第12話 ぱくぱくはふはふ
ー「男の子でも何歳でも声上げて泣きたくなることくらいあるよね。それは決して悪いことでも恥ずかしいことでもないよ。」ー
婆さんはそう残して厨房に戻っていった。
これ以上は自分は邪魔かもしれないと、
ここからは俺ら二人の時間だと、
気を利かせてくれたのだと思う。
婆さんの後ろ姿に頭を下げ
「ありがとうございます」
と言った凛央さんに習い、俺も頭を下げた。
そして俺達は、ふぅっ と息をついた。
「素敵なおばあちゃんやったね。」
「…うん。」
…あの人も人間なのに不快じゃなかった。
自分に良くしてくれる人間だけ
不快じゃねぇってのも虫のいい話だが。
「そのタオルうちで洗ってまた返しに来よ。
だからもうちょい使わせてもらい。」
「………うん…。」
俺は嗚咽を殺して顔面を拭った。
二人のお陰でもう涙も嗚咽も止まったし、すっかり落ち着いた。
さっきまでほのかにしていた手ぬぐいの甘い香りは、既に鼻に馴染んでしまっている。
時間が経ってしまったな。
せっかくの飯が冷めてしまったかもしれない。
顔を上げると凛央さんは、まだほのかに湯気の立っている味噌汁をふーっと冷まし、美味そうに啜っているところだった。そして自分の分のはんばーぐに手を付けた。
凛央さんは三又じゃなくて全部箸でいくんだな…。
「んっ。やっぱ美味っ。」
はんばーぐを口に入れるなりそう言って
小さく赤い舌を舐めずる彼女の笑顔は眩しかった。
「…食べないの? 冷めちゃうよ。」
「………良いのか…?」
「ん?」
凛央さんは少しだけ眉を上げ、口元を
右手の甲で隠しながらの俺の方を向いた。
なんで? とでも言いたそうな顔だ。
「こんなに美味いもん…。全部食っていいのかって聞いてんだよ…。この超美味い肉も、このっ…狐色の揚げ物三つも…じゃがいもも、全部全部俺のでいいのか…?
……俺が…食ってもいいのか…?」
どこだったかは覚えてないが
その台詞の途中で再び涙が溢れた。
凛央さんは俺が言い終わるのを待って
俺の涙を、食器を置いた手で力強く拭ってくれた。
そしてその手は次に俺の頭に。
「アンタ…まさかとは思うけど
ご飯まともに与えてもらっとらんうえに
酷い仕打ち受けとるとかじゃないやろな。」
その台詞は低く、凄みが効いていた。
腹にどっしり響くような重たい声だった。
「………」
……俺は頷いて助けを求めるでもなく
嘘をついて
……凛央さんの口から低くて怖い声や、棘のある言葉を聞きたくなかったから…。
数秒後、凛央さんは
「…ごめん…。ヤなこと思い出させた
かも…。とりあえず食べよ。
全部食べて良いに決まっとるやん。
…ゆっくり食べり。」
と言って笑ってくれた。
その言葉で
俺もつられて笑顔になってしまった。
そして大粒の涙を流しながら料理を食べ進める。甘さの引き立った白飯と、良いえぐみのような奥深さが際立つ味噌汁を織り交ぜながら、揚げ物にも手を付けた。
…あ…。
これはもしやと思い
細長いもの揚げ物を三又で突き刺し
半分頬張る。
予想通りだ。
これがあの、海老ふらい…というやつだ。
…なるほど。
前歯と犬歯で肉厚な海老を噛み千切る感覚が心地よい。そして後から追いかけてくる海老の風味も楽しい。美味い……。
ならこれはどうか。
二つある丸い揚げ物のうち
一回り小さい方を選んでかぶりつく。すると
「熱っ!!」
中から熱くてどろっとした液体が出てきて
俺の口内を焼いた。
不意打ちだった。
「あ カニクリームコロッケ。
ふふふっ! 熱かった?」
と凛央さんに笑われた。
馬鹿熱いわ…くっそ……火傷したかも…。
…でも濃厚で…まろやかな後味が面白い。
これも美味いな…。
味としてははんばーぐより好みかもしれない。口の中が若干麻痺しているが、ほんのり甘いような味わいは十分伝わってくる。
蟹は食ったことがないが、とにかく
白米と合う新鮮な一品だった。
「カニクリームコロッケ美味しいよねぇ。
私好きな食べ物聞かれたらカニクリームコロッケって言っちゃうくらいには好きだなあ。」なんて言って凛央さんは
これまた素敵な笑顔を作っている。
器用な箸使いで かにくりーむころっけ
を割り、はふはふさくさく言いながら咀嚼を終え、 笑顔をより魅力的なものにした凛央さんを、心ここにあらずといった様子でしばらく見つめてしまった。
「んー! ほーんっとに美味しい!!
やっぱ美味しいご飯食べると元気になれるね!」
「うん。そうだな。」
俺は本当にその通りだなと
身を持って知った。
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