第21話

僕の女神様 初恋


 久しぶりだった。高校一年の時に一緒だった青葉君はずっと大人になっていて、スーツも似合っていた。


「松永さん?」と驚いた顔をして私を見る。


「久しぶり。私、ここで働いてるの」と思わず不必要なことを言ったな、と思った。


「そう…なんだ。俺は…同期会してる。試用期間が終わったから、みんなで打ち上げ的な…」


「元気そう」


「あ、うん。松永さんは?」と聞かれて、私は微笑んだ。


 懐かしい高校一年生の同級生だ。隣同士の男の子。夏休み前の席替えで、隣になった。とっても優しくて、喋りやすい雰囲気で、私はほっとしたのを覚えてる。喋っているのも楽しくて、休憩時間も好きなアーテイストの話で盛り上がった。


「バスケ部ってハードそう」


「うーん。そうかな。まぁ、走ったりするのはしんどいけど、やっぱり楽しいから」と言った彼の笑顔は眩しかった。


 今も同じ。彼の笑顔は眩しい。私は彼ともっと仲良くなりたかったけれど、クラスのいわゆる一軍女子に好かれていたから、席替えのタイミングで話さなくなった。二学期になると彼が好きな一軍女子はバスケ部のマネージャーになっていた。一緒に帰ったり、怪我した彼を献身的に支えているようで、私はそれ以上、近づくことができず、そのままクラス替えして、何事もなく卒業した。


 今も照れた笑顔があの頃と同じだった。


「私、ここで働いてるの。大学の時からバイトして、そのまま…」


「そうなんだ…。あの…」と青葉君が何か言いかけた時、他のお客さんから声をかけられた。


「あ、ごめんね。じゃあ」と言って、私は呼ばれた方に行く。


(なんて言いたかったのかな)と気にはなったけど、仕事に戻った。


 仕事をしながら青葉君のテーブルを見ると、スーツを着た社会人が楽しそうに会話していた。可愛い女の子も一人いた。


「鈴ちゃん」とマスターに声を掛けられる。


「はい」


 マスターはいい人で私はずっとここでアルバイトしていた。賄いもおいしいし、言う事なかった。私はフリーでイラストを描いているけれど、やはりそれだけでは食べていけない。


「知り合い?」


「そうなんです。高校の時の同級生。なんか立派になったなぁって。でもあの頃も立派でしたけど」


「へぇ。初恋だったりして?」とマスターに言われる。


「初恋…」


 そう呼ぶには丁度いい思い出加減かもしれない、と私は思って、頷いた。


「初恋は叶わないってむかしから言うよね」


「そうなんですか? じゃあ、次する恋は叶いますよね」と言うと、マスターは笑っていた。


 青葉君たちが席を立って、レジに向かう。私も急いでレジに行った。


「ありがとうございました」


「松永さん、ここで働いてるなんて思ってもみなかったよ」と青葉君が言う。


「夜は大体…」とまた必要ないことを言ったな、と思いながら会計をする。


 同期のみんなが外に出て、青葉君だけレジにいた。私は割引券を渡した。


「また来てくださいね」


「…うん。また」とお酒で顔が赤くなっている青葉君が言う。


「ありがとうございました」と言いながら、私は手を軽く振った。


 青春が形を変えて、目の前から消えた。

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