第10話 抜群に美味い

ー 「それでねそれでね!」

  「ふぅん…。そら困ったんもんだな。」ー


その後俺達は、とりとめもない話をしながら料理を待った。またしても驚かされたのは、凛央さんの話の引き出しの多さだ。

さっき風呂場で考えついたように

まだ彼女が画家だと裏打ちができたわけではなかったが、噺家はなしかとしても十分食っていけるのではと思わせるような、適度に与田よたの挟まった会話に、適宜てきぎつっこみや考えを述べていくというひと時は楽しかった。

何より凛央さんと、ごくごく自然な形で見つめ合えたのが嬉しかった。


しかしそんな時間も束の間。

髪を後ろでくるりと結わえた女が料理の盛られた御盆おぼんを運んできた。

そこには白飯と味噌汁だけでなく

青い野菜の漬物やよく焦げた肉塊、狐色でいびつな形の三種類の揚げ物、三日月型のじゃがいも…など。多くの料理が皿に乗っていた。

さらにそのどれもから、これまでに嗅いだことのないほどに、食欲のそそる香ばしいような奥深いような、不思議な香りがしていた。



「「いただきまーす」」

凛央さんの真似をして食前の挨拶を済ませると、凛央さんが早く食べるよう急かしてきた。なんでもはんばーぐの美味さに驚く俺の顔が見たいらしい。

頬杖をつかれながらゆったりと自分が飯食うのを見つめててられるなんて

なんかこそばゆいな、なんて感じながら

俺は鉄製の三又ふぉーくではんばーぐと呼ばれる肉塊を突き刺して齧りつこうとした。

すると凛央さんは

「ちょいちょいちょいちょい。

豪快なのは良いことやけどそれじゃ口ん中

火傷しちゃうよ。ちょっと待ってね。」

と言って自分の食器を使い

肉塊を綺麗に切り分けてくれた。


「あーんしてもいい?」

「恥ずかしいから嫌だ。

子供扱いしないでくれ。」

俺が顔を背けると凛央さんは勝ち誇ったような顔をして

「なに? 気にしとんの? 可愛いね。」

だなんてからかってきた。

「ほらぁ。はぁーやぁーくぅー。」

………なんでこうも……

……毎度毎度俺が先に折れちまうんだ…。

「……最初で最後だからな……。」 


もう何を言っても凛央さんが諦めないのを察するとともに、密かにこの展開を腹の底で喜んでいた俺は、一思いに肉塊に食い付いた。


……ぱくっ。


………………!?!!!!!!





その瞬間、まるで体中に雷が駆け巡った

かのような衝撃を受けた。



それはどーんと重くも、

びりっと軽快にも感じられた。

もしかしたらそのどちらかかもしれないし、どちらでもないかもしれないし

両方だったかもしれない。


旨味と言えばよいのだろうか。

えも言えない幸せが脳に染みこんでいく。


本来食事というのはこういうものなのかと、

食事とは本来、こんなにも心を幸せな気持ちで満たしてくれるのかと

俺は感動させられた。


間髪入れずにもう一口、

そしてさらにもう一口、

止まることのない右手を、

まるで自分のものじゃないかのように感じながら、俺は今まで食わされてきた物について思いを馳せていた。


体調が悪いわけでもないのに、

持病を自覚してるわけでもないのに、

日によって色の違う、錠剤やら粉薬やら。


特に炒められれていたり、

調理されているわけでもない

野菜とも違う奇怪な葉っぱ。


そんなもんを食って育ってきたわけだが

これらを食うと少量にも関わらず

満腹感を得ることができた。 


でも、なんだかそれが怖かった。

ずっとずっと

体が何かを警告してきている気がしていた。

「これはやばいもんだ」って。

だが叱られるのが怖くて拒めなかった。

そのうち「これさえあればいいや」って

こういうきちんとした飯に対する

興味が失せていったんだった。




あぁーあ…。 



なんだったんだあれ…。


あんな馬鹿みてぇなごみなんかより…



こういう飯の方が……

那由多なゆた倍もうめぇじゃねぇかよ………。



きっと今の俺…酷ぇ顔して笑ってんだろうな…。  でもそんなん別に……。


「あれっ…? 凛央さん……?」


横を見れば凛央さんが慌てている。


俺は咀嚼そしゃくした肉を飲み込んで

「どうしたんだ?」

と聞いた。

しかしそんな俺の声は細くて震えていた。


「どうしたってそれ私のセリフ!!!

大丈夫?!? なんで泣いとんの?!?!」



気付けば俺は、涙を流して泣いていた。


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