ウェスティア譚 7-3
「随分長かったじゃあないか」
「良いお湯だったわ」
「カオル子ちゃんに洗って貰った…」
「カオルちゃん上手だった……」
「良かったね。ちゃんと拭いたかい?」
そんなことを言いながら大きな手で仕上げ拭きをしてやるベルベットを見ているとなんだか父親ではなく兄の様だと思ってしまう。双子達は嬉しそうにリラックスしている事から信頼しあった家族なんだと言う事が視界の情報からでもありありと判る。
「あの石鹸良い香りね。お風呂も広いし羨ましいわぁ」
「ふふん。良いだろ。文句の1つも無い逸品さ」
「そうね、文句を付けるなら髪の毛から油分が抜けること所かしら。」
「そりゃあオイルを塗っていないならそうなるだろう?付けたかったらそこにあるのを付ければ良い。」
「え!じゃぁ付ける!!」
なるほど。リンスの代わりにヘアオイル。小瓶のキャップを捻ってゆっくり開き手に傾けると光を反射するてらてらとした液体が手に落ちてきた。微かに香ってくるこの匂いは恐らくラベンダー。手に馴染ませた後に髪の毛を手で梳かす様にゆっくりと髪全体に付けた。
そうすれば油分が消えて絡まりかけていた髪の毛は水分を含んだまま綺麗にほどけて行った。
「良い香り…でも余っちゃったからこれはベルちゃんにあげちゃうわ。」
手はまだぺた付いていてオイルが少し余っている。これをタオルに拭ってしまうのは少し勿体ない。なので屈んで双子の髪を拭いているベルベットの1房顔にかかるうねった前髪を掴んで拭うように擦り付けた。
「っ、おいやめろ触るな。余計なことするな。おい。」
「えー、勿体ないから。」
「勿体なく無いタオルに拭え。」
「嫌よ。てかもう塗っちゃったし」
「じゃあもう手を離せ。崩れる」
「やっぱりこの1房セットしてるのね?なんでこの髪型なの?ねえねえ」
「やかましい。」
前髪の開けた額にべちむっと良い音を立てて彼のデコピンが炸裂した。思わず額を押さえれば鼻で笑われてしまった。顔が良い分腹が立つ。いたぁいと立ち上がっても心配などしてはくれなかった。
「次のお風呂はベルちゃん?」
「嗚呼そうだ。余計なことをするなよ。」
「しないわよ。アタシをなんだと思ってるの?」
「あと、僕が上がったら僕の服を貸してやる。選ばせてやるから待っておけ」
「ベルちゃんの服大きいのよ…」
「じゃあ全裸で過ごすか?」
「やったぁー。ベルちゃんのお洋服楽しみだなー。」
ベルベットが風呂に立ち上がればすっかり風呂上がりの支度をしてしまった双子とカオル子だけがリビングに残された。何をしようかと思っていたが地図について聞けば良いと閃いて助けて貰って降りてきた階段を急いで、かつ慎重に転ばぬ様に上ると自身に割り振られた客室に戻った。そのベッドの上には開きっぱなしになっている地図が残されている。その地図を掴んで、ついでにあの本と羽ペン、インクを手に持つとまた慎重に階段を下りてリビングのソファーに座ろうとしている双子の元に戻った。
「あのね、聞きたいことあってね、教えて貰っても良い?」
「うん…なぁに?」
「いいよ…教えちゃう」
「この地図ね、ベルちゃんから貰ったんだけどいまいち場所が良く判らなくって…今アタシ達がいる所って何処かしら?」
入浴中に聞いた番号の地図にバツを付けながら尋ねれば双子はある一点を指差した。それは森に隠されるように建っている5番の場所だった。
「ん?この近くがこのお屋敷なの?」
「ううん…このお屋敷がこの地図の館…」
「この館…此処の場所の館…」
なんと…。今現在自分がお世話になっている此処が魔法石が眠る館のうちの候補だなんて。そのあと双子の指を目で追うと『此処がお散歩するところ』『此処がカオルちゃんが落ちてた所』『此処崖』『此処あの八百屋の有るところ』と丁寧に道なりを教えてくれた。よくよく地図を凝視すると二重線で囲まれた土地の真ん中に『セロプア』や『マディルド』と小さく書いてあり、何とか地域割り振りを理解する事ができた。
個包装された一口サイズのバームクーヘンの様な形のこの国は中心からしっかりと二重線に囲まれた土地が、それこそバームクーヘンの様に重なっていた。土地とどの土地が栄えているかを本で読んである程度理解できた為、また館の見方が変わった。1番から3番はどうやらトリプトと言う一番栄えた地域に建っているらしくそんな賑やかな所に廃れた館なんて建つのか?そうしてそんな館で眠る事はできるのかと疑問が浮かぶ。
「ねぇモノちゃんジノちゃん、この、1番から3番の建物のこと、何かしってる?」
「うぅん……あんまりトリプト、行ったことないからわからない…」
「あんまり中心いかない…わからなくてごめんね……」
「いいのいいの謝らないで!お風呂のお話ししてくれただけで充分よぉ」
心なしかションもり小さくなってしまった双子の頭を両手に撫でながらそんな風に慰める。充分助けてくれたのにこれ以上求める自分が愚かだからと言い、ひたすら撫でていればようやくサイズが元に戻った気がする。良かったと安心して双子に習ってソファーに寄りかかった。座ったときから思っていたがこのソファー随分柔らかく低反発で座り心地が非常に良い。自宅のベッドよりも柔らかい気がする。
「そう言えばここの年は魔法暦で数えるんでしょう?」
「うん、法暦だよ…」
「今は1300年みたいだよ…」
「なんで魔法なの?魔術じゃあダメなの?」
「魔術はみんなが嫌うから……」
「魔法と同じ年に魔術暦を数えてた時もあったみたいだけど……」
「魔術狩りが始まってから…数えなくなっちゃった……」
「悲しいね……術暦も1300年だよ…」
「可哀想に…魔術狩りっていつから始まっちゃったの?」
「うんとね…本には156年て書いてあったよ…」
「うん。ベル様も…156年て言ってた……」
「156年間しか数えてもらってないのね…法暦は1000年を超えても数えるのに…」
156……。この数字何処かで読んだ気がする。何処だろう……それに魔法石と魔術…何処かで繋がる……。でもどこで?思考を稼働させようとしているとモノが『紅茶…飲む?』と聞いて来たことで頭に集まっていた情報が一時断裂させられた。
「良いの?頂こうかしらぁ」
「上手に入れるね…」
「ジノもお手伝いする……」
キッチンに走る二人を追いかけてキッチンを覗く。双子は慣れたようにマッチで火を付けると釜戸の様な所に放り込む。暫く釜戸の扉を開けて覗き込んで居たが火が安定したのを見ると釜戸の鉄扉は閉じられた。そのあとモノは乾かしてあったヤカンに、汲んであった水を注ぐと台に乗って釜戸の上の鉄板に手をかざして温度を確かめていたジノに手渡した。
ジノが受け取ったヤカンを鉄板の上に置けばじゅわっと表面に付いた水が急激に蒸発する音が聞こえる。
カオル子が双子の隣から作業を見ているとちょいっとモノに袖をひっぱられる。尋ねればカオル子の頭上の棚に紅茶の茶葉が入っているから取って欲しいそうだった。カオル子の頭の高さの棚を開ければ『tea』と書いたラベルが付いた赤い蓋の瓶が見える。どうやらこれのようで取って手渡すと小さな両手で受け取り、綺麗な装飾が施されたティーポットの網の部分にさっさっと適量を入れていた。またその蓋を閉じるとカオル子に手渡されたので彼女はまた同じところに戻して扉を閉めた。
「慣れてるのねぇ」
「…うん、ベル様が良く飲むから…」
「ベル様に作ってたら…慣れた…」
「良いわねぇ…ベルちゃんは幸せ者よきっと。こんな可愛い子達に毎日紅茶淹れて貰えるなんて。ちょっと人使いが荒い気もするけどね…」
丁度リビングに駆けられた大きな古い時計は15時ごろを指していて丁度おやつの時間。ジノは釜戸の台から飛び降りると机に乗っていた果物の籠を持って戻ってきた。りんご、桃、ぶどう…あとなんだこれ。見慣れた果物が誇らしげに並ぶ中本来はバナナがあるであろうところに全く見たことのない果物も乗っていた。ジノは紅茶の番人をモノに任せるとカゴから三つ桃を引き抜いて用意したまな板の上に乗せた。
「ねえジノちゃん、この果物…アタシ見たことないんだけどこれってなあに?」
「うんとね…クプクプの実…」
「くぷくぷ?なんだか可愛いわね。これはこのまま食べるの?」
「ううん…ざくろに似てるかも…ベリリって剥いて、中のぷつぷつを食べるの。」
「ほんとに柘榴みたいね」
「でもざくろはざくろであるの…クプクプの実はね…酸っぱくなくてあまぁいんだけど青色なの」
「よくそんなもん食べようと思ったわね最初に食べたやつは……」
「食べにくいから…あんまり用意するの好きじゃないの…でもベル様がお薬作るときに使うから…」
「それで用意しといてあげてるのね、優しいわぁ」
話しながらもジノは器用に桃の皮を剥いていった。小さい手に桃が乗ればなおさら桃の大きさが強調されるよう。その薄い皮にぷつっとナイフを当てると果肉も削れないようにさっと皮を剥ぐ。手の中でくるくると回しながら皮を剥げば気がつけば果汁を垂れ流す桃が三つ並んでいる。その桃の果肉を切り分けていればヤカンがお湯が沸いたと唸り出す。そうすればモノはそっと、火傷をしないように気をつけながら用意したポットにお湯を注いだ。そうするとキッチンとリビング一帯は桃と紅茶の良い香りで満たされた。
「いいにおぉい!」
「ももね…食べるのもいいけど…」
「お紅茶に入れると美味しいの…」
「ピーチティーみたいね」
「なんだ。今日の間食は桃か?」
すっかりと紅茶と桃でアフタヌーンティーの準備が出来たころ、湯を浴びていたベルベットがひょっこり戻ってきた。カオル子と同じくバスローブを身につけて。カオル子が着ると足首まですっぽり覆い隠してしまうそれも本来の持ち主のもとではくるぶしはすっかりと姿を表して、胸元で交差した襟は解けるということを知らなかった。
「アンタ髪の毛下ろすとそんな感じなのね」
「そんな感じとは。」
「そのまんまの意味。そんな感じなのね」
ここにきてからオールバックの彼しか見たことはなく思わずそう呟くと顔を顰めてまだ水分の残る髪を掻きあげて、オールバックではない状態を実況する前に通常の姿へと姿を戻してしまった。
「あーん!せっかく目にやきつけようかと思ったのにぃ!」
「そんなことをしている暇があったらさっさとお題をクリアしたまえ。それとももう諦めるか?」
意地悪そうににぃっと笑われれば勿論諦めなどしない。まだ見つけるために辺りを散策することすらしていないのだ。丁度よく紅茶も蒸れたのか人数分のティーカップをモノが出し始めたのを見ればカオル子はベルベットに唾を吐くのをやめてそちらの手伝いに移動をした。手に持つと軽いこのカップだがどう見ても高級品で、昔てぃーカップセットを買おうとネットサーフィンをしていた時に見た10万円をこえる物たちよりも何倍も高価に見えた。落とさないように気をつけながらリビングのあのソファーの前の椅子に運び出せば続いてティーポットを持ったモノと切った桃とフォークを持ったジノも続いてそこに並べた。
風呂上がりで何もしていないベルベットはさも当然と言ったようにソファーの真ん中にどっかり腰をかけて座り、誰よりも早く紅茶を注ぎいれて口に含んでいた。
「ベル様…100点ですか…?」
「ベル様…美味しい?」
「嗚呼、蒸らし具合が丁度良い。」
「なんでそう上から目線なの腹たつわねアンタ…」
「じゃあ君もこうして飲めばいいだろう?」
「そんなことできるわけないじゃないの!!あ、そうだ!ベルちゃんにも聞きたいことあったんだ。」
定位置に座る3人と省かれたカオル子。ただ彼女は今それよりも気にしていることがあるらしく紅茶セットの脇に移動させられた地図を開き直して、紅茶の香りと風味に酔いしれるベルベットに返答を求めずに質問を投げた。
カオル子の残金あと 99万1200ペカ
第7話 (終)
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