第15話

あなたが好き 永遠の距離


  六月にイギリスの学校を終えて、私は七月になってすぐに日本に来た。淳之介君はお仕事があるけれど、仕事の合間をぬって、私のために入学手続きをしてくれる。忙しいのに、私に付き合ってくれて、申し訳ない。

 手続きも無事に終わって、一緒に電車に乗って帰ってくる。


「今日もファミレス?」と淳之介君が聞いてくれる。


「ううん。どこでもいい」


「どうしたの?」


「なんか緊張した。制服とかかわいいけど…。友達できるかなとか」


「大丈夫だよ」


 淳之介君がそう言ってくれるから、安心してしまう。結局、駅前のとんかつ屋さんに入る。


「とんかつ食べたかったー」と私が喜ぶと、淳之介君も嬉しそうに笑った。


 私は同じテーブルに向き合って、夏休みは佐伯さんのお店のアルバイトをすることに決めた、と伝える。


「え? どうして?」


「それは…暇を持て余して、淳之介君のお邪魔にならないように…」


「夜遅く?」


「ううん。お昼の仕込みのお手伝いが主な仕事だって。だから接客もしないし」


 それを引き受けたのは私もおいしいご飯を作れるようになるためで、すべて淳之介君のためだった。いつも何もかもしてもらってばかりで申し訳なく思っていた。少しは私がなにかできるようにならないと、きっと好きになってもらえない、という焦りもあった。


「そっか。頑張って」と微笑んでくれる。


(あぁ…好きって言いたい。言ってるけど、言い過ぎたせいで、きっとまた流される)


「うん。美味しいものが作れるようになる」と私は意気込みを伝えた。


「楽しみにしてる」


 そう言われただけで、私の心はそれだけになってしまう。恋する気持ちって、なんだか厄介なんだけど、それだけで幸せになることって、なかなかない。でも無邪気だった十一歳に戻れたら、私はもっと、淳之介君に甘えられたのかもしれない。四年経って、私もあの頃より成長したなぁ、と自分で思った。


「恵梨ちゃん、ちょっと大人しくなった?」


「え?」


「それと…絵はまだ描いてるの? 綺麗な絵」


「あ…。絵は…ちょっと描けてない。こっちに戻って来たくて必死で勉強ばっかりしてた。向こうの勉強と、こっちの勉強と両方頑張ってたから」


「それは大変だったね」


「うん。だって…」


 それもすべて全部…と言いたかったけれど、飲み込んだ。


「頑張り屋さんになったんだ」


「そう、そうなの」と私は淳之介君に合わせる。


 ここ数日で分かった。淳之介君はきっと私を選ぶことはない。ずっと優しくしてくれるけど、その優しさが永遠の距離に感じられた。


「でも落ち着いたら、また絵を描いたらいいんじゃない?」


「絵?」


「ほら、高校では芸術が選択授業だったから、美術を取って…油絵とか描けるから」


「油絵?」


(油絵を描いたら、好きになってくれる?)


 結局、私は淳之介君の言う通り、芸術選択は美術にした。久しぶりに食べたとんかつは本当においしくて、満足だった。淳之介君との永遠の距離に気づかなければ、満点だったけど。

 永遠の距離だけれど、諦めきれない私はどうしたらいいのだろう。


 夏が始まったばかりなのに私の気持ちは沈んでしまった。

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