ウェスティア譚 7-2

「すごぉい…もっとアレかと思ってたけど意外と綺麗なのねぇ。感心しちゃう」

「タオル…ふかふかだよ」

「せっけん…いい匂いだよ」


双子は服を脱ぐようカオル子に促してタンスを引き開ける。その中には綺麗に畳まれた白いバスタオルと、入浴中に使うであろう小さめのタオルが入っていて、そこから大きい物一枚と小さいもの3枚を取り出した。大きい物と小さい物はカオル子の物だとタンスの上に畳んで置き、その隣に自分たちの小さなお洋服を畳んで置くと小さなタオルもその上にちんまりと乗せた。


「カオル子ちゃん、隠したかったら隠してもいいよ…」

「カオルちゃん乙女だから…タオルあげる……」

「あらぁ〜!アナタたちベルちゃんよりもレディーの扱い方がわかっているじゃないの!紳士さんねぇ!じゃあお言葉に甘えて頂こうかしら。モノちゃんもジノちゃんも好き好んで見たいモノでもないだろぉしっ」


渡された小さめのタオルをくるっと腰に巻けば準備万端。小さいお洋服を器用に脱いだ双子は再びタンスの別の段を引きあけると何やら大きめのガラスの小物入れを取り出した。その小物入れの蓋を開ければ中には薄いピンクの色が付いた粉がもっさりと積まれていた。それをいつも通りと言ったように付属のスプーンで掬っては小皿に移し、掬っては小皿に移す彼らの背中からひょっこり覗いてカオル子は声をかけた。


「それなぁに?合法?」

「これ…あわあわになるやつ…」

「これ…体とか洗うの…」

「石鹸ってことか!ああそっか、ここには液体シャンプーとかリンスとかはきっとないのよね…」

「しゃんぷー?」

「りんす…?」

「頭を洗う為の石鹸みたいなものよ。みたいな物って言うか石鹸ね。アタシの世界ではその粉じゃなくてシャンプーとリンスを使うの」

「体もシャンプーで洗うの…?」

「体もリンス…?」

「ううん、体を洗うのはボディーソープっていうのよ」

「へぇ…カオル子ちゃん物知り…」

「カオルちゃんのお話面白い…」

「えへへ!またお暇になったらいっぱい話してあげるわよ!」


レッツゴー!と双子に先導されて浴室に入ると思わず口を開けて固まってしまう。こんな1人風呂が貴族でもない人間の家にあってもいいのだろうか。浴室の床は大理石に似ているような灰色の石でできており足の裏に心地よい。鏡が設置された壁の前には木で出来た椅子があり、その左隣にはこんこんと温かいお湯が沸き出す大きめの桶程度の浴槽が。その右隣にはカオル子が足を伸ばしてもまだまだ余裕がありそうなほど広い白い陶器のような材質で出来た浴槽があった。もちろんそれも小さな浴槽と同じようにこんこんとお湯が沸いて出ている。

そして浴槽の面した壁には外が望めるはめ扉があって外の柔らかな陽の光が燦々と入り込み、館を囲むようにして生い茂る木々の緑の艶めきがありありと見えた。


「何これすっごい……ホテルみたい……」

「カオル子ちゃん…お湯かけるね」

「カオルちゃん…熱かったら言ってね?」


双子はカオル子を木製の風呂椅子に座らせると左に設置してある小さな浴槽から桶でお湯を汲み、彼女の頭から静かにかけた。なるほど。そこにある小さなものはかけ湯や石鹸を流す為の物なのかと納得する。じんわりとして丁度良い温かさがつむじからつま先まで抜けていく。久しぶりのお湯は心地よい。


「熱くないわよ〜いい塩梅〜」

「よかた…頭洗ってあげる」

「よかった…ゴシゴシするね」

「やってくれるの?ありがとう〜楽しみだわぁ」


くるりと背後からお湯をかけてくれた双子の方を向いて膝におでこがつくように前屈みになった。背の小さな子供が手元で作業するのに丁度いい高さだ。双子は小皿に盛られた粉を適量手に取るとカオル子の細い髪の束に指を突っ込んだ。

そのまま手をしゃこしゃこ動かされると徐々に水分と混ざりあって泡が立っていく。それと同時に薔薇の用な甘く淡い香りが広がって行った。


「髪の毛ながいね…」

「髪の毛さらさら………」

「痒いとこないですか?…」

「かゆいところないですか?」

「大丈夫よぉ~、とっても上手ね!」


大体洗い終わったのだろう。お湯を掬い取れば、塗らしたときと同じようにゆっくりとお湯を掛けて行く。

自身の足の下をお湯に乗った泡が蕩けて流れていくのが見えた。何度も掬い掛け、掬い掛けるのを繰り返せば泡が流れきったのだろう。もう顔を上げて良さそうなので顔を上げればべた、と顔に髪の毛が貼り付いた。


「カオル子ちゃん…髪の毛…」

「カオルちゃんお顔……」

「髪の毛お化けだぞぉ~っ」


そのままお化けのように双子を擽れば可愛らしい笑い声が頭上から漏れ出た。

一通り戯れ終わると髪の毛を掻き上げて髪の毛を軽く絞ればお湯が髪の毛から滴り落ちた。


「カオル子ちゃん、体洗っていいよ」

「カオルちゃん、あわあわしていいよ」

「この粉を擦ればいいの?」

「うん、体塗らしてからね…」

「おゆ、ばしゃーするんだよ」

「任せなさいっ!」


双子がしていたように桶でお湯を汲むともう塗れているかもしれないが念のためもう一度体にかけ流した。そのあと恐る恐る粉を手に取り手のひらで軽く混ぜ合わせると粉が溶け消えてトロリとした液体に姿を変える。それを体にそっと擦り付けると体からもほんわりと甘い薔薇の香りが漂い始めた。そのまま首から肩、胸、脇、腕、腹……と徐々に洗っていく。タオルをほどく瞬間、此方を小さい笑顔で眺めていた双子は目をふさいだ。見ても良くなったら教えてねと言う言葉と共に。


「あははっ!別に女の子じゃないんだから見ててもいいのにぃ」

「でもカオル子ちゃん乙女だから…」

「カオルちゃん見られたらやかなって…」

「良いわよ、嫌じゃないわ」

「ほんと?」

「うん。ほんとよ」

「お目目開けても怒らない?」

「怒らない怒らない」


その言葉でそろりと手を外せばじぃ~っと熱烈な視線が送られてくる。見ても良いと言ったが此処までじっくり見られるとは。許可した本人なのに予想より遥かに見られていて恥ずかしくなって敬語になってしまう。


「あのぉ……もういいでしょうかぁ…」

「もういいよぉ」

「いいよぉ」

「ありがとございます。」


ささっと長年の友人を洗ってしまえばさっと足を閉じて太ももや残りの足等をなで洗った。確かに動かなかったからだろうか、少し細くなったか。いや、骨張った気がする。自慢の美脚もすっかり疲れてしまったようだ。足の裏まで綺麗に洗えばまた桶からお湯を汲み上げて体の泡を流しす。何度も何度もぬるみが取れるまでしっかり洗い流せば完了。

そうしてカオル子が全身を洗い終われば浴槽に二人でプカプカ浮かぶ双子に声をかけた。


「さぁ!どっちから洗ってあげましょうか」

「カオル子ちゃん、洗ってくれるの?」

「カオルちゃん、あわあわしてくれるの?」

「勿論!洗って貰ったお礼よ!恥ずかしかったら遠慮してくれて良いわよ!」


暫く双子は顔を見合わせて居たがモノが慎重に浴槽から上がり、カオル子の前に立った。


「モノから…洗ってください…」

「任せなさいっ!はい、目閉じてねぇ」


やって貰ったのと同じように頭からゆっくりお湯を掛けて粉を手に取りお湯に溶かし、髪の毛に指を差し入れて軽やかな音で頭髪を洗い始めた。モノの髪の毛は白く柔らかで、絡まらないように丁寧に丁寧に解きほぐしながら汚れを落とした。大きな手で洗って貰うモノは気持ち良さそうに目を閉じて大人しくしていた。


「痒いところはありますか~?」

「ないよ…」

「じゃあ流すわね~」


そうしてすっかり頭髪を綺麗にしてしまうとまたお湯を掛けてしっかり洗い流した。髪の毛が綺麗さっぱりになると体は流石に自分で洗いたいらしく、モノは自身の体を洗い始めた。なので次はジノの番。浴槽から引き抜いて同じように髪の毛を洗うことに取り掛かった。洗いながらジノの髪の毛は固く、モノの髪の毛よりも短く太い事がわかる。これもまた丁寧にしっかり洗い終わるとお湯で流して完全に滑りと泡を流し去った。


「カオル子ちゃん……お背中洗って欲しい…」

「お背中?良いわよ任せなさい!」

「ずるい、ジノも洗って」

「良いわよ~モノちゃん洗ってる間に体洗っちゃっててねん」


モノは上手に体を洗ってあり背中だけは手が上手く届かなかったようだ。彼が泡立てた泡を両手に受け取り、滑らかな肌を傷つけないように洗い終わった。


「流しちゃうよ~」


背中についた泡を中心にお湯を掛けて洗い流す。大体後は細かい所になった段階で桶の主導権をモノに手渡して再びジノへと取り掛かる。彼もとても上手に洗えていてまた受け取った泡で綺麗に背中を撫で洗ってやった。


「カオルちゃんのお手々すべすべ……」

「あらそう?いつも二人で入ってるの?」

「うん。…でもたまにベル様とも入るよ…」

「ベル様も…お手々大きいけどカオル子ちゃんよりすべすべじゃない…」

「あの人お風呂入れられるのね。」


ジノの体も完全に洗い流すと仲良く三人で湯船へと沈んだ。三人で入っても狭いなんて事は無く充分に寛ぐ事ができる。


「広いお風呂は良いわねぇ……疲れが取れるぅ………」

「カオル子ちゃん疲れてる?」

「カオルちゃんお疲れ?どしたの?」

「あぁ、最近ね。ベルちゃんから貰った地図の中から魔法石が眠る廃れた館を見つけようと思ってたんだけども『一番古い館』って書いて無くて何処の館かわからないのよ………」

「それでお疲れ…?」

「だからお疲れなの…?」

「そうそう、それでちょっとお疲れなのよぉ…」

「あの地図…番号書いてあるでしょ……?」

「うん。書いてあるわね。ご丁寧に年代も書いてあったから簡単かと思ってたとのに」

「知ってることだけなら…」

「知ってるのなら…お手伝いできる…」

「本当!?なんでもいいから教えて欲しいのよ!」

「あの番号の……6番から13番……」

「古すぎて…もう建物の形してないよ…」

「えぇっ!?本当!?」

「うん…今畑とか……」

「草地とかになってる…」


良い情報を貰った気がする。廃れた館と言えども建物の形が無ければ館とは言えないだろう。頭の中のあの地図に大きくバッテンを書いて6番から13番の土地を消した。

6番から13番の土地が消えたと言うことは後の選択肢は5つだけ。風呂から上がったらまた詳しく地図を見ようと心に決めた。


「なんで全部魔法石なのかしら」

「もしかしたら…隠したの…」

「もしかしたら…魔法使いじゃあない人かもね……」

「ん?どういうこと?」

「あのね…魔法使いさんが魔法を使うとき、魔法石を使うの…」

「魔法を使えば魔法石は小さくなってくの……」

「魔法石は魔法使いさんが絶対使う物だから……」

「綺麗な物なら尚更隠したりしないで見せびらかすと思うの……」

「綺麗な魔法石は…強さと…」

「お金持ちのアピールだから……」

「そんなことがあるのねぇ!物知りさんじゃない二人とも!!」

「へへ…ベル様から昔聞いたの…」

「ふふ…ベル様がお話ししてくれたの…」

「アナタ達仲良しねぇ」


そのあと肩までしっかり浸かって数を数える。小さい声でもしっかり20迄数える双子はとても可愛らしい。自分も昔母親とお風呂に入っていた頃、20迄数えた温まると言う約束で数を数えたっけ。

そうして数え終わると湯冷めをしてしまわない用に急いで上がって柔らかいタオルで水分を拭き取った。

長い髪の毛を丁寧に叩きながら拭いている間に双子はもう全身を拭き終わり、着替えに袖を通していた。待たせたら申し訳ないと急いで体を拭き終わり、塗れた髪の毛をタオルで巻き包んで指示されたバスローブの様なものを羽織った。


「これちょっと大きいわね」

「それね、ベル様の…」

「ベル様が着ていいよって…」

「じゃあ遠慮無く着ちゃおっと!」


ベルベットの見た目からずっと思っていたが身に付けている物の1つ1つが随分と高価なものである。今羽織っているこれだってさらさらとしているが保温性もあるようで温い。これ帰るときに持って帰ろうなどバカな事を考えながら脱衣所を後にした双子の後ろを付いていった。

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