ウェスティア譚 13−3

「じゃあね!また遊びに来てあげるから!」


カオル子が出て行った書庫の蝋燭がふっと揺れ消えた。

書庫から出てベルベットと来た階段を降りるもすっかりあたりは暗くなっていて灯りなしでは足元は見えない。登り慣れた階段でも無いため足を滑らせてうっかり落ちていかないように注意しながら慎重に階段を降り進んだ。まだ先があると思って出したつま先が鈍い音を立ててドアにぶつかった。しかも昼前に兵士の矢で傷ついた方の足。めちゃくちゃ痛い。思わず声が漏れるほどだった。だがどうやらもう扉についたらしい。立て付けの悪いドアノブをひねるとやはり嫌な音とつっかえる感触。ただこれをさらに捻らなければ開かない。壊れるものじゃないと覚悟を決めてさらに回せば不愉快に擦れる音を立ててドアノブが完全に回ったようで扉を押し開けた。

閉じ込められずに帰ってこれたことを安堵するも廊下は真っ暗。なんのための壁備え付けの蝋燭なんだ。自分がいるんだからつけといてくれてもいいのにと悪態をつきながらほんのり溢れる灯りを頼りに前へ進んでいく。どうやら明かりが漏れているのはアトラスがいる客室かららしい。今すぐ飛び込んで魔法石を見せてやりたかったが自分の今の格好は下着一枚のみ。間違いなくまたビンタを食らうであろう未来が見えたためそのまま部屋の前を静かに通り過ぎて1階へ続く階段へ。階段につけば若干の明かりが灯っており急いで駆け降りてリビングに飛び込んだ。


「ベルちゃん見つけたわよ!!!!!!!!」


飛び込んだリビングは蝋燭の灯りと天井からぶら下がるランプ達のお陰で随分と明るい。なんなら暗いところからいきなりくれば眩しくて目が痛くなるほどだった。リビングには双子が準備している夕ご飯のいい匂いが立ち込めていた。そんなリビングのあのソファーに寝そべるようにして本を読んでいたベルベットは勢いよく起き上がってこちらを見た。『そんな馬鹿な』という目を向けながら。ベッド代わりのソファーから飛び降りると彼は彼女が握っていた魔法石を受け取って驚愕していた。


「早すぎる。どうやって見つけた。」

「1冊ずつ本をめくっていってぇ、」

「あの量の本を全て捲るには1日あってもたりないんだぞ」

「まだ話してる途中なんだから最後まで聞きなさいよ。あと邪念ちゃん達全然怖くなかったわよ」

「ちょっかいは出されなかったのか?」

「出されたのかしら?遊んで欲しそうにしてたから遊んであげたら一緒に本探してくれて見つかったの。」

「手名付けたな。」

「人聞の悪いこと言わないで。遊んでくれたお礼に本の場所を教えて貰ったのよ」

「あり得ない…あいつらと意思疎通を図るなんて」

「あり得るわよ。あの子達本から出てきたんでしょ?それで文字が書けるみたいでほら!」


そう言って言って左の手の甲を見せてやった。確かにそこにはひらがなだが彼らと同じ色の文字で交わした言葉がかいてあった。今までインクをそこかしこに撒き散らかされたことはあるが意思疎通が図れるなんて全く知らなかったベルベットはまじまじとその文字を見つめていた。


「コミュニケーション能力の化け物だな…」

「え゛へへ!一応そういう仕事してたからね」

「笑い方が汚い」

「ひどぉいっ!!」


褒められたのに貶されるという矛盾を受けたカオル子はギャンと吠えるも魔法石を受け取ったベルベットはそれを持ち光に透かして眺めながらソファーへと仰向けに横になった。


「まさか…本当に見つけ出すとは…予想外だったな…」


そう言ってローテーブルに魔法石を置くベルベットにずっと思っていたことをカオル子は言ってみることにした。


「ねえベルちゃん?ベルちゃん本当はアタシに見つけて欲しかったんでしょ。この魔法石」

「は?」

「だって面倒臭いっていう割にアタシに地図くれたじゃない?普通絶対この館から出たく無かったのならアタシにそういうの見せてくれたり推理があっているかいないかって教えたりしないじゃない?そもそもベルちゃんの術でアタシが絶対見つけられないところに隠すことも出来たはずだしそんなの本の中の伝説だって突っぱねることもできた。」


珍しくベルベットが言葉に詰まっている。彼が目だけ歪める表情をここにきて初めてしっかりと見た気がする。


「なのにベルちゃんは馬鹿正直に全部ちゃんと向き合って答えて、ヒントくれて。ベルちゃんもちょっとは伝説が本当か興味があったんでしょ?興味があることはなんでも知りたいって言ってたからその気になったら知りたくて知りたくてたまらなくなって。アタシが運良くその情報を見つけたからそんな気分になって。だからここを出ていろんなところを興味のままに見たかった。でも自分で伝説確かめたいから行きましょうってアタシに正直に言えなかったのよね多分。だからその伝説を確かめに行く決定打をアタシに作らせた。違うかしら?」

「どう想像しようと君の勝手だ。」

「アタシ結構人様の心情は推理上手い方だと思うんだけど?」

「知らん。」

「図星だった?」

「憎たらしいなその口。嫌いになりそうだ。だが約束は守る。同行しようじゃないか。」

「素直じゃないのね。連れてってくらい言えば?」

「僕が君にお願いだって?君に頼まれるならばまだしもなぜこちらから言わなければいけない?」

「じゃあついてこないの?」

「言わなかったらどうする?」

「置いていくわ。」

「置いていかれてもいいんだが君はそれで大丈夫なのか?右も左も土地も文化もわからないくせに」

「ぐぬ…それを引き合いに出すのはずるいんじゃないかしら!」

「君も確証の無い推理で手綱を取ろうとしたのはよろしくないんじゃないか?」

「推理じゃ無いもん事実だもん!!!!」

「事実無根。」

「事実です〜。」

「しつこい。鬱陶しい。」

「照れてる?」

「は?」

「自分の考え読まれちゃって。それとも困惑?一瞬泣きそうな顔してたけど。」

「していない。本当に腹が立つな貴様は。」


思い切り顔面にチョップを食らった。とてつもなく痛い。言い返そうとしたが彼は自身に背を向けて廊下へと向かっていた。


「ちょっとどこ行くのよ!」

「風呂。まだ食事は準備できていないからな。」

「人の顔にチョップ入れたくせに!!!」

「モノ、ジノ。あとでローブを持ってきて置いてくれるか。」

「はぁい」

「いってらっしゃい」


カオル子の言葉も存在もガン無視して風呂に消えていったベルベットを追いかけてまで問い詰める気力は無かった。本をあれだけ、陽がとっぷり落ちるまで見ていたら流石にいつも元気なカオル子も体力の限界を感じるものだ。一人になったソファーに体を沈めて夕食ができるまでうたた寝をすることに決めて目を柔らかく閉じた。


「カオル子ちゃん…」

「カオルちゃん…」

「は〜あ〜い〜?ごめんねぇちょっと疲れちゃったから寝ててもいい?」

「いいけど…」

「いいけど…」

「いいけど?」

「カオル子ちゃん寒くないの?」

「カオルちゃんお洋服は?」

「あ゛!?忘れてた!!ベルちゃんに預けっぱなし!!」

「モノ場所わからない…」

「ジノもわからない…」

「ベルちゃんがお風呂から上がってくるまでこのまんまで待たないといけないのぉっ!!!!!」


カオル子の悲鳴を風呂に浸かるベルベットは知る由も無かった。












意外だ。自分の心情をばっちり言い当てられてしまうなんて。誤魔化しも図星も言い当てるとは。そして自分の表情を歪ませるだなんて。泣きそうな顔をしていただと?この僕が。涙なんてもう何年も流していない。


「つくづく調子を崩しにくる…というか人の懐に入り込むのが上手い男だな…」


ベルベットの独り言は泡と共に暖かいお湯で流されて行った。






カオル子の残金あと98万4400ペカ。



第13話 (終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る