第36話 友人

ーそこは二階建ての造りになっている

やや大きな建物だった。ー



ぬいぐるみの入った袋の持ち手を原付に

引っ掛け、原付から降りた凛央さんに続いて

がたがたと音を立てて開いた扉をくぐる。


すると優しい蜂蜜のような香りがした。



その香りがまず脳に情報として入ってきた

せいで、棚や台に積まれた雑誌やら漫画やらを認識しても、しばらくは本屋じゃなくて

養蜂所ようほうじょだと、錯覚してしまった。




店の奥に一人、体格の良い爺さんがいる。

凛央さんの友人の親父さんか…?


扉の開いた音につられて視線を動かした

爺さんと凛央さんとで目が合う。

しかし二人は会釈をするだけだった。

どうやら普通の客のようだ。

と次の瞬間。





「あぁっ!! 凛央ぉ!?」






突然声を浴びせられ、それまで

静かだった店の中に大声がわっと響いた。

体格の良い爺さんもびくっと

それなりに驚いた素振りを見せていた。



その声の主は黒髪だった。

 



〜。久し振りー。」

「わー!凛央やーん!!

  え〜!!どしたの急にぃ〜!!!」


凛央さんはその女性をと呼んだ。


やっぱ同級生なんだな。

背は凛央さんと同じくらい。

つまり俺より高い。

目がくりくりしていて、くたくたで灰色の

長袖を着ており、声量がでかい。 


「今日モレラ寄ったんやけどさぁ、

せっかく本買うんならここ寄って裕美に

会っとこうと思ったんやてー。」


「モレラかぁーいいなぁーー。 

あっ、ねえ聞いてぇー?

うちのパパ昨日から体調悪くてさぁー?

ワンピースと、…なんやっけ知らんけど

雑誌?の新刊出るでって店立てっつって? 店開けとかなこの辺の人でら困るでって

言われてずっと拘束されとんの。

凛央変わって? 

2ヶ月ぶりくらいに会って早速で申し訳ないけど店閉めるまであと1時間くらいあるの。

昔みたいに店番頼めん??

うちもモレラ行きたいー。」



まるで夕立のようにべらべらと喋った

ゆみさんは、やがて足元にずっと立ち尽くす俺の存在に気付いた。

そして屈んで俺に目線を合わせてくる。



「あ…。ごめんごめん。

よー来たね。凄い髪の色のキッズ。

何欲しい?ワンピース?」


「……ここは…服も売ってんのか?

あ、うっ、売ってるんですか?」

しまった。敬語敬語。

「んぅー? なんて言ったキッズ。

反抗期の不良なうえに生意気かぁ?」 


……やはり白髪をそう捉えるか。

俺はいらっとしたが、凛央さんの前という

ことで言い返すのを我慢した。

「あっ、いや、ごめんなさい…。」


ここでゆみさんはふふんと鼻を鳴らした後、

「……?あれ? 君その服…」

俺の服に目を向けてきた。

…んだよ…

……なんか付いてるか…?


「おっぱいんとこブカブカじゃない…?

それ、凛央の……?」

そして俺の胸元を指差してきた。


如何いかにも、この服は凛央さんのものだ。

昨日風呂場でこれを借りた時も思ったが

凛央さんの胸で伸び切った服の胸元は

皺と誤魔化すには無理があった。


まるで野菜の葉を彷彿とさせるくらい

鮮やかな緑色をした、ゆみさんの指の爪が

今度はゆっくりと凛央さんに向けられる。

凛央さんはふふっと笑った。


「っぱこれアンタのやおな凛央。

昔下呂行ったとき着とった気がするんやけど。え、なに?


……まさか飼っとんの…?


人間のオス飼うのは三十路済んだ

夜に暮らすママだけやと思っとったけど、

凛央にもそんな趣味があったんや…。

しかもキッズ…。いやごうが深いねぇ…。」


流石に冗談のつもりだろうが、ゆみさんは

冷ややかな目で凛央さんに聞いた。

その間ずっと頬を揉まれていた俺。



しかし凛央さんは笑いながら

「んーん。そんなんじゃないし飼ってもないよ。」

とあっさり否定をした。


やっぱ傲慢ごうまんだなと反省させられる。

ここで〝うん飼ってる。〟と肯定し、二人に笑われるのも嫌だったろうし、この否定も

なんだかむず痒かった。




「じゃあなに?彼氏?」

いよいよゆみさんは訝しげな目を向けてきた。

「違ぁーう。」

「……親戚とか血縁関係の子…?」

「………ちがうよー。」

「違うか。……ブラックジョークだったね。

ごめんごめん。」




ここで、凛央さんが俺の頭を撫でてきた。


「状況だけなら話しても良い?」



状況だけ…か。

あらぬ疑いをかけられるのは良いもんじゃないしな。まぁ仕方あるまい。

「……うん。別にいいさ。」

俺は耳たぶを触ってきていたゆみさんの手を払った。





いつまで触ってんだ。


凛央さんの愛撫あいぶを感じんのに邪魔だっ。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る