ウェスティア譚 13−1

「なぜそんなことを聞く。」

「アタシわかっちゃったかもしれないのよ。魔法石の隠し場所」

「ほう、それで?」

「ベルちゃんってそんな顔して意外と優しいのよね。アタシに答えみたいなヒントくれるじゃない。」

「僕が優しい?」

「うん。」

「え。」

「え、自覚ないの?」

「遊び気分でヒントを与えただけなんだが」

「無自覚ってこと?じゃあ優しくないのかもしれないわ…」

「無自覚だと優しいに入らないのはおかしいだろう。僕は優しい男ということで。」

「優しい男なら書庫の場所と行き方教えてくれるわよね」


じっと見つめるが赤い瞳は動かない。彼の瞳の中にじっと顔を見つめる自分の姿が映り込んでいる。その瞳が一瞬瞼で見えなくなったと思えばベルベットは観念したように瞳を表してため息を吐いた。


「はぁ……ヒントを与えすぎた僕が悪かったな。」

「教えてくれるのね!やったー!!」

「絶対に散らかすなよ…出したものは出した場所に戻せ。」

「え、魔法石も見つけたら一回戻さないとだめ?」

「阿呆だな。それは許す。」


もう阿呆にすら突っ込むのをやめた。ここにきてもう何度言われただろうか。着いてこいと再び階段を登り始めたベルベットに眠った双子にブランケットをかけてからついて行った。


「そういえばアトラスちゃんに痛いこととかしてない?」

「していない。」

「結局あのこどうするの?」

「どうするのって君が連れてきたんだろうが。君が考えろ。とりあえず傷が治るまでは居させる」

「アンタやっぱり優しいわね。」

「優しくはない。もちろん契約もした。」

「どんなどんな?」

「こちらに危害を加えそうな行動した瞬間にポックリ」

「こっっっっわ!!!!前言撤回!優しくない!」

「僕は初めから優しくないと言っているが。」


2階に着いたがそこから上に伸びる階段は見渡す限りは見つからない。無駄にどこだと聞いてもまた阿呆と言われるだけなのはわかっているので大人しく彼に従い廊下を歩く。カオル子に与えられた部屋とは反対方向へ廊下を歩いていく。そこは行ったが同じような埃だらけの部屋とよくわからない植物を育てている部屋と楽器が置いてある部屋しかなかったのではないだろうか。ピアノに似たものを見つけて飛びついてみたが蓋が重すぎて開かずに断念した記憶が蘇る。そうしてカオル子が捻っても開かなかった扉にたどり着いた。


「ここ開かないんじゃないの?アタシが頑張っても開かなかったわよ?」

「君の開け方が悪いからだろうが。こうやってこうで開く。ここは立て付け悪いんだよ。」


そう言うとベルベットはこの館には珍しい捻るタイプのノブを掴んで思い切り捻った。ボキとかギギっみたいな扉から起こっては行けない音が聞こえてくる。普通に考えてノブからこんな音がしたらもうそれ以上捻るのは躊躇してしまうだろう。ちょっと立て付けが悪いの言葉では済まされないだろうに。そんな扉を押し開けるとその扉の奥に部屋はなく、さらに上へと続く階段が伸びていた。階段にはきれいにマットまで敷かれているのになぜこんなに隠されるように置かれて扉をつけているのだろう。


「嗚呼、邪念が降りてくるからな」

「邪念…」

「埃みたいなものさ。それなりに力のこもった本を置いていてね。その本に嫉妬して知識のある魔導書たちが吐く痰のようなものだ。」

「痰…」

「ただ埃みたいにいるだけなら掃除するだけで楽チンなんだが動いてそこらじゅうにインクを零したりするんだ。それを普段生活する場でやられると困るから扉をつけている。」

「それで黒いマットなのね」

「赤だとインク染みが目立つだろう?」

「そうね。懸命な判断よ。ところでその邪念って襲ってくる?アタシが本探してる間とか」

「知らん。まあ嫌われたらインクの一つや二つはつけられるだろう」

「え゛。折角もらったお洋服汚れちゃうじゃない。」

「書庫に入る前に脱げばいいだろう?」

「それもそうね」


それで納得するのかと彼女の前を登りながらベルベットは思う。全裸に寝かされていただけでキーキー騒いでいたこの男の恥ずかしがるポイントと恥ずかしがらないポイントの絶妙なラインはわからなかった。女心と秋の空ということわざがあるくらいだからそれくらい予想ができないものなんだろうか。


「お前は乙女だが女ではないがな」

「何?なんか言ったかしら。」

「独り言だから気にするな。ほら、着いたぞ。」

「また扉??」

「今度のは開けやすいから大丈夫だ。」


今度の扉もノブだった。おそらくこの書庫に続く扉がノブなのはこの高さ、かつ捻らないと開けられないため邪念というやつがここから外に出ていくのを防ぐためなんだろう。木製の扉が開かれれば図書館のようなフィクションは本だけにしといた方がいい店のような古本の香りが押し寄せた。ベルベットたちが足を踏み入れた途端火の元もないのに書庫の中央に建てられた太く大きな蝋燭にぢりっと火が灯った。


「すっごい量ね…ここから見つけるの?」

「そこまで辿り着いたらあとはやるだけだ。精々頑張りたまえ。」

「そうね…あとは見つけるだけ!」

「それじゃあ。」

「待って待って待って」


自身は役目を果たしたとばかりに引き返そうとするベルベットの肩を掴んで思わず止める。自分はここに一人ぼっちにされるのか。あの最後の関門のノブが開かなかったら自分は閉じ込められるようで正直ビビっていた。一人で探せないのかとバカにされること承知だった。


「アタシを一人にするの??」

「一人じゃない。僕がいなくなればじきに僕に怯えて出てこなかった邪念たちが出てくるだろう?」

「それってお化けみたいなもんじゃない!そんな中アタシを置いていくのねか弱い乙女なアタシを!」

「か弱い?すまない僕は難聴になったようだが」

「なってないわよ!ブツわよ!?扉が開かなくなったら帰れないじゃない!」

「今は多分2時過ぎだろう?夕食の時間までに降りて来なかったらモノとジノが助けに来てくれる。あとはどこが不満なんだ?」

「ぐぬ…」


もう覚悟を決めるしかないらしい。『頑張りなさいカオル子!見つけたら出られるんだし見つけたらアタシが元いたところに帰れるかもしれないのよ!頑張りなさい!!!乙女の意地を見せつけるのよ!!』なんて自分を鼓舞していきなりズボンを下ろした。勿論降ろしたズボンの下にはしっかり下着は身につけている。


「おいなぜ急に脱ぎ出す。気でも迷ったのか。」

「だってインクで汚れるかもって言ったじゃない。アタシが見つけるまで預かってて。」


そんなこと言って脱いだ服も畳まずにぽんぽんベルベットに放り投げて本の散策に向かった。

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