ウェスティア譚 14−1

風呂から上がったベルベットに洋服の所在を聞いても『生意気な事を言ってきたから返したくない』と理不尽なことを言われ、それでもしつこく風呂上がりのケアをしているベルベットの邪魔をしていたらデコピンと共にようやく洋服が返された。だが受け取った服はカオル子が脱ぎ散らかした物よりも明らかに増えていた。


「あら、アタシ着てたの服とパンツ1枚ずつだったけど。」

「行くんだろう?外に。普通に考えたら1着ずつで足りないだろう。それとも君は野宿中服が乾かなかったら全裸で歩くのかい?」

「嫌よ絶対。」

「何か言うことは?」

「ありがとうございます。」

「どういたしまして。」

「え、まって野宿???ホテルは?」

「ホテル?」

「宿ってこと」

「阿保だな本当に。泊まるところがなかったら野宿になるに決まっているが。」

「地面固くない?痛くない?」

「それなりのところを探す。」

「えぇ…お肌荒れそう。野宿ってことはお風呂も毎日は入れないの!?」

「川に浸かれ。」

「いやぁあああ…」

「今からそんなので大丈夫なのか。やめておくか?」


なんて意地悪そうに笑うベルベット。答えがわかっているのにわざわざ聞いてくる辺り優しいようで皮肉っているのが丸わかりだ。


「やめないわよ。言っとくけどねアタシ元の世界に帰るためだったらなんでもするんだからね!?」

「なんでもか。じゃあ犬のように四つ這いで歩けば帰らせると言われたら四つ這いで歩くのか?」

「なんなら3回回ってワンも言う。」

「異常者だな。」

「ありがとう。でも目的のためならなんでもするってとこベルちゃんとアタシにてると思うけどなぁ?」

「ふん。まさかあり得ない。」

「じゃあベルちゃんが知りたがってるアタシの世界にこれるってなったら早起きする?」

「早起きの定義は僕の中のものだろう?心がけるさ。」

「揚げ足取れって言ってないじゃないのよ!」

「リスクとリターンが見合っていると思ったらまあ行動には移すかな。」

「意外。ちゃんと考えて突っ込んでくのね。」

「僕のことをなんだと思ってるんだ。」

「ベル様…」

「カオルちゃん…」

「あら、どうしたの?」

「ご飯できたよ…」

「準備できたよ…」

「早かったな。ご苦労様。2階にはもう持って行ったか?」

「うん…さっきあげてきた…」

「食べ終わったら読んでって言ってきた…」

「やったぁ!今日のご飯は何かしらぁっ!」


ワクワクしながら食卓につけば中央の皿、メインディッシュは珍しく1つの皿から皆で取り分けるスタイルらしくそこには見慣れたものが置いてあった。適度に焦げ目のついた一口サイズの肉が6つずつほどくしに刺さって輝いている。何やらタレをたっぷり纏ったもの、白い素材そのままの色のもの、胡椒の粒が見えるもの。これはまさに…


「焼き鳥じゃないっっ!!!!」


おつまみの中でカオル子選りすぐりランキングトップスリーに入るほどの好物であった。急いで席に着席すればここにきて初めて麦飯のようなものが提供された。


「珍しい。今日はいつもと変えたんだな」

「今日…お祭りで見て…美味しそうだったから…」

「ほんとは…お土産で買いたかったけど…」

「買えなかったから…」

「だから作ったの…」

「それでいつもより早い時間から始めていたわけか。味は?」

「これが塩…これがちょっと甘いタレで、これが塩胡椒レモン…」

「皮のところと…ムネとモモと…あと野菜で挟んだやつ…」

「美味しそ!アタシこれダイダイダイっ好きなのぉ!モノちゃんジノちゃんは本当になんでも作れちゃうのねぇ!すごいわぁ」

「えへ…いっぱい食べてねカオル子ちゃん…」

「いっぱい作ったから…食べてね…」

「じゃあお言葉に甘えていただきまぁっす!」


手を伸ばして串を手に取れば口の端にタレが付着するのも気にせずに頬張った。わざわざ直火で焼いたのだろう、焦げ目からは特有の旨味が生み出され、適度に甘いタレととろとろの肉が口の中で合わさり幸せが満ちていく。これはご飯が進まないわけがない。麦飯だしスプーンだし。普段の景色とはちょっぴり違うけれどもそれでも久しぶりの自分の世界に似た好物は本当に美味しかった。ふと顔をあげるとベルベットと目があった。がしかし彼はすぐに食器に目を落としてしまう。そんな彼が右手に握っているのはナイフでもフォークでもなく串ざしの焼き鳥。タレが手につくのが嫌なのか端っこの持ち手の小さな汚れていないスペースを指先で摘むようにしていた。


「ベルちゃん…食べ方わからないの?」


まさにナイフとフォークの使い方も食事を食べる順番もわからず盗み見てどうにかしようとしていたカオル子自身の姿と目の前のベルベットが重なる。その証拠に彼の皿にはしばらく四苦八苦したであろう跡が残っていた。


「食べ方わからないなら聞けばいいじゃない。」

「いや、食べ方はわかるんだ。わかるんだが君みたいに口や手を汚したくはない。」

「違うわよ。焼き鳥は口や手を汚して食べるもの。」

「違う。そんなルールはない。」

「ルールはないけどマナーではあるわ。見なさいモノちゃんジノちゃんを」


2人の視線を一身に受ける双子の口の周りは、油やタレでベトベト。串を持つ手にもペタペタタレがついていた。


「彼らは風呂に入ればいいだろうが僕はもう風呂は終えた。」

「口拭くなりおてて拭くなりしなさい。」

「いやだ。匂いが落ちなかったらイライラする。」

「強情ねアンタは本当に…貸してみなさい。」


そう言うとベルベットの皿と彼が手に持つ串をひょいと奪い去った。何をするのかと言う彼の質問の前でフォークに串を引っ掛けて串だけを引き抜いた。串という中心を失った鶏肉たちは一口に収まる形になって皿の上に転がる。まだ若い頃は焼き鳥はこうやって皆んなに回るようにしろという教育の賜物だ。彼は素直にその手捌きに感動したのか小さく感嘆の声を上げた。だが調子のいいことにそんなに簡単ならこれもそれもとどんどん串が手渡されていき、皿には無情にも串と生き別れた肉の丘ができていた。


「ストップ。もうそれでいい」

「それでいいじゃないでしょありがとうでしょ。それにしてもかわいそうに…こんな姿にさせられて…」

「僕の糧になるなら光栄だろうに。」

「そんなわけないでしょうが。」


しばらく食卓には食器の触れ合う音と食事を口に運ぶ音しか聞こえなかった。皆それぞれが目の前の食事を食べることに夢中であるからだ。普段カオル子は食事中に会話は欠かさないが一ヶ月ぶりの親しい食べ物に喋ることさえも忘れて感動に浸っているのだ。


「ご馳走様でしたーっっ!」


皿の上のものがなくなり大満足したのか、一息ついたカオル子はようやく口を開いた。口についたタレをベルベットに投げられたナプキンで拭き、食器を片付ける為に立ち上がってキッチンに向かい、慣れたように洗う食器を入れる樽に使ったものを入れればまだ食事をしている3人がいる席にカオル子も座って入れてもらった紅茶を啜った。

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