第8話 太古の記憶

ー少し考える素振りを見せたあと

    「何歳?」と女は聞いてきた。ー


考える素振りと表現したのは、

俺が質問許可を提示したときに

何かを思い付いたような

はっとした表情を浮かべていたからだ。

何歳か知りたいなんて

とりとめがないなと困惑しながらも

俺は十二歳であると正直に答えた。

当然、残りの質問がどんなものでも

包み隠さず真実を伝えるつもりだ。

「そっかぁ。12歳というと…」

「小六だな。見下すかよ。」

「? ううん。そんなことしないよ。」

またしても凛とした声でそれを否定しながら、女は微笑んでくれた。

その顔を見て、なんかどきっとさせられた。

「あと2つね。 名前教えてくれる?」



「……のりお…。かなめのりおだ。」

俺は偽らずに名乗った。


「え……? 本当? 

珍しい名前…。なんて字なの?」

「必要の要でかなめ…。下は平仮名。」

「ますます珍しい…。

そういう子たまにおるやんね。…かなめ…」

女は何度か俺の名前を反芻した。

そして突然


「私は浜岡凛央はまおかりお。りおりおやね。」

と名乗ってきた。

…たしかにとのだな。

凛央さんか……。

いい名前だな……。

俺も小さく名前を反芻した。


「もうすぐ着くよ。」

名前を知った余韻に浸っていた

俺はその言葉を受けて現実に引き戻された。

正直腹ぺこでくたばりそうだ…。

腹をさすりながら鼻で息をつくなり

凛央さんは

「………のりお。最後の質問…いい?」

と聞いてきた。

「おう」

と楽観的に頷くなり

「っ…?!」

凛央さんはくるりと俺の方を向き

外にも関わらず膝をついて

俺に目線を合わせると

両肩をがしっと掴んできた。

彼女はいつになく真剣な目をしており

美しい白と茶色が織りなす眼球は、まるでよく研いだ真剣のような鋭い光を伴っていた。



「のりお。アンタさ。

昔…どこかで会わなかった……? 私と。」



………え? 

なんだその質問…


と笑い飛ばすには

あまりにも凛央さんが真剣すぎる。

目をそらすどころか瞬きすらできない。


それに…。

この質問には真面目に答えなければ

取り返しがつかなくなってしまうような気がした。

凛央さんが遠くに行ってしまうかもしれないという予感さえした。




どこかで会っただと?

凛央さんと……?

俺は必死に記憶を手繰り寄せた。



しかし、凛央さんらしき人物が思い当たる

ことはなかった。


☆☆☆☆☆☆☆☆


俺達が木造のこぢんまりした古い家屋のような店に入るなり、異様に甲高い声を操る女に席を案内された。 

「にぃ↑めぇぇ様でぇー↑す!」

どこかの方言の訛りなんだろうか。


それはいいとして

予想通り人間が多いうえに

空気がやや重くて暑狂しい…。

しかも凛央さんと居るからか、

特別多く視線を感じる気がするし

…なにやらひそひそ陰口を叩かれている。


………左斜め後方の席…。

そこで座ってなにやらこっちをちらちら見てやがるばばあ三人。そのうちの赤い眼鏡を掛けたてめぇ…。

俺の耳が正しければ

「自分だけじゃなく子どもにまで髪を染めさせるなんて非常識だわ。」つったな…?  「そうよねぇ?」

だなんて台詞に同調してやがる残りの婆共もよ…。 

もしかして…

てめぇらの勘違いで言う非常識ってのは


……凛央さんのことじゃねぇだろうな…? 


俺はすぐ横の木の椅子を蹴り上げて

あいつらに怒鳴ろうとした。

しかし凛央さんが

「のりお…」

と呼んできたのが歯止めとなり、俺はなんとか喉まで出かけていた怒号を堪えられた。 


「あの……ごめん…。

さっきのさ…。忘れてくんない…?」

凛央さんは顔を赤らめていた。

…どうやら俺が婆を睨んでいたことには気付いていないらしい。

さっきの凛央さんの、自分と会ったことがなかったかという質問に対し、俺は熟考の末…

「悪いが……あんたに会った覚えはない。

髪が赤い頃か別の色の頃かは知らんが…。

俺は人間の目をよく見ることを心懸けてる。

あんたの茶色い目は………

きっと…一回見たら忘れらんねぇから……。

思い当たらねぇってことは…

会ったことねぇってことだと思う。」

と答えた。

それに対して口をつぐみながら俺を見つめ

「…そっか。」

と一言だけ言って再び歩き出し、今に至る。


どうしてあんなにも真剣だったんだろうか。

しかし顔を赤らめる凛央さんを見るに、理由を問うのは野暮なんだろうな。

「大丈夫。別に気にしてないし

すぐ忘れるだろうさ。」

と伝えると、口元を隠していた彼女は

幾分ましそうにしてくれた。

「好きなの選び。

お金は気にしなくていいから。」

そう言いながら渡された〝めにゅう表〟。

そこには料理名と思しき文字と金額が

ずらりと並んでいた。

「……いい匂いするでしょ。」

……確かに…。

言われてみれば厨房のほうからは

食欲が倍化させられるのを肌で感じれるような、鼻にがつんとくる香りや、酸っぱいような甘辛いような香りがしている。

「あはっ! 鼻ピクピクさせすぎ〜!!

…ここのハンバーグはねえっ。

    最っっっ高に美味しいんだよぉ。」


そう笑う凛央さんの顔は

…正直に言おう。

どこか幼気で


滅茶苦茶可愛かった。



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