第1話

Re:女子大生一日目


 目が覚めたら、そこは平成バブルが弾けてすぐの時代だった。


「え?」と私は驚いて、体を起こした。


 見回すと、私の実家だった。鏡を見ると、私は三十歳も若返っている。十九歳になっている。慌てて、自分の部屋から飛び出して、一階に降りると、亡くなった母が朝ご飯を作ってくれていた。


「お母さん」


「何よ? 優子、どうしたのよ。驚いた顔して」


「…あの…」


「朝ごはん、できたわよ。食べなさい」


 あの頃のように味噌汁とご飯と卵焼きがテーブルに並べられていた。私はぼんやりして、ありのままの現実として、朝ごはんを食べることにした。食べながら


「今日は何日だっけ?」と聞くと


「何言ってんの? 十二月六日よ」と訝しげに言う。


「十二月…ちなみに…何年?」


「ねぇ、大丈夫? 一九九四年」と呆れながらも教えてくれた。


 朝ご飯を食べ終えると、とりあえず私は大学へ行く事にした。理解できないけれど、現実的にできることをするしかない、と思ったのだった。駅も昔の駅だし、ICカードなんて存在していない。切符を買うか、定期で通るしかなかった。もちろん改札はタッチ式ではなく、一々、定期を改札に通さなくてはいけなかった。


 どうしたものか、と思いながら、私の足取りは軽かった。なぜなら、私は更年期に差し掛かり、体はだるくて重いし、夫、子供のお世話、そしてパートに明け暮れている人生から、女子大生にリバースしたのだから、こんなに嬉しいことはない。体だって、軽いし、何よりスタイルだって、全然違う。今日はやたらと自分の姿を電車の窓や、お店のウィンドで確認してしまう。


(若いって素晴らしい〜)と叫びたくなる。


 本当に若い頃は若さに価値を見出すことは無かった。ただ老いていくのは怖かっただけだ。そんな訳で、私はスキップをしたい気持ちを抑えて大学まで行く。


 大学に行くと、さらに驚いた。そこでパート先の男子アルバイト学生の富田樹とみたいつき君が所在なさげにいたのだった。彼は特に若返ってる訳でもない。どうしたらいいのか、不安そうにしているので、声をかけてみた。


「あの…」


 ものすごく驚いたように肩が上がった。


「大丈夫ですか?」


「あ…はい…いえ…あ」と震えている。


(もしかしたら富田くんも目が覚めたら…? みたいな?)


「僕…飲みすぎてしまって…。バイトの忘年会で…その」


(確かに忘年会があった。私は主婦だから一次会で帰ったけれど、若い人たちはその後、カラオケとか言ってたな)と思い出す。


「…あの…気がついたらここで寝てて」と大学の芝生を指さしていた。


 みんなが憩う場所なので、寝ていてもおかしくはないが、早朝に目が覚めて、何も所持していなくて困ってしまったらしい。


「良かったら使って」とお財布から千円札を抜き出して…私は気がついた。


 文豪夏目漱石だと言うことに。


(あぁ、懐かしい)と思っていたら


「そんな…いいです」と言われてしまった。


 懐かしくてじっと見ていたから、彼に渡すのが嫌だと思われたのかもしれない。


「でも朝ごはんも食べてないでしょ?」と無理やり手渡す。


 それから私は鞄の中に手を入れてあるものを探した。当時の私だったら持っていたものだったー。それはPHS。通称ピッチ。


(わー、これこそ、懐かしい)と感動しつつ、流石に三十年前の自分のピッチの番号を覚えていないので、調べて、スケジュール帳に書いて、それを破って渡した。


「困ったことがあったら連絡して」


 富田くんはバイトでも一生懸命で、嫌な顔せずに率先して働いてくれた。私は彼のお母さんのような気持ちになってしまう。こんな息子に育って欲しい、と家でダラダラする息子たちを見ては思っていた。ただ富田くんは私の名前を見てもピンとこないようだった。それは私が旧姓だからだ。今は混乱しているし、そっとしておこうと思った。


「ちょっと記憶が曖昧で…。なんでここにいるのか…」と不安になっていた時、


「富田ー」と男子学生が声をかけてきた。


「昨日、お前…飲みすぎていなくなったからさぁ」と言って、肩を抱く。


「あ…」と言って、富田くんはその友達を見る。


「授業始まるからさ」と言って、富田くんを連れて行ってしまった。


(え? 大丈夫? 彼、スマホとかないのに…。まだスマホは開発されてないわよー)と去っていく背中に私は告げた。


 一日目は私も忙しかった。記憶ではアルバイトもしていたし、そのシフトも、大体…大学の時間割も記憶になかった。ちょっと変な人と思われながら周りに聞いて回って、自分の記憶と共になんとか修正していった。


 一日目の感想。

 やっば。最高。二度と元の世界に戻りたくない。

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