第24話
僕の女神 目覚め
強いお酒だから気を付けてと言われていたのに、レイトショーで開始五分で眠ってしまった。週末の疲れもあって、心地よい音楽と、そしてレイトショーはなぜか白黒の往年の映画でオードリーヘップバーンのおしゃれ泥棒だった。しかしおしゃれなオードリーを一度も見ることなく眠ってしまった。
松永さんは見たのだろうか。肩を軽く揺すられて、目を開けると、もう館内は明るくなっていて、掃除の人が迷惑そうな顔で俺たちを見ていた。
「あれ? まだ始まらないの?」と思わず言って、松永さんに笑われてしまった。
「残念ながら終わっちゃって。早く出ないと…。終電間に合いますか?」と聞かれて、急いで出て行く。
「終電…」と言って時計を見ると、間に合いそうになかった。
とりあえず、外に出る。タクシーを拾う方がいいのだけれど、俺は結局、松永さんと話すことなく睡眠しただけという…なんとも言えない情けない気持ちになった。がっくり肩を落としながら、タクシーを探そうと通りに視線を落とす。
「あの…」と松永さんが言うから、俺は本当に焦って「今、タクシー拾います」と言った。
「どうしましょう?」
「え?」
松永さんが微笑んでいた。
「週末ですし…。お仕事、お休みですか?」
「お休みですよ?」となぜか俺もつられて変な言葉遣いになった。
「夜遊びしませんか?」
「え? 夜遊びですか? クラブとか? カラオケ?」と思わずどこに行けばいいのか、考えてみる。
「それもいいですけど…。私、お腹空いて。晩御飯食べてないので」
「え? あぁ、ごめんなさい」と本当に気が利かない、と慌てる。
「なので、二十四時間営業のマックに行きませんか?」
「マック?」
「はい」と笑う松永さんがあの頃のように微笑んだ。
「ぜひ」と言って、なんだかとってもいい場所のように言ってる自分が可笑しかったけれど、松永さんとだったら深夜のファーストフードだって間違いなくいい場所だ。
「そこでたっぷりお喋りしたいです。青葉君は寝たから、夜遅くても大丈夫でしょ?」
「松永さんは? 仕事終わりなのに疲れてない?」
「仕事終わりなのは一緒です。いつもイラストの仕事、夜中にするから、夜の方が元気なの」
「そうなんだ。イラスト…すごいね」
「ほんとは…イラストじゃなくて、絵を描きたいですけどね」
「そっか。そういう話も聞いていい?」
「恥ずかしいけど、聞いてくれる?」
二十四時間営業のファーストフード店は少し店が散らかっている。お店で寝ている人もいた。窓際のカウンターに並んで座る。通りを歩く人は酔っぱらって歌ってたり、ご機嫌な人達が多い。
「お腹空いたから、真剣に食べますね」と言って、大きな口でハンバーガーをかじった。
俺はポテトをつまみながら、今、こうして深夜のファーストフード店に二人でいることが奇跡に感じていた。
「あのさ、一つ、聞いていい?」
「ん?」ともぐもぐと必死で口を動かしながら、俺を見た。
「家庭科部の先輩とは…どうなったの?」
その答えを感がるように一生懸命飲み込んで、オレンジジュースを飲んでから教えてくれた。
「家庭科部の先輩? …あ、小林先輩? すごいの。料理の専門学校行って、今、フランスの製菓学校に行ってるの。たまにハガキ送ってくれます」
「ハガキ? メールじゃなくて?」
「メール…、アドレス変わってから教えて…ない」と松永さんが言った。
「別れたの?」
「別れ…?」と言ってポテトをつまんだ。
目をくるっと動かして「別れてないっていうか…。そういう関係じゃなかったですよ? お菓子の試食はさせてくれたけど。美術部全員に」と言った。
「え? でも…よく一緒に帰ってるの見た…から」
「あ、家が同じ方向で」
(松永さんは気が付いてないかもしれないけど、向こうは好きだったんじゃ…)と思ったが、余計なことは言わないようにした。
「どうして?」
「付き合ってるって勘違いしてた」
「え?」
「ホームで絵具…落とした時、一緒にいたのを見て」
「えー。恥ずかしい…覚えてるんですか」と松永さんは、またハンバーガーを口に入れる。
俺はずっと勘違いして、それで諦めてたのか、と呆然とした気持ちになった。でも同じクラスだったのに、席替えで変わってから一度も話しかけてくれなかった。先輩とは付き合わなかったとしても、俺のことが別に好きでもない…のだろう、という結論になる。
ハンバーガーを飲み込んだ松永さんが「青葉君と二年生の時にフォークダンス、踊った時、ドキドキでした。ほんの一瞬だけど」と言う。
「え? あ」
「覚えてないと思うんですけど」
覚えてる。覚えてるけど、あの時、「ひさしぶり」って、勇気を出して言ってみたら「うん」って俯かれて、それでショックだったから覚えてる。
「なんか、クラス変わって…久しぶりで…恥ずかしくて」とハンバーガーの包み紙で顔を隠す。
「え?」
「今も…。なんだか恥ずかしい…です」
映画で爆睡している俺でさえ横にいて、緊張していたらしい。
「だからオードリーの話も少しも頭に入らなくて」
爆睡していた俺が今更恥ずかしくなる。
「お腹空いてたから、お腹鳴らないかなぁとか、ずーっと気にしてて。お腹に力入れなきゃだめかな、とかあれこれ心配してたから…すぐ寝てくれて、助かりました」と言う。
「…あ…の、ほんと、ごめんなさい」と俺は頭を下げた。
松永さんは慌てて両手を小さく振る。
「…でもお店に来てくれて、こうしてお話ができて、嬉しいです」
「…俺も…。夏休み前はすごく喋ってたのに…。なんか席替えして」
その時、お店に流れる曲はあの時、二人が大好きだと言っていた曲だった。
「懐かしい」と二人、同時に声が出た。
休み時間にダウンロードした曲を二人で聞いたこともあったなぁ、と思い出して、松永さんを見る。松永さんも同じことを考えていたようで、片耳を人差し指で差して微笑んだ。曲を聴いているとあの時に戻れたような気持ちになる。教室の片隅で、入り口に近い席で、同じ曲を聴いていた。
もし俺に勇気があれば、きっと放課後にファーストフードでも今と同じことができたはず。
でも今、七年越しに同じ曲を聴いている。
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