第26話 灰色の空の下で
あれはのりおと出会う5年前。
扇風機を付けないとなかなか寝付けない
熱帯夜が常の癖に、朝方は冷える夏の暮れ。
浜岡凛央はこの時期が最も嫌いだった。
目覚めて一番にこう思った。
もういっそエアコンを買ってしまおうか。
もう何日も何日もそう悩む凛央だったが
結局今日も買う決心はできなかった。
彼女にそんな金銭的余裕はなかったからだ。
それに、どの道あの大家が工事を許して
くれるわけないな………。
まるでキツネと酸っぱいブドウだ。でも
今の私は生態系を担うキツネ以下かもなと
自虐しながら、彼女は痛む頭を鎮めるために台所へと水を飲みに向かった。
ゴミの山の如く溜まった洗い物を避けるように水をすくい、一度口をゆすいでから水を喉に流し込む。
はあっっ、と息をついた。
ポッケにスマホ……は無い。布団か…。
部屋の壁掛け時計に目をやると時刻は6時前を指している。あの時計は数日前から13分遅れている。
彼女はこのアパートの、唯一気に入っている
場所であるベランダに出た。
…お……。
雨が降っている。
道理でなんだかいつもより賑やかだと思った。屋根に当たる雨の音が正体だったのか。車が忙しなく水飛沫を上げていく音も遠くからよく聞こえる。
ベランダにおいてある白い木製の棚。
3段あるうちの真ん中を開けて、少し
タバコの箱を手に取った。
まだ4本入っている。
中から一本取り出して、使い捨てライターで
ゆったりと火を付けた。
そして口をつけてゆったり吸う。
そしてまたゆったりと紫煙を吐いた。
「もう行きたくないなぁ…………。」
彼女が喫煙する理由はいくつかある。
ストレス解消も中毒もその中に含まれているが、彼女は自分がタバコを欲する時は
イライラしている時が多いと自覚していた。
彼女は昨晩、夜の8時から朝方の3時まで
最近初めたキャバクラで働いてきた。
やっぱりああいうのは性に合わない。
酒は得意だと高を括っていたが
良さが分からないような、舌に合わない酒に舌鼓を打つ演技をすることや、他の働いている女性から振られる客の悪口や、客が振ってくる愚痴にレスポンスするのが特に苦痛だった。
当然、それがキャバクラという仕事だとは
分かっている。
演技して誰かを騙してまで、周りに合わせる必要なんて本当にあるのだろうか。
悪口は酒の肴とも言うが、そんな感性は彼女にはない。人を影で罵倒したって誰も何も幸せになんかなれない。
彼女は本気でそう思っていた。
彼女はいつしか人を避けはじめた。
キャバクラを始めたのは、どうしても利息の 無い金が欲しかったから。
そして
金が欲しかった理由はただ一つ。
彼女はベランダをあとにし、昨日キャバクラに出勤する前にスーパーで買った物を取り出すため、ビニール袋をひっくり返した。
スカーレットレッドとブラック、そしてコバルトブルーの絵の具と、少し材質の良い筆が入っている。
そう、絵を描き続けるため。
彼女はまだまだ無名の画家だった。
作品も売りには出しているが、月に一枚売れるかどうか。とても絵描きとして食っていけるような状態ではなかった。
彼女はスマホを充電器から抜いて、あるものを検索にかけた。
薄い鉛筆を削って小さめのキャンバスを用意する。
今日は初めて貰った依頼の絵。
子どもへのプレゼントとして描いてもらいたいものがあると、実力も大して推し量れてないであろう無名の画家に、ガンダムの絵を
リクエストするなんて変な人がいたものだ。
と、凛央はしげしげと思った。
これか。クロスボーン…フルクロス…。
ドクロのあしらわれた深い青と薄いような
灰色の白が基調のロボット。
確かに男の子心のくすぐられる色使いや造型だなと思った。武器らしきものも派手だ。
ガンダムなんて題名しか知らないが、金額は最低額が2500円の、出来で上振れを判断してもらえるそうで、真面目に書く気合いは十分だった。今日はキャバクラは9時から。
それまでに仕上げて、依頼主の居る名古屋
まで届けてこよう。
そして、名古屋駅の赤福を自分へのご褒美にしよう。
彼女は出来次第絵を自分の原付きで配達することをモットーにしていた。
絵を買ってくれた人物に直接感謝を伝える
ために。
依頼ともあればなおさら行かないわけには いかない。
額が上振れるなら、4000円くらいになったら嬉しい。そしたらいいお小遣いになる。
彼女はポーズを決めかねたが、オリジナルで躍動感のある構想を練り、作成に取り掛かった。
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