ウェスティア譚 2−3
「ちょっと待ちなさいよ!」
カオル子は突然庇うかのように双子の前に立ちふさがった。石を投げてたり罵詈雑言を浴びせかけていた民衆も石膏像のようにピタリと動きを止めて静かになる。辺りに響き渡るのは彼女の震えた怒り声だけだった。
「こーんな小さい子ども達に石を投げふって!どーゆーつもりなの!?信じられない……アンタ達自分や自分の子供がぶつけられたらいやでしょうが!なんで自分がやられたら嫌なことしちゃうわけ!?アタシにはこの子達よりアンタ達の方がよっぽど化け物に見えるわよ!!」
自分に腐敗したゴミでも見るような軽蔑した視線が突き刺さるのがわかるがこの痛みも、目の前の二人の子ども達が感じた痛みよりも何倍も小さいだろう。散らばってしまった小銭と先程店で買ったであろうリンゴを広い集め、髪の白い子供の持っている籠へと入れてやった。
「大丈夫二人とも?ケガしたりしてなぁい?」
「………………うん。」
「………………大丈夫だよ。」
「良かったぁ、おうちはどこ?二人だけで帰れるの?アタシ一緒に行こうか?」
「……………二人で帰れるよ。」
「……………ちゃんと帰れるよ。」
「本当に?もっと早く助けられなくてごめんね…」
自然と両手が動き手のひらに辛うじて収まる二人の幼子の頭を泣きじゃくる子供をあやす母親のように撫でていた。双子はびっくりしたようにお互いに顔を見合わせると慌てたようにペコリと会釈をし彼女から離れてあっという間にかけて行ってしまった。
あとに残ったのは双子を撫でるためにしゃがんだ自分とそんな自分をしかめた顔で見る野次馬だけ。
「なによアンタ達。双子ちゃんはもう帰っちゃったわよ。アンタらももう良いでしょうが。早く引っ込みなさいよ」
立ち上がって膝の土埃を払い視線を上げれば明らかに気まずいのか自身に刺さっていた視線が一つ、また一つとそれぞれの家に引っ込んで行くのがわかった。
これからどうしようか。もしこのまま双子を庇わなければ今日の夜はあの人が大勢いる宿に泊まれたかもしれない。談笑ついでにこれからの行き先を人に尋ねられたかもしれない。
だが自分の美学に反して、人の道徳心に反して手に入れた宿で果たして安らぎは手に入っただろうか。
「しょうがない………このままダニアンのとこまでもう一度引き返して一晩だけ泊めて貰おうかしら。でもなぁんで間違った事一個もしてないアタシがあんな視線を貰わなきゃ行けないのよ………おかしいでしょうが」
今来たばかりの道を帰る足取りはずるずると重たい。今の騒ぎで外に出ている人なんて一人もいないのにレッドカーペットを歩く女優の見物でもするかのように明かりの灯り始めた家々からは熱烈な視線を感じる。
先程服を見繕って散々自分自身を誉めまくっていた服屋の前を通れば、店主のでっぷり肥えたおばさんも先程の人の良い笑みからは想像できない様な冷たい視線を送ってくる。先程はグラマーだと褒めたが今は心のなかで散々デブでぶだと罵ってやった。
日がオレンジ色に染まった状態になってしまえばと夜の帳が落ち始めるのが異常に早く感じられる。初めての場所で建物の影形がはっきり感じられなくなってしまえばせっかく知り合った男の家もわからなくなってしまう。焦りから次第に歩みは早くなりしまいには駆け出し始めたが突然耳に響く太い声で静止がかかった。
「そこの奴大人しく止まれ!」
「ん?アタシの事?」
「お前以外にいると思っているのか?」
「そう言われれば確かにアタシだけね。」
ぐるり振り替えればそこには西洋の王様の手下を彷彿とさせる軍服を着込み頭には甲冑のようなものをつけた小規模なグループが明らかに偉そうな一人を先頭に明らかに戦闘態勢で此方を威嚇していた。その姿は小学校の同級生が集めていたようなミリタリーなフィギュアを彷彿とさせる。
「魔術取り締まりに協力して貰おうかなカオル子。」
「アンタなに先頭で偉そうにふんぞり返ってアタシのこと呼び捨てにしてるわけ?初対面よねアンタ。」
「そうだな。俺と君は初対面だ。」
「初対面なのにどうしてアタシの名前を知ってるの?それに魔術使いだなんて。此処の人は初対面の人間全員に対してそんなファンシーな容疑をかけるのね。」
「それはこいつから聞いたんだよ。なぁ、アトラス?」
そう男は自身の後ろに目線を向けて声をかけた。そこからすっと顔を出したのは紛れもない、昼間酒場で杯を交わしたあの女だった。
「あれアンタ…昼間の?」
「カオル子さん貴方を魔術取締和平法に従い捕らえさせていただきます。」
「ちょ、ちょっとどう言うこと?アタシ魔術なんて使えないわよ?」
偉そうな男の後ろに見える兵隊たちは明らかに敵対姿勢を見せこちらに向かって剣を引き抜いている。自分が一体何をしたと言うのだろうか。保護されるならまだしもこんなもん連れてかれてオーナーがいうようにあっという間に首ちょんぱではないか。もしや先ほど双子を助けたのが不味かったのかと恐怖と困惑により思考回路がバグってしまう。
「昼間の飲み屋でのお話を覚えていますか?」
「覚えてるわよ、それが何かした?」
「あの時貴方は魔法使いと、そう呼ばれていましたね?」
「そうよ、でもあんなもん誤解よ、アタシはなんの魔法も使えn」
「それなのにも関わらず!」
自分の言い分をかき消すような彼女の声に喉を引き攣らせ黙るしかできない。
「それなのにも関わらず貴方は魔法石の存在を、使い方を知らなかった。」
「だってそりゃアタシはここの人間じゃないし」
「どこの国の人間でも魔法石と魔法、それと魔術の違いだってわかるはずです」
「いや違う、そういう意味じゃなくてね?あのなんていうかアタシはこの世界の人間じゃないのよ!」
「ふん苦しい言い訳だな。アトラスが言っていることは事実だろうにそれに反論するとは」
「何よちょび髭男が偉そうに。アタシが今アトラスちゃんって言ったっけ?その子にお話してるのに入ってこないで頂戴。百合に挟まる男は嫌われるわよ!」
「ちょび髭男、だと!?貴様誰に向かって口を聞いているんだ!俺はウェスティア勇義隊魔術駆逐隊隊長のドムラグ・ラベルだぞ!!」
「ごめん誰だかわからないし隊ばっかだし早口すぎてなぁんにもわからないわ。」
「っ貴様!捕らえろ!!」
怒りで茹蛸のように真っ赤に染まった自称隊長の血管はカオル子が身につけた煽りスキルによって粉砕されたらしい。そう叫ぶと同時に後ろに控えていた隊が見せつけるようにして抜いた剣を構えて自身を捉えようと走り出してきた。
捕まったら不味い。そうカオル子の脳が判断するのはそうそう遅くなかった。今人々の視線に耐えて耐えて歩いてきた道を猛ダッシュで引き返し始めた。
「おい貴様逃げるのか!魔術使いなんだろう!術を出して見せろ!」
「魔術だか魔法だかなんなのか知らないけどほんとにアタシ使えないって言ってるでしょうが!」
「
アトラスと呼ばれた昼間の女が何か叫んだのを聞くと同時に熱気が足元から立ち上がる。走る事をやめずに視線だけを足に向けると愛用のヒールが火種もないはずなのに燃え上がっていた。
「キャァ゛!!??なんなのよこれ!」
「これが魔法です!貴方も撃てるんでしょ!?逃げるだけでは死んでしまいますよ!」
「だから使えないんだってばぁ!!」
「っち、あのオカマ走るの早くないか、っ?」
何故自分がこんなことにならなければいけないんだろう。燃えたヒールをほっぽり投げ裸足で痛む足の裏を必死で動かしながら逃げて思う。
アルコール中毒で死に、
生き返ったと思ったら投げられ、
魔法使えないのに魔法使いと言われ、
ゴミを見るような目で見られ、
今は魔法でもない魔術使いだと言われ、
命を狙われ、
長年連れ添ってきた愛用のヒールともお別れだ。
自分が何かしただろうか。前世に神でも殺して日本を滅ぼしたのだろうか。きっとその何方でもないはずなのに。早いと言われ舌打ちをされているも正直もう限界である。何年かぶりの全力ダッシュにビーリャとジャガイモと葡萄一粒しか入れていない体には酷で苦しくて仕方がない。
騒ぎは自分が逃げるのと並行して広がるらしく宿集団の入り口まで走れば何事かと大勢の人が道に見物に来ていた。その様子はまるで年明けの駅伝中継のよう。
「どけぇ!巻き込まれたいやつだけ道に出ろ!」
「ごめんなさいカオル子逃げてまぁす!」
人を器用にかき分けて走り抜けるも後ろからは人を押し退けて追いかけてくる集団が今にも追いついてきそうだ。先ほどは見るだけで引き返した草原森林へと駆け入った。草がちくちくと足を刺してくるも駆け抜けている今は気にしていられない。
そういえばここ崖注意みたいな看板があったはず、と駆け抜けていた足を緩めようとしたその瞬間だった。
ズルリ。
「え、?嘘、」
男が出すとは思えないほどの高い悲鳴をあげて今注意しようと心に決めた崖から真っ逆さまに落ちていった。
『アタシ…死、?』
「っはぁ、は、隊長、たいちょぉ!あいつここ落ちましたよ!」
「何っ、!?捕まえていないのか、!」
「我々が、もう少し、で追いつきそうだったんです、が、」
「まぁいい、っここから落ちれば、生きてはいられないだろう、……仕方ない。帰るぞ」
アトラスが息を切らした自隊と合流したのはカオル子が落ちてしばらくしてからだった。カオル子の足元に魔法を放った後火を消し、隊の者たちが宿屋で突き飛ばして怪我をさせた子供の介抱をしていたからである。
「隊長、あの人間は?、捉えられましたか?」
「ん?ああ崖から落ちたらしい、まああの高さからだったら死んでるだろうな。」
「死んだ……そうですか……」
「それにしてもアトラス、腕が鈍ったんじゃないか?もっと体を燃やしてやればよかったのに」
「私の魔法では絶対に人を殺さないと何度も_!」
「嗚呼そうだった、そうだったな。仕事も終わったし宿を取ってこい。」
「っ…はい。仰せのままに」
彼女は今までの一連でふと疑問に思ってしまったことがあった。本当に自分が密告し人間、カオル子と名乗った男は魔術使いだったのだろうか。
こちらが攻撃しても魔術らしきもので攻撃してこなかったし、飲み屋で上半身裸だった時も魔術使いにはあるとされている印はついていなかった。
それに自分の身を心配してくれた彼の笑顔に邪悪なものは感じなかったからだ。なんの罪もない民衆を突き飛ばし怪我をさせたのに振り返りもしなかった隊長の方が魔術使いだと言われれば10人中10人ともそう思うだろう。それにこんなに慕って身を尽くしているのに隊長はきっと自分の魔法しか見ていないのだろうと日々の振る舞いや、今さっきの発言で感じられてしまう。あの隊長よりも彼の『やっつけてあげるわ』という言葉を信じた方が良かったのではないかと、思ってはいけないかもしれないが思ってしまったのだ。
急いで隊長に追いついて『彼は魔術使いではない。』そう言おうと思っていたのだが追いついた時にはもう既に彼は落ちてしまったと。
遅かったか。
抱えてはいけない胸のもやもやを抱えながらも彼女は今きたばかりの道を引き返し宿屋に向かうのだった。
カオル子の残金あと 99万1200ペカ。
第二話 (終)
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