第19話
あなたが好き ずっと好き
リンゴーン、リンゴーンと頭の中で鐘が鳴ると同時に、教会で私の葬儀も営まれるイメージが同時進行する。
「プロポーズは…もちろんyesだけど…」と呟きながら、もう死んで、自分の欲望にまみれた世界なんだから、好き放題していいのでは? と思った。
「だけど?」と不安そうに淳之介君が聞き返す。
「美湖ちゃんは? 美湖ちゃんは好きじゃなかったの?」と私は聞いてみた。
目下、生きてるときに一番知りたい答えだった。
「本当に忘れたの? 美湖ちゃんはこの間、結婚したよ。パティシエ仲間と付き合ってて」
「え? だって、子供食堂で…いつも一緒にラッピングしてたし…」
「いつの話? それって、まだ美湖ちゃんが駆け出しで、売り上げあげるために手伝ってたけど…」
「好きじゃなかったの?」
「特に何も思ったことはないけど…。やきもち焼いてた?」と顔を両手で挟まれる。
(死ぬ。…あ、死んでるか…)
こんなことを淳之介君がするなんて、と私は言葉が出ない。
「うん。だって、私は子供扱いされてたし」
「まぁ、実際、可愛い子供ができたみたいで…楽しかったけど。最初は…」
「最初は? でも…私のこと好きになってくれたの?」
死んだと思ったら、なんでも聞けてしまう。人間、死ぬ気になったらっていうけど、死んだら、何も気にすることなくなる…。
「ずっと見てたけど、明るくて、誰にでも親切で優しいから。一緒にいたくて」
(あぁ、願いが叶ったのに…死んでしまうなんて、ドジすぎる。いや、死んでるから、こういう淳之介君なのかもしれない)
「本当に…覚えてないんだ」と私の妄想の淳之介君は期待通り淋しそうな顔を見せる。
でもそれも私の妄想でだけで、結局、現実は死んでしまったから、最後まで届かない想いだったんだ、と私も淋しくなった。
「ごめんなさい。でも…私は淳之介君のことがずっと好き。小さい頃からずっと。ずっと大好きで。…まさか叶うなんて思わなかったけど」と言うと、涙が出てくる。
頬を挟んでいた手が涙を拭ってくれる。
「だから日本に戻ってきたの。ずっと好きで…、でももう無理かと思ってた」
「ごめん。僕は…高校や、大学行ったら、他に好きな人できると思ってたし」と私の頭を胸に抱いてくれた。
妄想なのにリアル感がすごい。耳を胸に当てると淳之介君の心臓の音も聞こえる。心臓の音がしてて、羨ましい。私のは聞こえないだろうな。
(あぁ、それにしても妄想の中ですら一途な私にグッジョブと言ってあげたい)
「そうでなくても、恵梨はかわいいから…すぐに恋人出来ると思ってた」
「そんなわけない。ずっと、ずっと淳之介君しか好きじゃないのに」と私が言うと、名前を呼ばれて顔を近づけられる。
(ファーストキス? 死んでから? いや待って、私の妄想では…もっと進んだ関係? え、困る、困る。待って、待って)
唇に温かい感触が触れて、私の床に置いた手の上に手が置かれた。
「大丈夫?」と噴水で尻もちついている私に淳之介君が手を差し出す。
「え?」と私はあたりを見回す。
驚いた顔した智依ちゃんがいる。
「お姉ちゃーん、パパー、お姉ちゃんが」と振り返って、ベンチに走り出した。
「…死んでない」
その呟きに淳之介君が慌てて、私を抱き起す。私はジーパンが濡れただけで、Tシャツは噴水の水がちょっとかかっただけだった。
決まった時間に噴水が大きく水を噴き上げる。今、タイミング悪くその時だった。私はその流れる水を目で追うと、淳之介君の背景に小さな虹が見えた。
「あ、虹」
振り返った淳之介君の上に水が大量に落ちてくる。冷たくて、気持ちよくて二人して笑ってしまった。しばらく笑ってから出たので、噴水から出る時にはかなり濡れていた。
私が一瞬、見た先のビジョンが都合の良すぎる妄想だったけど、でも私がずっと淳之介君のことが好きだということはきっと変わらない。
麦わら帽子を智依ちゃんに渡すと、パパさんが恐縮していた。
「今晩、頑張ってくださいね」と私はちょっと自分の未来もかかっているような気持ちで応援した。
「え? あ、はい」
「お姉ちゃん、また遊ぼう」と智依ちゃんが言う。
「うん。あ、恵梨ちゃんって呼んでね」と私はお願いした。
プロポーズされる日がいつか来るかもしれない。その日、智依ちゃんが私を「恵梨ちゃん」と呼んでくれたから。
「恵梨ちゃん、また遊ぼう」
「うん。またね」と手を振った。
そして子供食堂に戻ると、光輔君に怒られた。
「休憩、ちょっと長すぎるっす。しかも二人で。相棒まで血相変えていくから」
「一応、保護者だし。それに…行ってよかったよ」と言ってくれた。
夏だったので、服はすぐ乾いた。
保護者として心配してくれたのかもしれない。でもいつか、婚約者になれる日が来る…かも? と私はちょっと微笑んで、光輔君の分まで頑張って、お手伝いをした。
今日は佐伯さんが用事があるとかで、私と淳之介君は二人でカレーを抱えて帰る。
「淳之介君…。今日はありがとう。大好き」と私が言うと「もうびっくりしたよ。噴水に飛び込むから」と言って笑う。
えへへ、と笑って「あの噴水って…、なんかあるのかな?」と聞いた。
「なんか? 子供の水遊び場だと思ってたけど? どうかした?」
「ううん。ほら、あなたが捨てたのは銀の斧ですか? みたいなこというやつ」
「それ。湖じゃない?」と笑いだす。
「あ、そっか」
「恵梨ちゃんはほんと…変わらない。でもいいことしたね。あの子、喜んでたよ」
私ははっとした。あの妄想で、私のことを明るくて、優しいから好きになったって言ってくれた。今すぐには叶わないかもしれないけれど、いつかは淳之介君の気持ちを動かせる日が来るかもしれない。それに…私のこと見ていてくれたんだなってすごく嬉しかった。
「淳之介君…。大好き」
「外国の人って、良く言うよね。日本語にはないけど」
(は? それって、家族で言うIlove youと思われてたってこと? ずっと、ずっと言い続けてきた『大好き』は、『ダディー、アイラブユー』的に受け取られてたの?)と私はカレーを持つ手が震えそうになる。
いつもそれをテレビ電話で言うと、なんだか苦笑いされてた理由を…今、理解した。
「日本語だったら、何て言うのかなぁ。…お体に気を付けてとかかな」と真剣に淳之介君が考えている。
(おからだに? きをつけて?)
力が抜ける。
「淳之介君…。お体にお気をつけて」と私がむくれながら言った。
「恵梨ちゃんも」
「ちがーう」と私はカレーの入ったバッグを振り回しそうになる。
「重たい?」と私の持っているカレーも取ってくれようとする。
「違う、違う。本当に大好きなの」
「え? ありがとう」と言って、私の分までカレーを持ってくれた。
あぁ、まだ全然伝わらない。でも…私は希望を持って、これから頑張ることにする。
「あ、恵梨ちゃん、携帯出てくれる? 両手ふさがってて」と淳之介君が言った。
ズボンのポケットの携帯を取ると、佐伯さんからだった。用事が早く終わったからカレーを食べに来ると言ってる。
「とんかつ、恵梨ちゃん作れる? カツカレー食べたい」と佐伯さんが言う。
「頑張って作りますよ」と私は作れるか分からないのに言った。
「え? 作れるの?」と横で聞いていた淳之介君が驚く。
不安そうに私を見るけど、結局、淳之介君と一緒に作ることになった。家に帰って、買い物一緒にして。しばらくはそんな感じでいいか、と私は思った。淳之介君の作るカレーはごく普通のカレーだから私はいろいろトッピングを作ってあげることができる。
「おいしくなぁれ」と魔法をかけて。
~ あなたが好き 終わり~
P.S.あの公園の噴水は「希望の泉」という名前らしい。希望? 願望? どっちだろう?
P.P.S.ディズニーシーにも連れて行ってもらえました。もちろん新しいぬいぐるみも買ってくれました。
P.P.P.S.手を繋げました♡
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