第18話

あなたが好き プロポーズ


 お弁当は全て売り切れてしまった。


「もう少し早く来れたら良かったなー」と佐々木さんは残念そうに言う。


「来週もするので、良かったら来てください。佐々木さんスペシャル用意します」と私は言った。


 お弁当は子供は無料で、大人は三百円もらっている。淳之介君のカレーは大人も子供も無料だ。寄付をしてくれる人も多いので儲けはないが赤字にもならない。


「じゃあ、寄付だけして行こうかな」と言って、佐々木さんは募金箱にお金を入れてくれた。


「ありがとうございます」と私はお礼を言う。


 佐々木さんは優しい人だけど、前より雰囲気が変わった気がする。


「どうかしたの?」


 顔をじっと見ていたからか、聞かれた。


「なんか…久しぶりに会って、佐々木さんが綺麗になったなーって思ったから」と言うと、赤い顔して笑い出す。


「恵梨ちゃんに言われるなんて…恥ずかしいなぁ。恵梨ちゃんの方が綺麗になったのに」


「えー?」とお互いに褒めあって、おかしくなって笑いだす。


「恵梨ちゃん、片付け終わったけど?」と佐伯さんに言われた。


 全然動かない佐伯さんに片付けしてもらってしまった。


「あ、じゃあ、また」と慌てて、佐々木さんに挨拶をしてその場を離れた。


「恵梨ちゃんは人気者だねー」と佐伯さんは言う。


 私はこの外見のせいで覚えてもらうことが多いことを感謝した。


「で、晩御飯はどうする?」と佐伯さんが聞く。


 私は淳之介君を見たら、まだ美湖ちゃんとでれでれ話してるから、佐伯さんと一緒に行くことにした。


「またファミレス?」


「どこでも」と肩をすくめた。


「じゃあ、とびきりおしゃれなレストラン行く?」


 私は自分の格好を指差す。ジーパンにTシャツだ。疲れてるので着替えるのも面倒くさい。やっぱりファミレスかなぁ…と思った時、


「カレーが余ってるけど」と淳之介君が声をかけてきた。


「普通のカレー…。じゃあ淳ちゃん家だね」


「呼んでないけど」と淳之介君は言ったけれど「余ってるんだからケチなこと言わないの。じゃないと一週間ずーっとカレーだよ?」と佐伯さんが言う。


 そんなわけで、三人で淳之介君の家に戻ることになった。


「目玉焼き焼くね」と私が言うと、二人は頷いてくれた。


 三人でカレーを食べるのもなんだか毎週の恒例になりそうなので、私は淳之介君に量を減らしてみてはどうか、と言おうとしたが、なんだかちょっと言えない気分になる。淳之介君が一生懸命作っているのを知っているからだ。美湖ちゃんがお手伝いしたりして…。そこらへんはちょっと私の中で燻るものがあるけど。

 

 佐伯さんは目玉焼きを「上手にできた」と褒めてくれる。


「お嫁さんになれる?」と聞いたら、にっこり笑って頷いてくれる。


 淳之介君の方を見ると、知らない顔で食べている。私はこっそりため息を吐いた。


「恵梨ちゃんは何でも美味しく作ってくれるから」と食べながら、淳之介君が言うから驚いた。


「あ、うん。頑張ってるところ」と私も変な返しをしてしまった。


 佐伯さんが私と淳之介君を見比べて「恵梨ちゃん…。彼はそういう人だから」と言った。


 それがよく分からなくて、しばらく考えたけど、シャイってことなんだろうなって思った。私は二人に今日会った、智依ちゃんの話をした。それを聞いて、淳之介君は私に絵を描いた方がいい、とまた言った。佐伯さんは「ちょっと描いてみて。お店のグッズにしようかな」と言ってくれる。


「絵?」


 それは私が思ってもみないことだった。


 翌週も私は美湖ちゃんとお菓子をラッピングする淳之介君を横目に力の限り、かき氷を作っていた。


「ほら、美味しくなあれっすよ」と光輔くんに注意される。


「だって…」と唇を尖らせていると、智依ちゃんが来た。


「こんにちは」と言うので、私は嬉しくなる。


 かき氷を作ってあげると、光輔君が休憩しておいでと言ってくれた。私も自分のかき氷を作って、智依ちゃんとそのパパと一緒に近くの公園に出かけた。かき氷を食べ終えると、私は智依ちゃんと遊んだ。一緒に滑り台滑ったり、ブランコしたりして、楽しかった。ちょっと疲れたので、パパが座っているベンチに戻る。


「実は今日は…智依の母と会うことにしてて…」


「え? そうなんですか? よかったですね」


 公園にある噴水は子供たちの遊び場になっている。智依ちゃんが近寄って行こうとするので、私は慌てて、後を追った。あれから一週間でママと会えるなんて、すごく良かったと思った。

 智依ちゃんの麦わら帽子が風にあおられて、噴水の方へ飛んでいく。私は慌てて、その帽子をキャッチしようとして、ジャンプして手を伸ばした。


「恵梨」と声がしたと思ったら、私は麦わら帽子を片手に、噴水に落ちていた。


 ずぶぬれになったけど、浅いから大丈夫。でも声の主も隣にいて、それは淳之介君だった。


「あれ?」と私は思わず淳之介君の方を見た。


 美湖ちゃんとラッピングしていたのでは? と思ったけれど、淳之介君は慌てて私に上着をかけてくれる。


「大丈夫? 立てる?」と言われた。


「あ、うん」と言って、立ち上がって、私は驚く。


 手にした麦わら帽子の持ち主である智依ちゃんが別人になっていた。


「恵梨ちゃーん、大丈夫?」と言って、手を振っている。


 智依ちゃんは明らかにさっきの智依ちゃんじゃなくなって、成長していた。麦わら帽子をなんとなく返したけれど、彼女の頭にフィットしたものの、違和感が大きかった。そして智依ちゃんのパパの横には女の人がいる。その人が駆け寄って、私に謝った。


「すみません。娘のために」


「え? あ…いえ。あの」としどろもどろで返事する。


「ママー」と言って、智依ちゃんがその人の手を取った。


 淳之介君が私の前に立って「着替えるので、これで」と頭を下げる。


「ごめんなさい」と智依ちゃんが謝るけれど、私は「大丈夫」と言いながら、頬っぺたをつねった。


(普通に痛い)


「恵梨、行こう」と淳之介君が私を隠すように歩いてくれる。


 私は自分の服を見て驚いた。白いワンピースを着ているから、下着が透けて見える。恥ずかしくて、慌てて淳之介君の上着の前を合わせた。私は理解が追い付かないやら、恥ずかしいやらで、顔を上げられない。


「恵梨は…もう、ちっとも変わらない」と淳之介君に言われて、私は恵梨ちゃんと呼ばないことに驚いた。


「あ…れ?」


「どうしたの? とりあえず、家まで帰ろう」と言われて、私は手を引かれた。


(待って、待って。何が起こってるの? なんか、ドキドキするんですけど)


 アパートは同じだったし、ドアの前で「とりあえず、お風呂入っておいで。僕も入って来るから」と言われた。


 バスルームで悲鳴を上げそうになった。私の体も成長していた。自分の豊満なバストを見て、驚く。急いで体と頭を洗って、服を着た。下着も持っているものと全然違う。レースたっぷりな下着ばかりでどれを着ていいのか分からない。買ったのは自分だと思うけれど、恥ずかしい。中でも一番、装飾の少ないものを選んだ。そして鏡に映った自分の顔はものすごく大人になっていた。


「あ…。え…」


 鏡に手を合わせると、鏡の向こうも手を合わせる。映っている人物は間違いなく私だ。呆然としてしまう。


(どうしよう、どうしよう。変な夢を見ている。そうか…もしかして…死んでしまったのかも。それで都合のいい夢を…)


 携帯が鳴る。慌てて探すと鞄の中から出てくる。見たことのない機種。淳之介君だった。


「着替えた? 大丈夫?」


(大丈夫じゃ…ない)と思いつつも、私は淳之介君に聞くしかない、と思った。


「あの…少し、話しがしたくて…」


「じゃあ、こっち来る?」


「うん」


 何だろう。ずっと早く大人になりたかったけれど、大人になった時、どうしたらいいのか分からない。私は死んで都合のいい夢を見ているのだとしたら、もう都合良く過ごすしかない、と思った。

 覚悟を決めて、隣の部屋に行った。


「恵梨、大丈夫?」


 心配そうにこっちを見る淳之介君はそんなに変わったところがない。


「えっと、あ…今、平成何年だっけ?」


「平成? 平成で知りたいの?」といぶかし気に言いながらもスマホで検索してくれる。


 その画面を私は覗き込んだ。気絶するかと思った。五年も進んでいる。


「どうしたの? ちょっと変だけど」


「淳之介君…。あ…の…。ちょっと…ショックで、混乱してて」


「え? 頭打ってた?」


「打った? 打ったかも? …えっと…ちょっと打ったかも」


 慌てて病院に電話しようとするから、私はその手を押さえた。


「ちょっと、ほら。あの。混乱してるだけだから…。記憶が曖昧で。それで…いろいろ教えて欲しくて」と言うと、淳之介君は深くため息を吐いた。


 そしてちょっと悲しそうに「記憶が曖昧ってことは、今朝、プロポーズしたのも、忘れた?」と言われた。


(あ、死んでる。間違いなく、私、死んでるわ)と思った。

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