第5話 俺は知っているぞ
ー 女の優しい顔を目にして思わず
涙が込み上げてきたが、どうにか堪えて
「もう…やめてくれ…。」
と腹から言葉を絞り出した。ー
これ以上こいつの顔を見ていると
いよいよ心が
それだけは絶対に…避けなければいけない。
でも…
もしこいつが母親か姉か妹だったら……
どれだけ心が楽だったかな…。
猫という生き物がいる。
人間は血統書を付けずとも飼える手段として、道端の猫を拾って家で育てることも多いと聞くが、そこでその猫が幼いかある程度育っているかで、全然懐き具合が変わってくるという話を知っている。
拾ったのが子猫の時ならば、人間が生活の側にいる環境で育つわけで、人間に対して甘えん坊で人懐っこく育つそうだが、
大きくなってから拾った猫というのは、どれだけ愛情を注いでも、
野生で暮らしてた
人間に完全に心を開くことがないなんて
皮肉なもんだなって哀れに思ったのをを覚えている。
今の俺は当然後者のでけぇ猫だ。
でも仮にこの女の
優しい顔がそばにいてくれてたら…
ここまで人間が嫌いになったり…
この女に毒を吐くこともなかったのかな…。
まだ子猫のうちに家出すべきだった…。
そんなことを瞬間的に思った。
……とりあえず応答しなければ。
「……家出は飯を与えてもらえねぇことが理由じゃねぇ。でも…腹減って死にそうなのは認めるよ…。認めるから…。」
俺の言葉が終わるなり女はうんっと頷くと、俺の頬から頭に手を移して頭を撫でてきた。
まるで壊れかけのもんを扱うかのような柔らかい手触りだった。
「話してくれてありがとう。
じゃあ…ご飯食べたいひとー?」
女が促した挙手に俺は素直に従った。
するとここでやっと、
女はさっきのような無邪気な笑顔に戻ってくれた。
「ふふっ!! いい子だね。」
「だっ…黙れよ…」
恥ずかしそうにした俺を
今度は俺の顔面を指差してきた。
「でもどのみちそんな顔じゃ
お店行けんやろ?」
そう言って俺を小綺麗な脱衣場へと案内した。服は下着以外全て洗濯機に突っ込んでくれとのこと。
女が脱衣場から出てった後、俺は干してあった女の胸当てを横目に服を脱ぎ、風呂場へと入った。
風呂場への扉が開くなり鏡に映った俺の顔。
さっきも見た二番煎じ…否。
それが飽きもせず俺の笑いを誘った。
水性の絵の具だったようで簡単に洗い流せたのはありがたかったが、
なんてったって都合よく絵の具なんか机に…。
…………………あ……。
やがて俺は一つの仮説に至る。
それは
女は絵描きなのではないか
というものだ。
思い返せば、目を覚ました時に薫衣草の香りと一緒に鼻を撫でたのは、部屋に染み付いた絵の具の香りだった。
俺は知っている。
部屋に匂いが染み付くのは
よっぽどのことだってな。
だからきっと女は趣味なんかでやってない。
俺の顔に施された独創的で奇抜な色使いも、絵描き特有の分別だとすれば納得がいく。
そうまとめた俺は
体と
浴槽に浸かった。
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