ウェスティア譚 4−1
『ねぇオーナー、もしアタシが死んだらどうする?』
『え、何カオルちゃん死ぬの?店しめて話し聞いた方がいい???』
『もしの話だからIfの話だから本気にしないでよ』
『なーーーんだ!よかった〜、気でも病んだのかと』
『アタシ鬱の対義語な女だから大丈夫。生まれてこのかた32年間気を病んだことはないわ!』
『馬鹿は風邪ひかないっていうからな…』
『んもう!鬱は風邪じゃないわよ〜…ってねえアンタ今アタシのことバカって言った?ブスって言った??』
『東大行けなんて言ってないから。そんなに酷く言ってねえ。でもお前が頭弱いのはみんな知ってるだろ?』
『えぇ?みんなバカバカって言うけどそんなにバカじゃないわよぉ、高校もちゃんと出てるし。』
『じゃあ今までの元号言ってみろ。』
『縄文、奈良、平安、江戸、明治、森永、昭和、平成、令和!ほぉら見なさいちゃんと言えてるでしょ』
『いや色々消されててかわいそう。一回ツッコんでいい?????平安から一気に江戸!?何があったんだよ文明開花!!それとちょっと待てお前森永って言った????初耳なんだけど』
『チョコレートの会社だって覚えてるから絶対森永よ』
『それ明治じゃねえの?』
『あれ、森永てなかったかしら??』
『ない』
『嘘よ』
『ほんと』
『嘘だって』
『ほんとだって言ってんだろバカ』
『はぁ?』
『は?』
何故だかもう会えない人間と会話をしている様な気がする。何故だろう。オーナーなんていつでも会えるのに。なんなら仕事で毎日会っているのに。
懐かしい。年を越したのも店のカウンターでだっけ。年号のやりとりで最終的に金的をするほどの喧嘩に移行したんだった。お互い酔っ払っていたのもあって喧嘩になった理由も忘れてしまったし、なんなら喧嘩をしたという事実も忘れていたのは今じゃ職場では一種の伝説となってしまっている。懐かしいな。
あれ…懐かしいってなんでかしら。
『はっぴばぁあすでえカオル子さぁあん〜』
『はっぴばぁあすでぇカオル子さぁあん〜』
『はっぴばぁああすでぇええでぃあカオルちゃぁああああん』
これは確か誕生日をお祝いしてもらった日。でもどうして?さっきまでは年明けの喧嘩していたはずなのに。プレゼントだと受け取った箱の中には誕生石があしらわれたピアスが美しく並んでいた。
『いやぁあん!ちょぉちょぉちょぉちょおきゃわいいんですけどぉ!』
『でしょカオル子さん!みんなで休みの日に選びに行ったんですよ!』
『男5人でアクセサリーショップな。とんでもねえ目で見られたなぁ。』
『あらわざわざお休みの日に買い物に行ったの?アタシのために???みんなちょっとアタシのこと好きすぎじゃあない?』
『だってカオル子ちゃんはこの店の看板娘だもんね〜はい、これ女性陣からのプレゼント』
『あら綺麗なラッピング!ガサツな男陣とは違って華があるわねぇ〜!』
『文句言うなオネエ!現金で返品させるぞ!!』
『冗談だって冗談、でもオーナー?アタシにオネエって言ったこと絶対許さないからね。』
『え〜、店でもお前のバースデーイベントやるから許してよ〜』
『きゃあ!これアタシが欲しがってた新発売のグロスじゃない!!』
『聞けよ!!』
『しかもこの色、普段のお仕事につけていくやつに似てるから普段使い出来ちゃうじゃない!』
『そうなんです、こっそりカオル子ちゃんのリップ勝手に使っちゃったんですけどやっぱり合ってて良かった〜!』
『あら下調べも素晴らしいじゃないの、アタシのために使ったんだから怒らないわよ。でもアンタたちこれ高かったんじゃないの?』
『みんなでお金を出し合って買ったんです。でも一つしかプレゼントできなくて申し訳ない…』
『なぁに言ってんのよ!プレゼントに量は関係ないわ!大事なのは気持ちよ気・持・ち!』
あのグロスほんとにすごくって、ちょっと物飲んだり食べたりしたくらいじゃ発色落ちなくてすごい便利なのよね。ピアスもリングより小さいのにちゃあんとアタシの耳で存在感を放ってるしアタシに似合ってるし。本当に人間に恵まれたわ。
そろそろ目覚ましが鳴るのかしら…。仕事は楽しくってもやっぱり起きるのは嫌ぁね…。
『おい貴様逃げるのか!魔術使いなんだろう!術を出して見せろ!』
何これ。
『捕らえて処刑してくれる!』
何これ。
『バーニット!』
何これ熱い、逃げなきゃ殺されちゃう。
先ほどまで確かに日常の一箇所に腰を下ろしていたはずなのに突然の罵声で景色は一変する。明かりも星も月も全くない、ただ真っ暗な空間の中を死に物狂いで駆け抜ける。今後ろを追いかけている人に捕まればおそらくただでは済まない。まだ死にたくない。逃げなければいけないと体中が警告している。心臓も肺も、張り裂けそうになるほど走った。走って走って、ただがむしゃらに走り続けて、あともう少しで逃げ切れそうだと希望を持ち始めた時、突然足元の草が絡みつき動けなくなる。
『なんでよ!離してよ!アタシ逃げなきゃいけないの!』
『捕まえろ!首を刎ねろ!』
やだ!何もしてない!待って、誰か助けて、アタシを見捨てないで、やめて、
「助けて!」
自身の叫び声によって意識が現実世界へ叩き起こされて意識が覚醒した。そこは見知った自分の部屋でも、いつだったか投げられた土の道でも無かった。白灰の石が規則正しく並べられた煉瓦のような天井。だがそれと対比するように背中に伝わってくる感覚は何よりも柔らかかった。
「ぉ。目が覚めたか。」
「……あれは…夢?」
「随分魘されていたが、よほどひどい夢を見たんだろうね。」
「…すごい嫌な夢だった気がするわね…叫んで起きたのなんて小さい時にホラー映画見た日の夜以来よ………ほぉんとやになっちゃ………ん??????アンタ誰?????ここ何処?アタシは何を?????」
自称口から生まれた女なのでそんな天井と背面を感じながらも喋りかけられれば自然と会話を始めてしまう。ただぼんやりとした脳が自然に今の状況を緩やかに吸収していくとともに自分は誰と会話をしているのか、此処はどこなのかという莫大な疑問が津波となって押し寄せてくる。
「何も覚えていないのか?」
「覚えていないも何も場面が暗転しすぎてもう何が夢で何が現実かわからないわ…てかアタシ目を覚ますたびに場所移動してるんだけど。何?倒れすぎじゃないアタシ。昔読んだ少女漫画の病弱ヒロインみたいだわ……」
「ほう、記憶が混濁している、と。」
「そうそう、なんで今こうして寝てるかもわからないし。ずーっと今も天井しか見えないし。アナタは一体誰でなんなのよ」
「私はこの屋敷の主人だ。何、と聞かれれば困るが人間だとでも言っておこうか。」
「主人さんなのねぇ…初めまして。アタシはカオル子。ここ最近でもう3回目くらいの自己紹介よ…ん?3回目?なんでそんなに自己紹介してるのかしら??」
「知らん。それだけ人に会ったということじゃあないか?目が覚めたならいい加減体を起こせ。寝続けるのも体に悪い。」
「初めましての人がいっぱい、ねぇ……。確かにアンタのいうことにも一理あるわ゛っっっっ!!?痛っっっっったぁああああああい!゛」
ずっと仰向けで話しているのもなんだか妙な感じがする。それに声の主の顔と今自分がいる状況を理解しなくてはいけないと起き上がるために寝台に手をついて体重をかけて起き上がった瞬間だった。体中に鈍く激しい痛みが襲いかかってきたのだ。思わず体を縮こませて悶えてしまう。涙で滲む視界には包帯が幾重にも巻いてある自身の体が指越しに見えている。
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