第7話 もぉしわっけなぁい

ー「私はお風呂帰ってきてからでいいや。

   はやくいこ! お腹減った!!」ー


そう言って満面とも言える笑みでにかっと

笑った女。

先程の話と繋がるが、

俺は女の常に笑顔を絶やさないという姿勢

にも、惹き込まれつつあるのかもしれない。

こいつも…同じ人間なはずなのに…。

嫌われたくないという情けない感情 しかり、

今まで誰にも抱いてこなかった思いが芽生え始めている。

俺がどれだけ舐めた態度をとっても

冷たくしても反抗しても、

大きな器で接してくれるからだろうか…。


一緒にいると……

そこはかとなく安心するからだろうか…。


しかし理由を想像することはできても

これといった答えには至れそうになかった。


やがて飯屋に行くべく支度をはじめた。

俺は女に貸してもらった黒くて柔らかい上着と、むかつく寿司の絵が編み込まれた靴下を装備した。女はというと、うなじ辺りに白い頭巾のついた大きめの上着と、青くてきつそうな下履きに、肩から下げる鞄といった出で立ちだ。


空には少々厚い雲がかかっているようで

星は見えなかったが、

隙間から覗く白い月の光が

静かな夜に優しく差し込んでいた。


気絶していたか寝ていたかは定かではないが、意識のない状態で運ばれて女の家に入ったため家の外見を目にしていなかった俺は

驚かされた。

俺達が出てきたのは

少し大きな平屋の一軒家だったからだ。

一人暮らしだろうと勘付いていただけに

借家だろうと決め付けていたと伝えると

「あー。アンタもか。

よく言われるんよそれ。 半年前に買ったんだ。」と女は返した。


金持ちなのかなと思った。 


「あ、あと私車持ってないから歩きだよ。」

………やっぱり違うのか…?


一応仕事柄原付きは持っているし

よく乗るらしい。

しかし飯屋は七分程度で着ける距離なので

散歩がてら歩こうということだった。


七分か…。

どうか一切人間とすれ違いませんように。


「ねえねえ。」

家が見えなくなり数秒後、女が聞いてきた。

「アンタってこの辺の子なの?」

「違うと思う。なるべく遠方に行かねぇとって思って…。

ここがどこかは全く分からねぇんだ。」

「ここ岐阜県やよ?」

「……そうか…。」

距離的には大して移動していないが

ぎりぎり隣県ではないといったところか。


俺の実家は…静岡にある。


「自分のこと…話したくないんだもんね。」

この流れで横からそう尋ねる女。

「…………」

俺は黙り込んでしまった。


正直 何人なんぴとたりとも…

素性を明かす真似をしたくない。

しかし…

何度も何度も女に対して

〝申し訳ないな〟

と思っているのは事実だった。


一つ大きいのは煙草のこと。

俺のせいで女が喫煙を自制するというのが

なんだか心苦しい。

もしかしたらそれを理由にして

俺に帰宅を促す可能性もぜろではない。

口では「もう帰らなきゃいけないよ」

と言いながらも、

腹の底では「アンタが居るとタバコ吸えないから出てってほしいな。」

と思われるという状況は嫌だった。

理由が煙草絡みにしろそうでないにしろ

女の元を出ていかなければならないのが…

絶対に嫌だった。


もう一つは助けてもらっている身なのに

生意気なこと。

ろくに敬語を使えてない上に

暴力を振るってしまっている。

つい一時間前のことのはずが、その行いを猛烈に後悔している自分がいる。


さらに…。

今も素性を明かしていないにも関わらず

家出の理由も聞かないで

飯を食わせようとしてくれている。

事実、これまでは与えられた葉っぱと薬を食ってきた育ってきたため、人間らしい飯を食わせてもらう機会の少なかった俺は、どんなものが食わせてもらえるのか密かに期待していた…。

……………………。



「……三つだ…。」

「…え?」

「三つまでなら質問に答えてやると言っている。話したくねぇけど…。素性は明かしとかなきゃだろ…? …あんたに…

拾ってもらってるからには…。」


それを聞くなり女はにやけた。

「まじか。3つか。それは悩ましいなあ。」

そのにやけ顔は、これまでの笑顔とは

一味も二味も違うような

悪戯いたずらっぽい笑顔だった。


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