ウェスティア譚 6-3
『ウェスティアに設置されている勇義隊はイリファ、ナフィア、サウスィアに名前を変えて設置してあるが、勇義隊は乱暴者ばかり。魔術師と疑わしい者を見つければ証拠があろうがなかろうが、捉えて残虐な処刑方法を化すことがある。
魔術師は悪魔を信仰していて悪魔に魂を売った人間にもなれないような人のような化け物が行き着く先と切に信じており生まれた時の見た目が悪魔に近いと言うだけで処刑されることもあるそうだ。』
この本からもこの国で出会った数少ない人からも魔法と魔術に関する天と地ほどの扱いの差を感じる。生憎自分には違いがわからないし奇妙な術を使える点ではどちらも恐ろしく、それと共にとてもすごいと思う。
「アタシにも魔法が使えたらなぁ〜…」
思わずそう呟いてしまうのは自身の中にいる少女がまだ息をしているからだろう。どの世界でも力がある一部のものを恐れるのは当たり前で、それを除外しようとすることも当たり前らしい。
ウェスティアの章をもやもやした気持ちで読み終わった後は一気にページを飛ばして共通の世界についての話を読み始めた。ウェスティアの終わりはどこか胸糞が悪く、夢から覚めさせられてしまったようで新しい夢に気分を上げながら期待して読み始めた。
『イリファ、ウェスティア、ナフィア、サウスィア、リスタチア。この五つを全て攻略すると夢や願いが叶う、効果が出る、という伝説がある。その中で幾つか紹介したいと思う。』
五つの物事をつなげると効果が出る、と言うのはやはりときめくものだ。何度も手順を踏んでやっと願いが叶うと言うのは女の子はみんな好きだろう。かく言うカオル子も昔お気に入りのビーズやブレスレット、綺麗な石などを小瓶に入れて近所の公園に埋めに行ったりもした。そんな淡く可愛らしい思い出が蘇ると微笑んでしまう。
『東西南北の国の隠された図書庫を順に巡ると次の予言の書の場所を示したメモを見つける。それに書かれた場所を巡って最後に指し示されたリスタチアの書庫の秘密の本を抜けば隠された本棚に行き着く。そこに行けば開いた者の試練を克服させられる白い本を見つけられる。
東西南北。それぞれの国の1番美しい泉の水を集める。そうしてそれを混ぜ合わせるとどんな難病でも治すことのできる薬が作れる』
など色々面白いものがあった。その中でふと目が引き寄せられるものがあった。
『イリファ、ウェスティア、ナフィア、サウスィア、リスタチア。それぞれの場所のそれぞれの魔法石の持ち主しか詳しいことを知らない為、この本にあまり詳しい魔法石の見た目や特徴、効果が書けないのが非常に残念だ。東のとある花魁の簪についた魔法石、西の山の廃れた館に眠る魔法石、南の泉を泳ぐ魔法石、北の少女が生み出す魔法石、リスタチアの地下に封じられた魔法石。これら五つ全てを集めるとどんな願いでも叶えることができると言う伝説が今でもしっかりと生きている。この書を書いている時点でこの宝石全てを手に入れた人間について聞いたことはまだない。今後この本を読んだ同志がこの伝説を事実とし、詳しい話をしてくれる日が来るのを待っている。』
「どんな願いでも…叶う……?」
もしこの魔法石の伝説が本当のものだとしたら?もしこの五つの宝石を全て集められたとしたら?もしかしたらカオル子がかつて生きていたあの世界に帰れる日が来るのかもしれない。幸いこの本を持っていたのはベルベットで、あの彼のことだ。持っている本は全て読破しているだろうし栞が挟まっているページを見ればこの書籍を真実だと信じているらしい。だから説明が容易に済むし、信じているからこそこの本を持ち続け、自身に薦めたのだと彼女は考えた。
そうと決まったら早速交渉だ。どんなことがあっても使ってやるかと思った呼び出しベルを鳴らしてやろうと顔を上げるとすっかり空は夕焼けの空を孕み始めていた。うっかり夢中になりすぎて外が見えていなかったようだ。自分の集中力にびっくりしながらちりりん!と綺麗な音を奏ればその音は振動となり部屋中をこだまする。
「なんだ。絶対に使わないんじゃあなかったのかい?」
「モノちゃんとジノちゃんを呼び出すためには使わないけどアンタを呼び出す為なら使うのよ。」
「なんで僕にだけ使うんだ。エコ贔屓じゃあないか。」
「そんなことより!ここ読んで!ベルちゃん!」
眼前に活字が差し出されれば反射的に読んでしまうらしく、文句を垂れようとした唇をキュッと閉じると目を左右に動かして書籍に書かれた文字を読んでいた。折っていた腰を戻し、ピンと背中を伸ばしたのを見ればどうやら読み終わったのだろう。彼の言葉に期待しているとベルベットは呆れたように口を開いた。
「はぁ…そんなもんガセネタだ。」
「えぇ!?そんなことないでしょ!絶対ほんとよ!」
「証拠は?」
「ベルちゃんもこの本に栞挟んでたってことは信じて調べてたりしたんでしょ!」
「確かに幾つかこの本には真実も書かれているが、伝承、伝説、根も葉もない噂も載っている。こんなもんを信じるなんて君は子供なのかい?」
「むぐぐ…別に子供だっていいじゃない……。じゃ、じゃあ!この願いが叶うって噂がホントじゃない証拠ってあるの!」
証拠証拠!と先ほどのベルベットを真似したように証拠を求める。彼は盛大にため息をつき眉間を抑えるも反論できる言葉がないのだろう。なんとか論点をすり替えようとする。
「もし仮に願いがなんでも叶うとして、願いごとには代償が必要だろう?それはどうするんだ」
「だってここには魔法石を集めるだけでいいって書いてあるわよ!そんな代償だなんてせこいことしないでしょ」
「集めるだけ、とは書いていない。」
「ま、まぁいいでしょ?アタシを助けると思って!!ね?アタシが元の世界に帰れるようになったらお世話になったお金もちゃあんと払うわよ!」
「別に金はいい。君そういえば元の世界とやらで死んでここにきたんだろう?今元の世界に戻ったって既に死んで、遺体はとっくに埋められているだろうに」
「あそっか…いやでも!お願いするときに死ぬ一時間前とかに戻してもらえるじゃない?」
「そんなところだけは頭が回るんだな」
「ねぇいいでしょおねがぁい……」
遠出、そして入手が難しく何より本当かもわからない。そんな危険な旅にハードリスクノンリターンで喜んでついてきてくれる人間などいるはずがないだろう。そう言って何度かカオル子を宥めようとしたが絶対に引かないらしい。だがベルベットともじゃあ一緒に行ってあげると言える程考え無しではなかった。この屋敷から離れた後の手入れや戸締りも面倒くさいし、もし仮に勇義隊に目をつけられたら安心した旅とはいえないだろう。それに旅とは歩くと言うことだ。毎日必ずしも宿泊先が見つけられるわけではないし、必ず毎日の天候が良いとは言えない。不快な生活を送ることになるだろう。それも全部引っ括めて頷くことは出来なかった。
「じゃあアタシ治ったら1人で探してみる!」
「はぁ!?」
突然静かになったと思ったらこの発言だ。突拍子もない人間すぎる。別に完治したらしたでこの人間の自由だからほっぽり投げて、その後どうなってもよかったがどうにも危険で目が離せなくなる。また崖から落ちていそうだし食べるものも無く野垂れ死にしそうだった。意外とベルベットという人間は過保護でそれでいて心配性だった。人は寄せ付けないくせに一度懐に迎え入れてしまった人間はどうにも自分の監視下に置いておかないと不安なのかもしれない。
短時間に脳をフル稼働させて考えて、考えて、考えた結果やっと口を開いた。
「はぁ……そこまでして信じるのか?」
「うん、信じる」
「それが全くの紛い物だったらどうする?」
「全部見つけるまで偽物かってわからないからとりあえず全部見つける」
「答えになっていないが…じゃあ1つも見つからなかったら?」
「1個見つけるまでいろんな人に聞いたり、ベルちゃんみたいに本を読んだりして頑張ってみる!」
「本気なんだな。」
「本気よ!元の世界で生活できるならなんでもするわ!」
「それじゃあ僕から1つ君に課題を出そう。それをクリアできたら君と一緒にその伝説が本当かどうか確かめに行ってやってもいい。」
「!!本当!?嬉しい!ありがとぉ!!」
あまりに嬉しかったのかベッド脇に立つベルベッドに向けて思いっきりハグをする。ぐんっと体重がいきなり体の上にかかり、みしっと骨が軋んでたまらずベルベットは『痛い…』と声を上げた。それに課題を与えただけでまだついていくとは言っていないのにこの喜びようでは疲れてしまう。無理矢理にカオル子を引っぺがせば気を取り直して本題に入った。
「僕から君に貸す課題はその伝書にある『西の山の廃れた館に眠る魔法石』を見つけ出すことだ」
「え……それ結構難しくない?ここら辺に廃れた館ってあるの??」
「ならやめるか?諦めてもいいんだぞ」
「やめるわけないじゃない!アタシだって本気よ!」
「そうか。それじゃあ精々君の本気を見せてもらうことにするよ」
「任せなさい!あ、そうだ。ベルちゃんはその石見たことあるの?」
「ん?あったら信じているだろう?見たことはないさ。でもだからと言ってダミーを用意するなんて卑怯なことはするなよ。後々願いが叶えられなくなるのは君だよ」
「そんなの言われなくたって当たり前でしょ!正々堂々挑戦するわよ!アタシ頑張っちゃうんだから!」
ふん!とやる気満々なようで再び詳しいことが書いていないかまた隅から隅まで穴を開けるように覗き込む。どうやら要件は済んだらしい。もう呼ぶなと念を押してカオル子の部屋になった客室から退室した。
「全く…あういうやつは言い出したら聞かないというのは本当なんだな…」
リビングのソファーに戻ると双子はキッチンで晩御飯を用意しているらしくしょっぱくて良い香りが湯気に乗って届いた。
「なあモノ、ジノ。」
「なあに?ベル様」
「どぉしたの?」
「お前たち、もし僕が旅に出ると言ったらどうする?」
キョトンとした後に料理の手を止めてお互い顔を見合わせていた。
「そしたらモノたち…置いてけぼりですか?」
「ジノたち…ここでお留守番しなきゃですか?」
「おいていくわけがないだろう?いやだと言っても僕がいくならどこへでもついて来てもらうつもりだよ。」
「ならモノ…ついてく」
「ジノも…頑張るよ」
「それは頼もしいな。まあ全てはカオル子次第だがな。」
「カオル子ちゃんが…?」
「カオルちゃんが…?」
「まあ今のは気にしないでくれ。今日の夕ご飯はなんだい?」
暖かい会話がリビングルームに美味しそうな匂いと共に満ちていく。カオル子が物読みに耽っているあの部屋に香りが届くのももうすぐだろう。カオル子の部屋もリビングもオレンジの光を灯す蝋燭が飾られている。明日明後日にでもカオル子は歩けるようになるだろう。彼女の行動範囲ももうすぐに広がるはずだ。
そして、今日の晩御飯はビーフシチューである。
カオル子の残金あと99万1200ペカ
第6話 (終)
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