ウェスティア譚 13−2

「よくわからんやつだな君は。それじゃあまた後で」

「ちゃんと夕食までに降りて来なかったら迎えにきてよね!」

「忘れなかったらな」


そんな言葉を残して脱いだカオル子の服をもってベルベットは扉を閉めて消えていった。

静かな書庫に残されたのは下着しか身につけていないカオル子と天井まで聳え立つ本棚にぎっしり詰まった本と大きな蝋燭。もう推理もクソもないので全部捲って見つけてやる。

とりあえず壁全てを埋め尽くす本の1番下から見ていこうと出口に1番近い本棚の前に腰掛けて数冊まとめて引き抜いた。一冊目をめくってみたが空白なページはない。魔法石の絵があったらまだ取り出せるかもと思ったがこの本にはそんな絵すら見当たらなかった。1冊目からヒットするとは思っていなかったからそこまで落胆はせず本を閉じて棚に戻す。出しては捲り本棚に戻すの無限工程をただひたすら繰り返していく。動画投稿サイトで作業中として編集してあげればきっとそれなりに応援されただろうななんて脳内の小さい自分が嘆いているのがわかった。まあ生まれてこの方動画投稿サイトに動画を上げたことなんてないんだが。

何十冊読み流しただろうか。ふとインクの匂いが漂い始めた気がする。少し本から顔を上げると何かホコリのような黒いというか安いボールペンの黒に見せかけたそうではない青黒い塊が視界の端を走り抜けていった。違和感と自分以外の存在を感じて振り向くと動いていた影はピッタリ止まって物陰に隠れてしまう。ちょうど単純作業に飽きが来始めていたカオル子は本に視線を戻すふりをして大きく振り向いた。そうすると明らかに止まり遅れた影が1匹蝋燭の周りですっ転んでいた。楽しくなってもう1度本に視線を戻す。1冊を捲り終わりしまい、2冊目を捲り終わりしまい、3冊目を手に取る…と見せかけて振り返った。


「…増えてる。」


明らかに視界に止まった影の数が増えていた。先ほどはうろちょろ2、3匹が走り回っていただけなのに今見えているのは10匹を軽く超えている。よく見ればそれは埃のようというよりは糸屑に似ていて、赤ちゃんがボールペンを与えられて生み出されたグルグルのような形をしていた。そうして全てに共通して一つの大きな瞳がついている。ただみんな瞳は赤かったり紫だったりして違う。これに似た生物を金曜日の夜に映画を流す番組で飽きるほど見た。流石の数の多さに若干引き気味になり再び本に視線を戻すとまた背後でわちゃわちゃする気配がする。また何冊か本を流して手の届く1段目の本棚は全て見てしまったのでそのまま横にスライドするついでに後ろを振り返ればこちらに興味があるのか一定の感覚にみんなで一塊になってじっとこちらをみていた。なんだかひよこのようだ。害をなしてくる訳ではないから嫌なやつではないのかもしれないとスライドした場所で本を読み始めた。捲っては閉じるをまた永遠に繰り返すだけ。ただ徐々に変化が現れてきた。

今まではこの書庫にページを捲る音と蝋燭がじじっとなる音と時々カオル子がするあくびの音しか聞こえていなかったのに何かきいきい雛鳥が騒ぐような声が小さく混ざり始めた。ここまでこちらにアタックしてくるのなら遊んで欲しいのだろう。パタンと一旦本を閉じて休憩がてら遊んであげることにした。


「だーるまさんがこーろんだ!!」


大声で叫んで振り返れば先ほど見たより増えている奴らがこっちを見つめてピタッと止まる。それぞれについた目が皆一様にこちらを見つめていた。


「だるまさんがー…ころんだ!」


先ほどと振り向くタイミングをずらせばタイミングを読み損ねたやつがいたんだろう。『キャキャっ!!』みたいな鳴き声を上げて1匹動いていた。


「はいそこの黄色の目の子!動いたわよこっちに来なさい!」


そいつは自分が指摘されたと気づいたのだろう。負けたとしょんぼりしてこちらに来た。小学校の時にやったルールでは鬼に捕まった子は鬼と手を繋いで待っていた気がする。なので負けた子に小指を差し出して手を繋ごうと促してみた。そいつは少し迷った後足しかなかった体から細い一直線の手を伸ばしてカオル子の小指に巻きつけて手を繋いだ。


「いーいみんな。負けたらこうやってどんどん手を繋ぐのよ?誰かがアタシの背中をタッチしたらみんなの勝ち!わかった?」


わかったのだろう。キャイキャイ喜んで足しかなかった体から細い線一本の手を生やして返事をするように手を上げたのを見てまた背中を向ける。


「だるまさんが……こー…ろんだ!」


「だるまさんが…ころんだ!」


「だるまさんがころん…だ!」


「だるまさんがころ………んだ!!」


振り返るごとに脱落者が増えていきカオル子の小指につながるひよこのような落書き物体が増えていく。そうしてそろそろ終わるかもと振り返り声を上げた。


「だるまさんが…こ」


ぴとっとしゃがんだ腰あたりに何か当たった気がして後ろを振り返ると目をニコニコ笑わせた物体がカオル子の腰に触れていた。どうやら勝負はついたらしい。『負けちゃった〜、みんなの勝ち!』なんて言うとキャイキャイ勝った事を抱き合って喜んでみえる。集めて枕に突っ込んで寝たら良い眠りが訪れそうだなんていささか物騒なことを考えてしまう。


「そろそろ休憩も終わりねー!時計がないから時間がわからないけど15分くらいは経ったかしら?」


どっこいしょとまたあぐらをかいて地面に座るとカオル子の手にわちゃわちゃと群がってくる。そろそろまた再開しないといけないから遊べないと散らそうとするとどうやら手に何か文字を書いている時のような感覚が感じられる。ふと見れば歪だがしっかり読むことができる文字が書かれていた。


『なにしてるの?』

「わお、お話が筆談できちゃうのねぇ…アタシ今探し物してるのよ。」

『なにさがしてる?』

「なんか物が仕舞える?っていうかベルちゃんが物を仕舞ってる?本を探してるの。」

『みつかった?』

「見つからなぁい。これからも頑張って探してみるのよ。だから今はちょっとお遊びできないの」

『みつかったらあそべる?』

「そうねぇ、見つかったらもう一回くらいは遊んであげようかしらね」

『じゃあてつだってあげる』

「ほんとう?優しいわねありがとう!」


あまり期待してはいないけどそう言ってもらえると嬉しいし、敵として害を成してくると思っていた生き物が実はフレンドリーで意思疎通も可能だと知っただけで気が楽になる。べきべき鳴る首を伸ばして再び本棚に熱中する。どれくらい時間が経ったのだろうか。四方の本棚の三段目までは流し読み戦法でやっており今日のこの時間だけで流し読みした総数はおそらく1000を軽く超えている。時折背後に目を向ければ共に遊んだ糸屑の束たちが走り回ったり梯子を登って本を出してはしまいを繰り返している。どうやら本当に手伝ってくれているらしい。これなら見つかるかもしれないという期待が膨らんでいくとともに中央の蝋燭もどんどん短くなっていった。

もう一度最初に腰かけた入口近くの本棚の前に座り四段目の本に手を伸ばした時だった。大きな複数の歓声が聞こえた気がして振り返る。見れば邪念と呼ばれた物たちが一塊になっていた。どうしたのかと好奇心が湧いて体を完全にそちらに向けると1匹。おそらくだるまさんがころんだで最初にカオル子と手を繋いだ個体が手を招いているように見えた。


「なになにどうしたの?ってこれってもしかして…!?」


呼ばれるがまま近づいてみると彼らは一冊の装飾された本を囲んでいた。少し渋いワインレッドのような縁取りがしてある本だった。表紙は黒く何やら光る飾りのようなものがついていた。そして何より達筆な筆跡で『Belbett・Heart』と名前が金色に箔押しされていた。恐る恐る見守られながらページを開いてみると目次が1番最初のページに記載されていた。


第1章 術具、祭壇関係の品

第2章 薬関係

第3章 洋服、武器など

第4章 移動用寝具、料理関係の道具

第5章 貴重品


どの文字も手書きらしく表紙の氏名と全く同じ筆跡で書かれている。

目次に招かれるまま迷うことなく第5章を開いた。まるで図鑑のような光景が広がっている。この時代に写真なんてないはずなのに縁取られた免許証の顔写真程度の写真が載っており隣には説明文が手書きで書かれていた。

『杖。絶滅したガルディックの木で出来ておりこの世界にはこれと後もう1本しかない。使用紛失粉砕しないこと。』

『2万ペカ。緊急用。使ったら補充すること。』

『ブローチ。遺品。宝石自体にあまり価値はないが傷をつけないこと。』

全ての説明をベルベットが書いたのだろう。見開き1ページに8個ほどのものが綺麗に収容されている。本当に取り出せるか試したかったが関係ないものに触れて戻せなくなりそうだし、貴重品とかいてあるため無駄に触ったら怒られそうでやめた。このページに魔法石はない。捲ったくらいじゃページが破れないのはわかっていたが一応念のためゆっくりそぉっと次のページを開いた。


「あった……これ…」

『魔法石:ミカエル。各地に集めると願いを叶えるという伝説に記されている魔法石の1つ。ウェスティア、現住居を改築しているときに見つけたもの。』


次のページには前のページと違って1つだけしか物が入っていなかった。上記のような説明文の隣の写真のように入ったものを示す絵の所には深い緑色に輝く宝石が見えた。その宝石は静止画のはずなのに時折瞬きを見せて綺麗に光る。縦長で六角形でなにやら宝石内部に文字のような絵のような物が見えるが小さすぎてよくわからない。もっと近くで見たいと顔を近づけると宝石の絵が強く光った。


「わ!!!!びっくりしたまぶしっっ!」


驚いて顔を離してもその絵は光り続けている。まるで自身の存在をここに示すように、カオル子に手に取ってもらえるように。その光に導かれるまま恐る恐るその光の中に手を伸ばした。写真は小さかった。そのはずなのにカオル子の手首までがすっぽりとその光の中に飲み込まれる。どうなっているか眩しすぎて見えないが手を突っ込んだ先にひんやりと触れる硬い感触に気がついた。それをそっと握って引っ張り出すと絵が示していた光は徐々に薄れ消え、手の中にはカオル子の手と同じ大きさの魔法石が沈んでいた。


「これが…館で眠っていた…魔法石…」


ずっしりと思い感触に思わずそう言葉を溢せばそれを肯定するようにきらりと魔法石の表面を光が駆け抜けた。あまりの本の凄さと摩訶不思議さに忘れかけていた達成感と喜びが爆発して宝石を握りしめたまま高く飛び上がった。


「やっっっったぁああ!!やっと見つけた!見つけちゃったわぁっ!」


そんな嬉しそうなカオル子を見て邪念たちも真似をするようにぴょんぴょん跳ねる。彼らを邪険に扱っているベルベットは今頃カオル子が四苦八苦しながら1人で探していると思っているのだろうか。今すぐ見つけたと彼の眼前に突き出してやろうと立ち上がればその進行を邪魔するかのように邪念たちはカオル子の足に群がった。ただ害をなすわけではなくじっと大きな瞳で見つめるだけ。それにカオル子は約束を思いだし太い蝋燭が乗っている机に魔法石をそおっと置くと彼らに声をかけた。


「お陰で見つかったわ、ありがとう。約束通り遊んであげるわね!」


待ってましたと喜びの鳴き声をあげる彼らは一斉に出口の扉の前まで走って行き横一列に並んだ。どうやら今回のだるまさんが転んだはそこからスタートしたいようだ。先ほどは座ったカオル子から2mも離れていない距離のスタートだった為早く終わってしまったということを理解しているようだ。流石知識ある本からこぼれ落ちた念たちだ。


「それじゃあいくわよ〜!ルールはさっきとおんなじ!」


カオル子は彼らに背中を向けて唯一の光源である蝋燭に向き直ってゲームを始めた。






数十分が経っただろうか。

彼らの体はピンポン球程度。先程は割とスムーズにゲームを終わらせることができたが今回は長くなった距離のためなかなか決着がつかなかった。だが根気強くゲームを進めるうちにやっと勝者が決定し、長い長いエンドレスだるまさんがころんだに終止符が打たれた。今回の優勝者は茶色の目の邪念でこの長い距離で1番になったことを仲間たちに誇っているようだった。ゲームの終わった今、ようやくリビングに降りて魔法石を見つけたことを自慢しに行ける。カオル子は邪念と繋いでインクが付いた左手ではなく綺麗な右手で落とさないように魔法石を持ち上げた。

出口のドアノブに手をかければ別れ押しそうに鳴く悲しげな声が聞こえてくる。どんなに怖がっていたお化けのような存在でも仲良くなれば離れがたかった。連れて行きたいとも思ったがベルベットは床を汚す彼らを嫌うだろう。仕方ないがここでお別れだ。


「アタシね、最初ベルちゃんから邪念っていうのがいるって聞いてお化けで怖いんじゃないかって思ってたの。本の知識に嫉妬して出る痰みたいなもんって言ってたからきっとこっちに怖いことしてくるんじゃないかって。でもアンタたちちっこくて可愛くって思ってたのと全然違ったわね。なんかひよこみたいで可愛かったしだるまさんがころんだで遊んで…そしたら本を見つけるお手伝いもしてくれて…。読んでもらえなくて、忘れられたって思っちゃうわよね。でもアタシがずっと覚えてるからアンタ達の事。だからもう寂しがらなくても他の本を妬まなくてもいいわ。なんならアンタ達は私と遊べて読んでもらってる本じゃ絶対にできない経験をしたのよ?それを誇りに思って、もうここで暴れたりしないで自分の本に帰ってゆっくりしていいのよ。」


しゃがんでなるべく彼らの目を1つ1つ覗き込むようにしてそう声をかけた。このまま可哀想でただ読んでもらいたい純粋な心を持つ彼らをこのままにして行けなかったからだ。きっとベルベットがこれを見たらまたお節介だとか言われただろうが彼女の美学がそうさせたのだ。流石は知識ある本から出てきた彼らはカオル子の言葉を理解したのか頷き合ってトコトコ本棚に走って行った。バイバイと手を振るのも忘れずに。多分彼らはもう寂しがることも他の本を妬んで悪さをすることもないだろう。物分かりはいい子達なのだきっと。

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