第11話 柔くて強い胸と腕

ー いつまでも泣く俺の目から溢れる涙を

   凛央さんは横から拭いてくれた。 ー


「……大丈夫…? のりお…。」

先程の慌てようから一変

冷静に心配しはじめた彼女は

さらに俺の背中をさすってくれた。

しかし凛央さんが善意のもとやってくれた

涙を拭くということも

背中をさするということも

却って俺の嗚咽と涙を加速させた。


これは自分語りだが

正直これまで、


辛いと、悲しいと、苦しいと、…寂しいと、

何度も何度も思いながら生きてきた。


そのたび独りでに静かに泣いては夜を越え、

泣かない自分を造ってきたつもりだった。


「てめぇは長男なんやぞ。」

五月蝿えよ。


「てめぇ喧嘩売っとんの?」


黙れよ。


「てめぇなんかはっきり言って

産まれてくるべきじゃなかった。」


ぶち殺すぞ糞野郎が。



なんで俺は要家お前らのもとに産まれたんだよ。

なんで俺は長男なんだよ。

なんで俺は髪が白いんだよ。

なんで俺はんだよ。

なんで俺は意見や希望を言っただけで露骨に嫌な顔されて疎まれるんだよ。

なんで俺は良かれと思って何かしてみても、

踏み躙られて夕立みてぇな罵詈雑言

浴びなくちゃなんねぇんだよ。


なんで俺は


産まれてきちゃ駄目なんだよ。


…俺も…

…………平等に扱ってくれよ…。



そんな思いを封印して生きてきた人生。

そん中で俺の涙を拭いてくれたのも

背中をさすってくれたのも



凛央さん。

あんたが初めてだよ。



俺はたまらず凛央さんに抱きついた。


そして人目なんかを気にせず、物心ついて初めてわあわあ大声を上げて泣いた。


「わっ…! っっ………のりお……。

………………………………………………」


凛央さんは驚きながらも、拒むでも涙の真意を問いただすでも何を言うでもなく、とりあえず俺を胸とかいなで抱いて泣かせてくれた。


「あああっああああっあぁぁぁぁ゙ぁ゙!!!」

「…………………」



もしかしたらそんな時間が五分以上続いていたかもしれない。

やがて徐々に落ち着きを取り戻し、気配を感じて鼻や涙で汚れた凛央さんの服から顔を上げると、

白い頭巾をした店員の婆さんが

やや曲がった腰を使って立っていた。

その手には、緑の手ぬぐいが。


「……使う…?」

老人とは思えない程元気でしゃがれのない、よく通る声だった。

どうやら泣きじゃくる俺を見かねてか、

貸してくれるらしい。

「ああ。ありがとうございます。

 ごめんなさいね。」

「うふふ! いいんよ。きっと泣くほど美味しかったんだよねえ!嬉しいよぉ」


婆さんはただでさえ皺の多い顔をさらに

くしゃっとさせながら冗談を言った。


しかしその冗談はあながち間違ってない。

凛央さんが俺の涙腺を緩めたというのも

あるが、発端としてここの飯の美味さに

感動したのは事実だからだ。


「うめぇ…。」


「「?」」


「馬鹿うめぇな……これ…。

…………んっめぇよぉ……。

こんなにもうめぇもん…初めてだ……。

食わしてくれて……ありがとうなぁ…。

連れてきてくれて……ありがとうなぁ…。


俺は……幸せだ……。」



凛央さんと婆さんは

顔を見合わせて苦笑した。

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白い狂犬と赤い薔薇 ガノン @ganon0430

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