第40話

異星人と地球で出会う


 絵の具で色づいたタオルを渡される。


「洗ってるから、一応」と美術講師の工藤先生に言われる。


 お礼を言って、私は顔の墨を洗い流して、手を洗う。そして洗っても絵の具の色が落ちていないタオルで顔を拭いた。


「すみません。おせわになりました」と頭を下げる。


「あの…」


 泣き顔も見られているから、恥ずかしくて出て行こうとしたら呼び止められる。


「はい?」とこれ以上何も言わないで欲しくて軽く睨んでしまう。


「いや、お節介かと思うけど」


「お節介です!」とすかさず言った。


 すると黙って頷く。


「じゃあ、あの…タオルは洗って返します」と掴もうとすると、慌てて取り上げられる。


「墨が…」


「墨?」


 ゴミ袋の結んだところにも墨がついていて、また手が汚れていた。


「お節介ですけど…、ゴミ袋一枚新しいのに入れ直してもいいですか?」と言われて恥ずかしくなった。


「すみません。お願いします」と頭を下げる。


 黙々とゴミ袋を取り出して、墨が外につかないように包み直してくれる。


 勘違いも甚だしいと手をゴシゴシ洗った。


「墨は…やっかいですよね。絵の具より…ずっと浸透して…」と自分も手につかないように気をつけながらゴミ袋を結ぶ。


「そう…ですね」


 私は曖昧に頷いた。


 そして綺麗なゴミ袋に包まれたゴミをお礼を言って持つ。美術室に繋がるドアを開けると、美術部の生徒たちが固まってこっちの様子を伺っていた。


「え?」と驚いて思わず声が出る。


「あー! 工藤先生に春が来たのかと思った」と生徒が笑う。


「散れ。そして絵を描け」と後から工藤先生の声がする。


 私はもう一度お辞儀をして美術室を出て、ゴミ置き場まで急いだ。


 書道部員生徒たちの指導が終わり、私はしばらくぼんやりした。



『あっちにいったらいいよ。離婚しよう』


 夫の浮気相手は会社の後輩だった。仕事の相談、恋人の相談を受けている間に深い仲になったらしい。ありがちな話はどこにでもある。まさか自分にあるとは思わなかったけど。だからこそ、ありがちなんだな…とふっと笑ってしまう。



『いや、そういうんじゃないって。ただの後輩だから。プライベートの話もしたくてさ。人に見られたら困るし…』


 夫は目の前にあるホテルに入る写真を見てもそんなことを言う。私は興信所に頼んだのだ。確固たる証拠だ。


 ドライブレコーダーの音声には二人のウキウキしたやりとりが入っている。


 どれだけ証拠を提出しても


『浮気なんてしてないよ。え? それは…その。ごっこ! 恋人との会話のシュミレーションだから』とありえない言い訳をしてくる。


 頭が痛い。


 少しも話が通じない。 


 向こうの親もそんなに目くじら立てなくてもと言った調子で、私の親も「もうしないというなら…許してあげる?」みたいな雰囲気になってる。


 みんなが敵に見えた。



 私はパート気分で非常勤講師をしてして、子供がいないから貯金していたお金があった。全て興信所に使った。それなのに離婚できないなんて!


 弁護士を雇うお金がもうなかった。




 次第に日が暮れてくる。コツコツと扉がノックされて、そこにいたのは工藤先生だった。

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