第4話
Re:女子大生生活二週間目
かつての大学生活も順調に勘を取り戻してきた。
…とはいえ携帯がないというこの時代は恐ろしく待つ時間が退屈になる。しかも待ち合わせとなると、指定した場所と時間を間違えるわけには行かない。お互いの家に電話をかけて確認して…と甚だ面倒なのだ。
連絡用に黒板を置いてくれる駅もあるけれど、チョークがないところもあるし、そもそもそれは早く来た人が書けるのであって、遅れてきた人は焦りながら待ち合わせ場所に向かわなければならない。
今日は富田くんがお金を返すついでにお礼として映画をおごってくれると言っていた。
映画はウーピーゴールドバーグ主演のハートフルな内容だった。見たことはなかったから、私は楽しみだった。そしてチョイスがちょうどいい。彼女でもない、親友でもない微妙な関係には本当にいい映画だと思う。
そして意外なことだけれど、富田くんは映画が好きだった。映画を見終わった後、チェーン店のコーヒー屋さんに入って、話をした。
「服装がレトロで可愛かった」と言いながら、私にとっては平成レトロが流行っている令和を知っているから、今もレトロではあるけれど、とこっそり思いながら言う。
店内を見渡せば周りの人の服装が確かに古い。今の感覚で言うとレトロなのだ。ワンレンのお姉さんなんかも入ってくる。私は赤いレンガ色のAラインのコートを脱いで背もたれにかけた。手荷物入れの用意とかないから、荷物は工夫して置かなければならない。
富田くんはグレーのカーディガンにピンク地えんじの縦ストライプのシャツを着ていて、今でも通用しそうなおしゃれさんだった。
「女の子はやっぱりそういうんが好きなんやな…」と関西弁で言われるとなんだかドキドキしてしまう。
パートのおばちゃんと理想の息子大学生バイトという関係性が壊れそうになる。私が黙っていると、ちょっと不安そうな顔でこっちを見る。
「やっぱり怖い?」と言われて、私は慌てて首を横に振った。
「ううん。全然、大丈夫。なんか、ちょっとドキドキしただけ」
「戻そうか?」
「いい。そのままで」となぜか頬が熱くなるのを感じた。
もじもじしていると、封筒を差し出される。
「ありがとう」と言ってくれるので、開けてみると貸した千円だけじゃなくて、もう二千円入っていた。
「え? 多いよ?」
「うん。いろいろ…作ってくれた材料費だけだから…」と申し訳なさそうに渡してくれる。
「でも…」
「本当に助かったから。美味しかったし…。また…作って欲しいし」と最後は顔を赤くして俯かれてしまう。
なんだか二人でもじもじしていて、ちょっと傍からみたら…かわいかったんじゃないだろうか、とおばちゃんは思いながら「うん」と言った。当たり前のようにご飯を作って、感謝もされない、そんな毎日が繰り返されていたのに、こんなに喜んでもらえて、私は足の先から幸せという気持ちがひたひたと上ってくるのを感じた。
なんだかお茶だけ…って言ってたのに、喋っているといい時間になった。
「あ、マクドのクーポンもらったんだ」と富田くんが言う。
「クーポン? 見せて」
そうそう、この頃はお店の前で店員さんが紙のクーポンを配ってくれていた。財布から折りたたまれたクーポンを出してくれる。
(うわ。懐かしい。レトロだ)と思いながら、しげしげと眺める。
今は…ペーパーレスで全てがスマホで済む時代になった。富田くんはこれを普通に受け入れているということは、記憶がないまま飛ばされているのか、たまたまそっくりな人で同じ名前の人が存在したのか? と首を傾げる。
「食べたいのなかったん?」と聞かれて、慌てて首を横に振る。
チキンタツタが復刻と騒いでいたけれど、この時はわりとスタメンだったんだな、と思って「チキンタツタがいいけど、富田くん使う?」と聞いたら、ちぎってくれた。
「よかったら、今から食べに行かへん?」
もう少し喋りたかったから、私も笑って頷いた。公衆電話から家に電話して晩御飯食べて帰ることをお母さんに言う。
「誰と食べるの?」と聞かれるから、「大学の友達」と答えた。
間違っていない。しかし、テレフォンカードを差し込みながら、電話するのにも公衆電話を探さないといけないのが面倒くさい。電話ボックスの外で富田くんが待ってくれていて、面倒くさいけど、ガラス越しに見ながら電話するのもなんだか悪くないな、と思って、受話器を置いた。寒かった時、女友達二人で電話ボックスに入ったりしたな、と懐かしい気持ちになった。
「お待たせ」
「大丈夫だった?」
「うん。行こう」
夕方のマックに私たちは向かった。クリスマスソングが町中に流れてる。そう言えばクリスマス近いんだ、と思いながら、歩いていると隣で富田くんが「クリスマスバイトやねん」と呟いた。
「私もケーキ屋だから死ぬほど忙しい。富田くんは?」
「俺もレストランのウェイターと終ってからバーテン」
「二つ駆け持ちしてるの?」
「うん。バーテンは時給いいから…。週末とか、イベント時に入ってて…」
「なんか、大人…」
「黙って、お酒作るだけでいいから楽やけどね」と笑った。
「クリスマスケーキ余るともらえるからいる?」
実際、去年はクリスマスケーキを「ボーナス代わり」と言われてホールケーキ三個渡された。目まぐるしいほど忙しくて、私は時間の感覚がぶっとんで「今何時?」ときっかり一時間置きに高校生のバイトさんに聞いて、ちょっと引かれた。しかもなぜか片方の目からだけ勝手に涙が出てくるという異常事態まで発生したのだから、それぐらいのお手当はもらえていい、と思った。
「わー、うれしいなー。じゃあ、二十六日に遅れて、パーティしよ」
私は頷きながら、胸が高鳴るのを隠した。こんな気持ちになったのは何十年ぶりだろうと思い出そうとしても、記憶のフォルダには見つからなかった。マックで夕食なんて、今では考えられないけれど、こうして小さなテーブルにトレイを並べて、喋りながら時間を過ごすのは贅沢なんだな、と思った。
映画の話から、実家、親の話、大学の友達、バイト先の事件、エトセトラ、エトセトラ。
初めましての友達はずっと話すことが多くて、そして楽しかった。
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