせぇな!魔法使いの旦那〜!』と大声で叫び挨拶をもらった。結局最後まで彼には魔法使いではないことは伝わっていなかったらしい。だがもう訂正するのも面倒で『奥さんによろしくね〜!!!』とだけ負けない声量で返し、店と店主に背を向けて歩き出した。
「行きましたか……」
カオル子が店を出てからすぐ、店の裏に隠れていたある人物がそっと立ち上がる。
立ち上がった時に甲冑の音がバレてしまわぬように彼が店から少し遠ざかるまで待っていたようだ。
「魔術使いだとすぐに隊長に報告しなくては……。」
そう呟くと彼女はカオル子と逆の道へ駆け出した。
彼女の名前はアトラス・レデュルク。このウェスティアの治安を守るがべく国により設置された勇義隊、魔術駆逐隊隊長補佐である。
カオル子の残金あと 99万8700ペカ。
第一話 (終)
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