ウェスティア譚 12−2

それっきり二人の間に沈黙が流れる。世間話をするような状況ではないしお互い今日が初対面。カオル子が話を逸らすプロならばベルベットは会話を氷河期にするプロといったところか。


「君勇義隊から抜けてそのあとどうするんだ。」

「え?」

「何か行く当てがあって勇義隊から抜けたんだろう?アイツらは執念深いからな。自身らの尊厳を踏み躙った相手は地獄の果てまで追いかけてくるぞ。そんな奴らから匿って貰える行く当てがあるなんて驚きだね」

「あ…考えてなかったです」

「考えていないのに衝動で動いたのか。呆れる。」

「申し訳ないです、すぐにでももう出て行きます。私がここにいたら貴方たちも危ない。」

「何を言っているんだ。私たち全員終われ人さ。それに怪我人を満足するまで飼い慣らしてじゃあもういいですと追い出すような人間に見えるのかい?一旦保護した人間が散歩途中に死体で見つかったらたまったもんじゃあない。」

「それは…」

「君は安息のために命をかける覚悟はあるかい?」

「命?安息…?」

「嗚呼。君の怪我が回復するまで君に衣食住を与えよう。ただこちらもあのオネエのように考えなしの阿呆ではないのでね。君をここに一旦置いてもいいんだが代わりに君からも危険因子を取り除きたい。住まわせている間に心変わって内通されても困るからね。阿呆じゃないならわかるよな」

「はい。それはごもっともです。私は何をしたら。」

「君と僕とで契約を結ぼう。天使と契約したものと長時間約束を結ぶのも嫌だからい一時的なものだが。君はここに一旦住まわせてもらう。その代わり何か私たちに危険を及ぼしたり敵意を発散させる可能性が見えたら君の命はそこで尽きる。わかったか?」

「危険を及ぼす行為とは具体的に何でしょうか」

「そうだなぁ。寝込みを襲うだとか私と双子とあのオネエに危害を加えたりだとか」

「わかりました。置いてもらう身、一度はあそこで死ぬ運命だったこの身。貴方様の契約を喜んで受けましょう。」

「よし。そうこなくっちゃな。指を切れ。浅くでいい」


契約を結ぶことが決定した。ベルベットは懐から白銀の薄いナイフを取り出すとアトラスに手渡す。契約を結ぶには双方の血液が多少なりとも必要らしく指先を軽く傷つけて滲み出る血液を求めた。彼女は大人しく彼のいうことに従い女性らしい、ただ何度も剣を握ってできた豆のある細い指に強くナイフを押し当てた。ぷつりと薄い皮が切り裂かれると共にチリとした鋭い痛みが走ればぷっくりと丸い宝石のような血液が滲んだ。


「それを私の此処へ。」


契約をするために先刻までつけていた両手の黒いグローブを外して素肌を露出させる。やはり彼の白い肌と両手の甲の刺青は白と黒と大きく対比を見せ、白をより白く、黒をより黒く魅せているようだ。アトラスはそんな彼の手の刺青に息を呑み、指示されるがままに血の滲んだ人差し指を彼の左手の甲の上になすりつけた。それを見届ければベルベットは右の親指の腹を鋭い歯で噛み切れば溢れ出す自身の血液を彼女の血液の上から塗りたくった。


「血液とこの十字架の紋様により甲と乙の契約を証明するものとする。甲、アトラス・レデュルクはこの契約によって保護され乙、ベルベット・ハートはこの契約により甲の契約違反を確認次第その命を屠ることとする。この血液に誓えるか?アトラス・レデュルク。」

「はい。私アトラスはこの血液とベルベット卿の十字架、血液に誓って契約を死守することを誓います。」

「契約成立だ。」


その言葉と共に赤い光がベルベットの刺青の模様を包み目に刺さるような光が生み出された。その光はやがてひとつの塊になるとベルベットの小指とアトラスの小指に絡み付き、太いリング状の模様となってお互いの小指に刻まれた。


「すごい…これどうやって…」

「君たちが毛嫌いしていた魔術でだよ。今日の所の話はもう終わりだ。指の今の傷が痛むようならまた呼べ。手当をさせよう。怪我人は寝ていたまえ」


やることは全て終わったとグローブをはめ直して部屋から出ていく。自身に向いた背中に言葉は漏らさなかったがアトラスは深く頭を下げた。










ところ変わって部屋から追い出されたカオル子はリビングのソファーでお昼寝に入ってしまった双子の隣に深く腰掛けながら考え事をしていた。

勿論会話をずらすプロだと言われたことに関してだ。

生まれてこの方30と数年、自分のこの口の回り方に助けてもらったことはあったが裏目に出る日は無かった。大事な話し合いの場にそれが原因で招かれないとなれば一大事である。ベルベットがアトラスに酷いことをしていなければいいんだがと同席できないことを深く悔やんだ。アトラスにも同意を求めて追い出すなんてなんて人の心の抉り方を知っている人間なんだろうか。一泡吹かせてやりたい。そうだ。彼が降りてくる前に魔法石の場所を見つけてギャフンと言わせてやろうと決意した彼女は双子のふくふくな頬を撫でながら考え事に移った。


『ヒントを与えたって言ってたわよね…ヒントって何かしら。隠し場所のヒント?アタシあの汚い物置が早着替えすることと傷の手当てとビンタしかされてないわよね……。でもヒントって言われるのこれが初めてじゃあない気がする。何処でだったかしら。ほっぺふくふくですべすべね……。じゃなくてヒントヒントヒント………うぅん………』


なかなかピンと来るものが無い。寂しさ紛れに頬を撫でることばかりに集中してしまい頭の中がヒントを探すことよりも双子の頬をこのまま捕食する方に移動してしまっている。真面目に考えないとあっという間にアトラスをボコボコにしたベルベットが降りてきてしまう。急いで双子から手を離して自身の頬を強めに挟んだ。まあカオル子が予想しているベルベットの行動は純粋に思い込みなのだが。

今までの行動を遡ってみる。包帯を巻いている間は顔の布の話。ビンタされた時はビンタだけ。アトラスを抱いていた時は………。おそらくヒント中のヒントが隠されているのは部屋をぶち作った時だと推理できた。


『埃っぽい場所を探せば出てくるのかしら。でもあのベルちゃんが埃っぽいところにゴミ以外を置くなんて思えないわ。じゃあ魔法か魔術をどこかにかけたら出てくるのかしら。いやいやそれもアタシがどちらも使えないことをわかっているから違うかぁ。それじゃあ本のなかかしらね。なぁんてありえないけど…………待って?ありえなくはないんじゃないのかしら。』


下げていた頭をばっと上げて眉間を抑える。もう少しで求めている物が目の前に来る気がする。どうして本の中ではないと言い切れる?ベルベットが家具やらゴミやらを本に収納するのを見た。そのページは見てはいないが本がゴミを処分するということはあり得ない。だって本は知識や文字や心情を留めておく言ってしまえば貯金箱のような、金庫のような物だからだ。ということは恐らく……。


「この館の本の中ってこと?」


しかも文字が書いてあるものではなく新たに情報を覚えさせることができる白紙のページがある本。リビングに置いてあった本を片っ端から捲ってみたが白いページはない。自分の部屋に置きっぱなしになっていた本も何度も読んでわかっているが白紙はない。この本以外に本は無いのか?でも読み終わったら書庫から新しいものを持ってきてやると彼は言っていた。つまり本を保存している部屋がこの館にはある。

1階も2階も騒音で追い出されるほど舐め回すように見た。ただこの館にはさらに上に部屋がある。外に出た時の外見から3階があることは確実だった。恐らくまだ書庫の存在は目に焼き付けていないため書庫があるのは恐らく3階。

考えが、疑問と確信が、点と点がつながってちょっとおっきな点になったところで階段を歩く布ずれの音がした。ここ3週間で嫌というほど聞いたベルベットのスリッパの音。彼が尋問を終える前に魔法石の場所は特定できたから勝ちだろう。何と戦っているのかという話だが……。


「ベルちゃん、ここの館の3階には。ここの館の書庫には、どうやったら行けるの?」


確信を得たマリンブルー色の瞳がベルベットの姿をありありと捉えていた。




カオル子の残金あと98万4400ペカ



第12話 (終)

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