第46話

異星人と地球で出会う もう一度、始めよう


 家に帰ると玄関に夫と義兄が立っていた。私は驚いて足が竦む。


「おかえり」とぎこちなく夫が言う。


「…あ、うん。あの…何?」


「ちょっと三人で話したいんだけど」と義兄が申し訳なさそうな顔で言う。


 鍵を開けて、二人を部屋に入れた。申し訳なさそうな顔なんて見たくなかったのに。私は手を洗って、慌ててコーヒーをセットした。


「麻衣が…告白したって聞いて」と夫に言われた。


 告白じゃない。あれはもう関わって欲しくなくて言ったことだ。


「あ。うん。でもあの…なんていうか、嘘なの」


 二人の顔にはてなマークが浮かんでいる。


 言った言葉は取り消せない。


「嘘って言うのは…あの…お姉ちゃんが大変な時に…お義兄さんがこっちのことに手を取られるのも…って。もちろん、すごく優しくしてくれるから、家族として好きだけど。変な言い方してごめんなさい。あの…優しいから…憧れみたいなのはあって…」と私は口に出したら、そうかもしれないという気持ちになった。


 夫が一番驚いたような顔をしている。


「え? どういうこと? じゃあ、俺の勘違い?」


「あ、うーん。そう。もちろん素敵だなぁっては思ってたから。お姉ちゃんのことも大好きだし、あの赤ちゃんできたの…嬉しくて。つい…」と私は自分の気持ちを全否定した。


 工藤先生に言われたことを思い出した。もう他人を巻き込まないようにしなければ。今日だって、ここに来てくれている。


「あの、だから、お義兄さんに言いたいのは、私は大丈夫だからお姉ちゃんのことお願いしますって言いたかったの。ごめんなさい。びっくりさせてしまって」


「…麻衣ちゃん」と義兄は私を見る。


「だから、あ、コーヒー飲んだら、申し訳ないけど、早く帰ってあげて。私、ちょっと寄り道してたから帰ってくるの遅かったし」と慌ててコーヒーを二人に出した。


「俺…麻衣ちゃんのこと、本当に妹として可愛がってたから…。なんか」


 もう本当に聞きたくないし、家に帰って欲しい。


「うん。憧れのお義兄さんだから。さ、早く飲んで。お姉ちゃん待ってるから」


「なんかごめん」


 完全に私の気持ちを悟られたうえで、さらに謝られるのも辛い。笑顔がこびりつきそうだった。


「麻衣…」と夫までがこっちを見る。


「でも浮気については…ちょっと話をしなきゃって思ってたから…」と夫の前に座った。


「本当にごめん」とテーブルに額をつける。


 謝る夫。


 許すべきか。


 たった一度の過ち。


 私が原因で、彼に辛くさせてしまった。


 テーブルに頭をつけている夫を見ると、哀しい。


 揺れる。気持ちが揺れて、分からなくなる。


 でも工藤先生が言ってくれた言葉。無理は続かない。


「やり直そう」と私が言うと、夫は顔を上げた。


「麻衣…」


「でも…離婚して。やり直そう」


「え?」


「ちゃんと離婚して。本当に私が好きだったら、私が本当に愛せたら…」


 夫は表情を失くした。


「もう一度…ちゃんとやり直そう」と私は手を差し出した。



 夫が手を取るのか、それは分からない。私はこのままじゃ、きっと夫とは暮らせない。でもまだ希望を捨てたくなかった。夫が手を掴もうとして


「離婚したら…恋人になれる?」と訊く。


「…友達から始めよう。それでも良かったら…」と私はまだ手を引っ込めなかった。


 夫は悩んでいた。


「麻衣と…離婚は…嫌です」


 浮気したのは私が原因だったかもしれない。でも夫の弱さもある。


「じゃあ、弁護士立てて、離婚…をするね?」と私は手を引っ込めた。


 このまま夫を許すことはできなかった。それはやっぱり愛していたから。だから浮気されて傷ついた。嘘だと思いたくて興信所に大金を払った。


 さらに弁護士にお金を払って離婚することになる。


「おい」と義兄が夫を促す。


「…本当に後悔しても…遅いんだよな」と夫が呟いた。


 離婚を渋るなら浮気しなければいいのに、と単純に人の話を聞いて思っていた。浮気をした夫もそれを許せという家族も私にとっては未知の生き物のように思えた。


 でもこのままやり直すことはできなくても、愛おしさはあった。


「離婚…から、始めてください」


 夫がそう言った。私の手を取らずに、頭を下げた。


 私も頭を下げた。




 結局、弁護士に頼ることはなく離婚できた。夫から慰謝料というお金をもらった。いらないと言ったけれど


「麻衣がとりあえず生きていくお金だから」と言った。


 離婚した私は実家から勘当されてしまって、そのお金で小さなアパートを借りれた。元夫が保証人になってくれたという不思議な関係だ。


 私は稼ぐために絵のモデルを始めた。着衣のモデルでヌードではない。動かないということは思ったより大変で体が疲れる。でも短時間で割といい時給だったので、助かった。ヌードはもちろん単価が高いけれど、まだ勇気がでなかった。




 元夫とは月一回、食事に行く。工藤先生とも食事に行く。モデルをしていたら、声をかけてくる人もいる。


 友達が「離婚したらモテるよねぇ」と言ってくる。


 それはよく分からないけれど、私は一番好きな人をもう一度探そうと思う。間違えても三番目に好きな人にならないように。




 お姉ちゃんは無事に出産した。本当に可愛い女の子だった。抱っこさせてもらって、その小ささに驚く。義兄は相変わらず素敵で、産後のお姉ちゃんを優しく気遣う。そんな人を見ていたら、やっぱり一番好きな人は変わらないのかも、と思うと背筋が冷える。


 やっぱり私はのっかってるだけかもしれない、と思って、赤ちゃんの額にキスをする。


 どうか次生まれる子は男の子でありますように、と願いをかけた。何も知らない柔らかい匂いのする赤ちゃんは擽ったいのか、声を上げて笑った。

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