ウェスティア譚 12−1
「ちょっと!ベルちゃん怖いことしないでって言ったじゃない!相手は女の子で怪我もしてるのよ!?」
「じゃあ聞くがお前は家族や友人が女に殺されたら許すのか?か弱いし女だから仕方がないので許します。刑罰は望みませんと」
「なんでそうなるのよ、それとこれとは話が全く違うでしょ?」
「違くはない。僕はそうなるのが嫌だから最初に刑罰に値するかどうか尋問するんだ。」
「アンタがやるのは尋問じゃなくて拷問でしょ」
「あ、あのっ!わたしならいくらでも尋問でも拷問でも受けるので、これだけは言わせて貰ってもよろしいでしょうか!?」
両者睨み合いで一歩も引かないこの空気を破ったのは意外にも今回の議題であるアトラスと名乗った女だった。彼女はベルベットに睨まれても恐ろしがることはなく、いや実際は怖がっていたやもしれないが表情に出すことなく真摯に彼の瞳を見つめて頭を下げた。
「た、助けていただいて…ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした!」
ベルベットはしばらく何も言わずに彼女を見下ろしていたがカオル子に背中を小突かれて渋々といったように口を開いた…
「『助けていただいて申し訳ありませんでした』というのは言葉的におかしくないかい?『助けていただいてありがとうございました。そしてご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした』だろう?それに過去形ででしたと言っているがこれからも迷惑をかけるんだから『申し訳ありません』だろうに。勇義隊はそんなことも知らんのか」
「ちょっとベルちゃん!せっかくお礼と謝罪してくれてるのにここでも揚げ足を取る必要はないんじゃないのかしらぁっ?」
「別に今回この女から会話を要求されているのは僕だ。お前に関係ないからいいじゃないか。」
「アタシが連れていこうって言ったんです〜だ」
「でも部屋を提供したのは僕だ」
「運んだのはアタシですぅ」
「甲冑を外したのは僕」
「外したけど叩かれてたじゃない」
「君も打たれていたじゃないか。」
「あ、…その節は本当に申し訳ありませんでした…」
「あれは痛かった。不意打ちで来たからな」
「いいのよ〜目が覚めて自分裸で隣にこーんな怖い男がいたら驚いて引っ叩いちゃうのもわかるわよ」
「命の恩人にすべき態度ではありませんでした…アトラス切腹させて頂きます!」
「切腹!!?」
「やめてくれ君の血液で汚れたベッドと君の死体は誰が片付けるんだ。」
「そっち方面のツッコミなのねベルちゃんは。」
「別に切腹したいならすればいいと思っているからね」
「最低…」
カオル子の会話の合いの手というか返しというか。下手くそすぎて一向に本題に入れぬまま少しずつ進路を逸らされている気配がすることをベルベットとアトラスはわかっていた。だが厄災の本人はそんなことなどつゆ知らずアトラスとベルベットの会話に同席して口を挟む気満々なようで『足が痛いから座る』なんて椅子に座り始める始末だ。
「おいお前何座っているんだ。お前がいると会話が進まんから出ていけ」
「いやよ出ていかないわ。アンタ酷いことするんでしょ」
「しない。」
「する」
「しない。」
「いや絶対にするわ。」
「しない。それにお前は魔法石を探さなくていいのか?与えたヒントが頭から抜け出ない内に」
「ヒント?そんなのあったかしら」
「もう既に抜けているじゃないか阿呆」
「アホって何よ!」
「阿呆は君だ。そしてこの女もお前がいない方が話が進むと思っている。僕と同意見。絶対にだ」
「そ、そんな酷いこと言うわけないじゃないアトラスちゃんが!」
「現にもう3回ほど会話の道標をへし折られている」
「え、嘘」
「本当。」
「嘘よねアトラスちゃん、ベルちゃんの思いすぎよね」
「えっと…言いにくいんですが…だいぶお話が逸れるお方だなぁとは」
「なんてこったい…」
なんと。アトラスにもそう思われているとなると本当に話を逸らすプロらしい。
今までちょっと話がそれちゃうなくらいの認識だったがめちゃくちゃ話がそれているという認識に切り替えた方が良さそうだ。
このままカオル子がここにいて話を脱線させまくり自身も経験した圧迫面接の時間を長引かせるのも彼女がかわいそうなのでメソメソ泣きまねをこの部屋から退室することにした。勿論捨て台詞と忠告の意味も込めて『圧迫面接だめ絶対』と一言は残した。
カオル子が退出した部屋は一気に日が陰ったようになりお互い腹の中を探り合うような視線がかち合っている。先に口を開いたのはベルベットだった。
「あのお節介にそう言われてしまってはお前にいま直接手を下したり危害を加えることはないから肩の力を抜いてくれ。嗚呼危害は加えないというのは君が何もしなかったらの話で少しでもこちらが危険因子だと判断した場合は即刻手を下す。いいな?」
「はい。承知の上です。」
「ふん。いい心がけだ。さてと…もう一度聞くが君、名前は?」
「アトラス·レデュルクです。」
「ふむ。年齢は?」
「今年23になります」
「生まれは?」
「生まれも育ちもウェスティアです。あ、トリプトで生まれました」
こんな修羅場に慣れているのだろうか。凍てついた瞳で見下ろされた圧迫面接も彼女は動揺一つしない。カオル子の時とは大違いでベルベットが思わず鼻で笑ってしまえば自身の事を笑われたのか、失礼があったのかとアトラスは身を固くした。
「次から本題のようなものに入るが何故あのオネエと知り合いだ?」
「えっと…話せば長くなるんですが」
「簡潔に話せ。」
「う、えっと私がたまたま入った酒場でカオル子さんがお酒を飲んでいたのがきっかけです。魔法石の話をしていたのが聞こえて入店して彼の名前を知りました。」
「たまたま?君それ嘘は言っていないんだろうな。」
アトラスの瞳が激しく揺れ動いた。どうやら動揺しているらしくたまたま入った訳ではないと自白しているようなもの。こんなに表情に出て大丈夫なのだろうかと心配になる。
「嘘では、嘘ではないんです。元々私達勇義隊はカオル子さんがいらっしゃったマディルドに滞在していました。魔術取り締まりと見回りのために。そこで偶然住人から今さっきまで此処で寝ていた魔法使いが居たと情報をもらったんです。その住人にその魔法使いの特徴を尋ねましたがどうやら魔法を使っていたらしいんですが魔法石が見当たらないと。そこでカオル子さんが向かった方面に散策してみたんですがそれらしい人物は見つからず、喉も乾いて入った酒場で対象らしき人物を見つけたのが出会ったきっかけです。」
「その言葉に嘘偽りは無いか?」
「ええ。私と契約する天使に誓って。」
長い説明を一通り聞けばどうやら嘘は無いようだ。天使に誓って胸に手を当てる彼女に端正な顔は苦虫を噛み潰したように歪む。『天使と言う言葉、私は嫌いなんだ』と吐き捨てながら。それでも今度はアトラスがベルベットから目を離すことは無かった。
「まぁあいつと知り合いな理由とあの村に居た理由は大方聞けたから良しとしよう。あまり圧迫するとあいつが怒るんだ。君、魔法を使えるようだが本当かい?」
「何故知っているんですか?私と貴方は初対面のはずなのに…」
「あいつから聞いた。変な呪文と共に靴が燃えたってね」
「あ…」
「それだけだったら魔術師かとも思ったが君が腰につけていたあの剣の持ち手にやや小ぶり気味の魔法石がついていてね。それで君を魔法使い認定したわけだがこれにたいして異論は?」
「ありません。私は弱いですが魔法が使えますし確かに剣につけているあのオレンジの石は魔法石です。」
「君の給料でか?」
「はい。ですがあまり魔法を使うことが無かったので買い足したことは一度しかありません。」
「ふぅん。何故恵まれて手に入れた魔法があるのに剣を取る?これはさほど重要な質問では無いんだが」
「それは…私の魔法がお世辞にも強いとは言えないからです。小さな魔法を放つにもだいぶ集中して気を貯めないと出せませんし、威力が弱いんです。頑張ったのにこんな物しか身に付かなくて情けないです。」
「それは違うな。どんな術や魔法を身につける為には天使や悪魔に認められるための尋常じゃない努力をする必要がある。天使と交渉できる土台に立っただけ君はあのふんぞり返った勇義隊の隊長よりも遥かに誇れると思うけどな」
「っ!……」
ベルベットの淡々としたもの言いにアトラスは肩を震わせて顔を伏せてしまう。何か今泣かせたり震えさせ恐怖を与えることを言っただろうかと腰に手を当てたまま彼は首をかしげた。
「カオル子さんもそうでしたがお二人は優しいんですね。私の事を擁護して認めてくださる方なんて魔法を身に付けてから貴方達しか居ませんでしたよ…」
「何故?君の両親は。死んでいるのか?」
配慮も何もない。普通肉親が死んだとは聞かない。いや聞くとしてももっとオブラートに包むはずだ。だが気になったことはズバズバ聞いてしまうベルベットにそんな常識は存在しなかった。そんな無礼な質問にアトラスは気まずそうな顔を上げて答えた。
「両親には勇義隊に入ると言った時に絶縁されました。両親はもっと私が身に付けた魔法を活用して良い仕事や役職について欲しかったそうで、野蛮にも武器を振るい肉弾戦を主とする勇義隊に入ることは断固反対でした。まぁ今頭を冷やして考えれば娘が傷付いたりする仕事について欲しく無かったんでしょうね。女らしく身分の高い男と結婚して幸せな家庭を築くか、国の中枢を担う役職について身分の高い男と結婚して…」
「結婚して相手に養って貰うような言い分だなそれは。役職や職業についても結局たどり着く先は結婚じゃないか?」
「両親は私が金持ちと結婚すれば自分達も恩恵に預かって豪華な暮らしができると思っていましたからね。勇義隊入隊が決まった報告をしに行ったら『おまえみたいな貧弱な魔法じゃ魔法使いとは呼ばない』って手のひら返してきたんですけどね。」
「随分自己中な奴らだな。まぁそんなやつから離れたのは懸命だったじゃないか。」
「確かにそうですね。でも勇義隊に入ってからもあの扱いを見ればわかるように私はあまり良い扱いを受けなかった。女と言う事が大きいみたいで。皮肉にも縁を切られて一年以内に両親の言った通りだったと思ってしまいましたね。」
自身を嘲笑するかのようにほの暗く鼻で笑うもベルベットは否定も肯定もしない。ただじっと見つめて話を聞くだけ。
「その扱いが積もり積もって勇義隊に背いたと。」
「はい。それだけではないですがそれも大きいと思います。」
「他にどんな理由が?」
「そうですね…傲慢な態度と残虐な行動に私が目指した天下の誇るべき勇義隊の像が打ち砕かれたからですかね。両親に縁を切られてまで入ったのにいざ蓋を開けてみれば表向きとは全く違う顔。こんなことしているから各国トップの魔術撲滅の記録を持っているんですよ。」
「その言い方だと冤罪ばかりなようだが」
「はい。疑わしいだけで対した調査もせず決めつけで処罰するんです。隊長が魔術師だと決定したらどうやってもそれが裏返ることはありません。最初は私も疑わしい事が罪。罪の芽が成長する前に刈り取ることは治安を守ることだと自分を納得させていましたがもう限界でした。罪の無い人たちが酷い方法で殺されていく。そのうち無実を訴えて泣き叫ぶ人達の声や顔が蓄積して頭から離れてくれなくなっていったんです。」
「それで?」
「それでこんなことしか出来ないし必要もされていないならこんな隊抜けてやると殺される覚悟をもって勇義隊に背きました。」
「それで君がカオル子を庇った理由か?アイツを庇ったのは自分の罪悪感を少しでも薄めるためか?」
「違います!…でも今の話だとそう思われても仕方ありませんね。会話を交わしたのはもう随分前の一度きりだというのにそれでも彼の言葉と笑顔が頭から離れなかった。」
「一目惚れか?惚気はよそでやってくれ」
「恋愛感情は皆無ですよ。ただ何も知らないのに私に笑ってくれたことが嬉しかった。嘘でも何かあったら助けてくれると言ってくれたのが嬉しかった。でもそんな彼を私は隊長に売ったんです。彼が死んだと聞いた時は自分のせいでと本当に悔やみましたよ。私は自分を気にかけてくれた人さえ自分可愛さに殺してしまったと。でも奇跡的に彼は再び私の前に現れた。彼を助けたのは感謝を伝えたかったのと謝罪をしたかったからです。庇っただけで言葉を交わせるかは分かりませんでしたが少なくともまた目の前で見殺しにすることはないですから」
「ふぅん。そうか。」
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